魔法使いと栗色の小鳥

宵川三澄

文字の大きさ
上 下
10 / 33

10話

しおりを挟む

「魔法使いの仕事は知っている?」
青年が聞く。ふるふるとイルネギィアは首を横に振る。

「たいていは軍に所属して、表の部隊では出来ない仕事をする。僕は王室直属だ。外国で仕事することが多い」
月明かりもない、とイルネギィアは思った。
「僕の仕事では魔力をひどく消耗する。なので、僕に魔力を提供してくれる人間が欲しい。ただ、〝魔法使い〟は貴重だし、魔力もちは身分の高い人間が多いからこの危険な仕事に付き合える人間がいない。きみは正直、理想的だと思った」
…天涯孤独で心配する人間がいないからだろう。
イルネギィアは鼻の奥がツンとなった。
「…仕事と割り切ってもらえるとありがたいね。報酬は払うし、魔力のコントロール方法も教えてあげる。それまでは僕がきみを完全に支配下におくけど」
「支配下…?」
「きみはもう魔法をきみの意志では使えないってこと。多分、世界が一変するよ。今までのように人に紛れてはいられないだろう。きみはとっても綺麗な子だから」
「よくわかりません…。あたしは魔法を使っていたんですか…?」
ああ、無自覚だったっけと青年は言う。
「そう。ずっと、使い続けていた。きみは周囲に対して、ずっと自分の印象の操作をしていたんだよ。なのに魔力を持っている人間にも気がつかせない巧妙な魔法だった。きみは素質がある」
「それって人を騙す素質ってこと…?」
イルネギィアの手にぽたりと涙が落ちる。

――あたしは馬鹿だ。皆、あたしのことが好きだったわけじゃなくて、あたしが好きにさせていたんだ。嫌われないように、と思っていた。でも、違う。あたしは皆に嫌う自由も与えなかったんだ。それなのに、ずっとなんにも知らずにいたんだ。

少し困ったような気配がした。

「僕は人の心の声を聞いてることに気がついている?」

イルネギィアはその言葉に首をかしげる。
それから、ああ、とため息した。
そうか、昼間もあたしの気持ちがこの人に聞こえていたのか、と。
「言われるまで気がつきませんでした…。あたし、それで笑われていたんですね…」
ひどく惨めだった。
それに青年は いや、ごめん、と謝った。随分、真摯な声で驚いた。
「世界が変わるというのは あたしにはもう、自由がなくなるってことですよね…」
「そうだね。でも、〝魔法使い〟だからって楽しいことがひとつもないわけじゃない」
青年を見た。今度は自分が謝る番かもしれない。でも、なにも言わないことを選択した。

無音の闇。
静寂は穏やかさを取り戻す。
さっき、彼が言った言葉をなんとはなしに思い出す。
――きみの無心が心地良い
少し理解した。

「心を覗くのはいつもじゃないよ。ただ、どうしても拾ってしまうことがあるけど。危険が近いと感じたときとか」

そうか、と思った。
なんとなく、ほにゃ、と笑った。
頬が緩んだ。でも、涙も出てくる。あれれ、と自分でびっくりしてしまう。

「…怖がらせたね。ごめんね」

そうか、あたし、怖かったのか。そうだ、怖かった。怖かった、とても。
この人の優しい声が怖かった。
優しい声で、あたしのしていた事を突きつけたこの人が。

「あたし…、このままだと、他人にとって危険なんですね?」

彼は黙っていたが、こくりと頷いたのが気配でわかった。

「…助けてください…」

どうしようもなく、頼った。

「同意してくれてありがとう。――で、きみを僕の支配下に置くために必要な手続きだけど」
なんでもする、とすがった目で見上げた。

「キスするか、僕の血をなめるかどっちにする? 支配下に置くには体液を与える必要があるんだけど」

…頭の中が真っ白だ…。
そして、耳まで赤くなったのが自分でわかった。イルネギィアはもう、どうしようもないと顔を手で覆う。泣いているけど、もう、別の意味で泣きそう。
「え、エッチじゃない方にしてくださぁい…!」
勇気を搾り出して言ったけど、後悔でここから走り出したい。もう、どこでもいいから逃げたい。
彼はわかった、と言って細い銀のナイフで自分の人差し指をプツ、と刺しそこに小さな血玉をぷくりと作る。
どうぞ、と彼はその指をイルネギィアに差し出した。
イルネギィアはそれをおそるおそる口に含むと彼が軽く息をつめたのがわかった。
ギクリとなる。
口から出そうと顎をひいたが その時彼の指は器用に動かされ、彼女の上顎の裏をこすって抜かれた。
血の味が舌に残っている。
抜かれた指はまだ眼前にあって、またそこに血玉が出来ているのが見えた。思ったより深い傷らしい。もう一度口に含んだ方がいいのか、と思ったが彼はもういいよ、と手を引いてホっと安心した彼女の目の前でその指を自分でペロリとなめた。

今度、息をつめたのは彼女だった。
ゆ、指の方がエッチだったぁーーー!
顔色の変わらない青年に一方的に羞恥を覚えた。恥ずかしくってもう、それこそ、助けて欲しい。

「僕はキース。オーティス伯爵を名乗っている。エストア公爵の次男だ。きみのことはイリーと呼んでいいかい?」
「もう、好きにしてくださぁい…」
「イリー。うん、どう呼ぼうかずっと考えていたんだ」
彼が楽しそうに笑っているのがわかる。無神経なのか、それともイルネギィアに気を遣っているのかわからない。多分、前者だろう。

彼はあたしをペットかなにかだと思っているんだ――。
そう思ったが特に腹立たしさは覚えなかった。
ただ、ずっと考えていたというのがなんとなく嬉しかった。

その夜は彼が魔法をかけてくれた。ぐっすりと眠れる魔法を。
イルネギィアはなにも考えずに ただひたすら眠りの中に安らぎを求めた。

明日から、新しい日々が始まる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー
恋愛
 容姿端麗で文武両道、クラスの輪の中心に立ち、笑顔を浮かばす学園の人気者、渡口光。  そんな人気者の光と幼稚園からの付き合いがある幼馴染の男子、古坂太陽。  太陽は幼少の頃から光に好意を抱いていたが、容姿も成績も平凡で特出して良い所がない太陽とでは雲泥の差から友達以上の進展はなかった。  だが、友達のままでは後悔すると思い立った太陽は、中学3年の春に勇気を振り絞り光へと告白。  彼女はそれを笑う事なく、真摯に受け止め、笑顔で受け入れ、晴れて二人は恋人の関係となった。  毎日が楽しかった。  平凡で代わり映えしない毎日だったが、この小さな幸せが永遠に続けばいい……太陽はそう思っていた。  だが、その幸せが彼らが中学を卒業する卒業式の日に突然と告げられる。 「……太陽……別れよ、私たち」 前にあるサイトで二次創作として書いていた作品ですが、オリジナルとして投稿します。 こちらの作品は、小説家になろう、ハーメルン、ノベルバの方でも掲載しております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

処理中です...