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21話

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アンバー先生を先導に、私とスピネル君、そしていつも伐採に来てくれている村の木こりの人たちや手伝いの女性たちが今日は一緒に森に入る。しんがりはシルバート。
ダートナとブルーレース、それにモルダヴァイトはお留守番だ。
町から来ていた人足さんたちは一日早く仕事を終えていた。彼らにはちょっぴり弾んだお礼を渡し、春にまた来てもらう手はずだ。
春からは、セルカドニー侯爵領への道を作るのだ。

久しぶりに入った空晶の森は印象が変わっていた。
以前空晶と会った時はまだ森は秋口で、魔獣に食われ病んでいた彼女が歩いた後、森は暗く淀み、枯れ果ててしまっていた。
だけど、今はすっかりそんな絶望の色は潜まり、余分な枝葉も伐採されたせいか明るい日差しが降り注ぐ森になっている。
紅葉はさすがに終わってしまったが落ちたイチョウの黄色い絨毯に覆われた場所もあり、うずうずと森の散策をしたくなってしまう。
時折、野生の鹿がこちらを覗き込むのは人間を見慣れないためか。
ごめん、さすがに警戒してください。私ら、これからジビエ生活しますから。

道の終点はぽっかり木々が切り倒された広場で、草原と同じくらいの広さだ。
私はそれに面食らった。
開拓するんだから、自然破壊とかどうのこうの言う気はなかったけど、初年度は森番小屋やログハウスを一回り広くした程度の広さを想像していたのだ。

(これ…東京ドーム三個分はあるよね…。草原は相当広いもん)

その手前側にうずたかく伐採された木が積まれている。
これでキャンプファイヤーしたらえらいことになる。大文字焼きか。
それと分けて端の方にも木が積まれているので、多分今回の建築物を作るのに使うのは手前の木だけなんだろう。

(しかし、これはお空からみたら特大ハゲだよね…、あばばば)

唖然となっている私の横に、お髭のアンバー先生が並んだ。

「どうです? がんばったでしょう。でもこれからですよ。まずはこの冬を越すためのコンクシェルが設計した建造物を錬金術で建てますから。アイアンディーネ様の授業です。しっかり見ていてくださいね」

にっこり笑って、彼はコンクシェルを手招きした。
ガテンのコンクシェルは手元の丸めた紙面を広げ、その繊細な図面をさらす。
すみません。私はよくわかりません。
ただ、外観の書かれた図面を見て、ああ、と思った。

「精霊堂…」
「ええ、そうです、エレスチャレの館を参考にしたんですよ。昔は精霊堂を中心に町が設計されたものだし」

大人数が寝泊りできる設計の精霊堂をまず建築することにしたのだ。
私はなんだか、満足した。
空晶が許してくれたからこそ、ここに人が住めるのだ。
コンクシェルやアンバー先生がそれを忘れないで設計してくれることが嬉しかった。

「では、魔石と鉄鉱石を木の傍に準備します。これはアイアンディーネ様、手伝ってくれますね?」

アンバー先生が私に役割を忘れず振ってくれたのも、嬉しい!

「はい!」

大きく返事して、私はスピネル君が抱えたカバンから魔石を出した。
そして、そーれ、という掛け声で運ばれてきた、一抱えもある鉄鉱石を見て瞠目する。

「…これはどこから?」

私は当然の疑問を持った。引越し荷物にもなかったし、ブルーレースたちの荷馬車にもなかったよね?

「ああ、シルバートが空晶からもらったと。この先の川沿いの岩場にたくさんあるらしいですよ」

アンバー先生と私は見合わせて、一緒にギラリと目を光らせた。

「そう、鉄鉱石の塊…。うふふふ」
「そうです。ふふふふ」

口から自然不気味な笑みが出る。
そりゃそうさ。この原石に魔鉱石の一部が見えていることに気が付いたから!
魔鉱石の鉱脈がある可能性が見えたのだ!

(温泉! 温泉が出るんだ、ここは~!)

必要なものを全て並べると、コンクシェルが皆を下がらせた。
そして、スピネル君を呼ぶと二人は手をつなぎ、コンクシェルがもう片方の手に持っていた図面をはらりと落とす。
すると木を中心にいつぞやログハウスを建てた時と同じように、魔法陣が現れた。

それから、図面が触ってもいないのに金に光り、風にさらわれるように、魔法陣の中に消えていく。
音はなく、静かな光の乱舞に息が止まる。
やがて真っ白な大きな光が中心でパッと瞬いたと思ったら、設計図がコンクシェルの足元に現れ、眼前に城壁が出来ていた。
…石造りの。

(え、なに? 城塞都市カルカソンヌでも目指すの?)

勿論、石造りの囲いは立派だがそこまで広くはない。東京ドーム三つ分、約十四ヘクタールを覆っているけど、町ひとつ、というワケではない。

「木はどこへ?」

魔法だとわかってはいるけど、この石はどこから? さすがにあの量の鉄鉱石では等価交換出来ていないでしょ!

「コンクシェルは石造りの建造物が得意なんです」
「驚きましたかね?」

コンクシェルが得意そうに聞いてくる。
私は正直に こっくり頷く。
よしよし、と嬉しそうなコンクシェルがちょっと可愛かった。スキンヘッドのガチムチ君だけど。
そして、スピネル君が定位置の私の隣に戻ってきた。

「ログハウスより随分魔力が消費されました」
「だろうね…」

でも、まったくお疲れに見えない。
この人の魔力はいったい、どれくらいなんだろうか。

スマラルダスがスピネル君にアイコンタクトする。

「アイアンディーネ様。中を見てみましょう」
「ハっ、そ、そうね」

いや、四階くらいの高さの壁を前に棒立ちになってしまった。
壁はどうも長方形で四つ角に円柱の大きな塔があり、道の正面に大きな楼門がある。
私が一人で開けるのは正直無理。
コンクシェルが先に立ち、両開きの木の扉を開けた。
その先はレンガ造りの床で、門の両脇に扉があることから、この三メートルほどの厚みの壁の中は通路になっている模様。

(侵入者対策だろうけど、私の想像と違う~)

村の手伝いの皆さんもザワザワ言いながら、私たちの後ろを付いてくる。

「いいのですか? 入れて」

スマラルダスが ああ、と頷いた。

「家具を作るための木材の運び込みも頼むことになる。門の中に入れても問題はないだろう。エレスチャレ村の人間を使わないわけにはいかないしな。不安か?」
「いいえ、皆さん顔見知りですから」

村の手伝いの人達はそのまま、外にあった木材の運び入れを始めた。
アンバー先生が指揮するというのでそこに残り、スマラルダスとコンクシェル、そして私とスピネル君は建物の中まで入っていく。

(ドキドキだ!)

門を抜けた先は一筋、その先の建物に向けてレンガの道が延びている。
青い屋根に白い壁の尖塔のある優美な精霊堂--だ。
精霊堂は三階建ての建物で、正面の扉はフェデラル様式のようなポーチになっていて、階段を上がって両開きのやはり白い扉を開けた。

「おお…」

感嘆の声があがる。びっくりよ。
正面に見事なステンドグラスがはめ込まれた広間があり、祭壇も出来上がっている。
備え付けの椅子は木製で祭壇に向けて綺麗に並んでいる。
天井や左右の壁の木の飾りはそれは見事だ。

(前世の教会の聖堂っぽい!)

わくわくしながら、探検だ。
私の後ろにはゾロゾロ大人が付いてきている。
どうやら、スマラルダスは勝手に見て歩くつもりはないらしい。
そして、コンクシェルが恭しく私に先に行くよう促す。
聖堂の左右には大扉があり、まずは右から開けてみた。そこは長い廊下で、内側、つまり左側に窓が並んでいる。

「採光のため、中庭になっているんです」

窓から今出てきた方向を見ると、聖堂の正面にあったステンドグラスが外側から見えた。

(なるほど~。聖堂のステンドは中庭に面しているのね)

廊下はシンプルだが床は艶やかな紫檀の床だった。

(すごい、明鏡止水だ~! 踏むのが怖い)

廊下の右側には扉がずらと並んでいた。

「手前の二部屋は客間仕様で広めになってます。個別に湯船もありますぜ。その先の部屋は孤児院の子供たちの部屋に使えるよう少し狭い間取りです。今後、宿としても使えるように部屋数は多くしていますよ」

ほうほう、と眺めて頷く。
クローゼットも備え付けで便利な間取りだった。
客間の窓は大きな窓で、備え付けの棚は硝子の扉がついている。
ゴウジャス。
客間を越えたあたりで、左手の中庭が途切れ左棟につながっている廊下がある。

「こちらは?」
「食堂の入り口ですよ。渡り廊下、左右の棟双方から入れるように、三方に扉があります。中はやっぱり、まだ何も用意されてませんけどね」

言われた通りそこは食堂で、奥には台所が見えた。
白い壁に品のいいランプが並んでいる。
そして、驚いたのが水道だ。

「じ、蛇口がある!」

これには私、大騒ぎ。
ダートナが一緒だったらもっと騒いだわ。

「今日から使えますぜ」
「ど、どうやって!?」
「建てる前に水脈も調べました。飲み水の確保が出来ないと困りますからね。それら含めてこの場所を選んだんです。で、ここの地下から井戸でポンプでくみ上げて、屋上に貯水槽があるのでそこに溜めます。そこから各階の水場に蛇口を設置しました。魔道具の魔石ボイラーで温めて配水しますから、お湯の蛇口もつけていますよ」

うおおう。都会式だ!
コンクシェルは自慢げだ。
階段はやはり左右二箇所、踊り場のある階段があった。
あと一階には洗濯室と、リネン室、そして大風呂、大浴場があった。

「これは~!」

コンクシェルがニコニコ笑う。

「せっかくボイラーがあるから、大風呂を用意したんですよ。あ、二階のお嬢様たちの部屋にはちゃんとバスルームはありますぜ」
「ここで入りたいですわ!」

私の瞳がキラキラしてる。
スマラルダスが苦笑いして、ブルーレースたちの許可を取れ、と言った。
説得してくれよ~。
二階にはサロンにあたる部屋と、客間クラスの広さの部屋が並び、図書室もここだ。

「二階はお嬢様たちの私室にお使いください。三階は使用人部屋です」

三階はまた少し狭い小作りの部屋が並んでいる。
建物の裏手はささやかだがエントランスで、裏口があった。

(は~、すごい、最新式の建物だ!さすが、魔法設計士…)

そこまで考えて私は蒼白になる。

(予算内で出来たのか…、これ)

アンバー先生とコンクシェルが相談して、確か私に予算を出してくれていた。
いくら薔薇聖石が高額取引出来るからって、既に土地代で結構な出費をしている。
それに、この土地にこれからなにか産業を興さなくちゃならないのだから、収入のない今、そんなに予算組んでいなかった気…がする。

思わずソロ~と後ろを見た。
コンクシェルが不思議そうに小首をかしげた。

(男の小首かしげ、微妙!)

いや、そうじゃなくて、と私は自分突っ込み。

「これ、最初に言った予算で収まりますの?」

あ~、とコンクシェルが私の不安を汲んで声を出した。

「まあ、俺の設計代は実質、タダですな」
「そんな!」

これは良くない。スマラルダスの仲間は皆 契約で雇い入れているのだ。
だから、私の無理も聞いてくれている。
コンクシェルの技術はその仕事の内で使っているのだ。
そして、コンクシェルに設計や建設を依頼したのは、私なのだ。お祖父様の雇用じゃない。

「魔法設計士の設計料は支払われるべきですよね!?」
「ですが、今回はかなりアンバーに頼ったところが大きいんですよ。設計も協力してもらいましたし、材料も揃えてもらった。魔石の提供もアンバーとアイアンディーネお嬢様が集めたものを使いましたから。それに、アイアンディーネお嬢様には孤児院の子供たちをここで預かって貰えると聞いています。それは俺には金銭より価値あることなんですぜ」
「……そうなのですか?」
「ええ。俺たちは子供たちに安心と安全を与えたい。でも、俺たちはそれぞれバラバラに雇われてなかなか王都に戻れませんでした。院長は貴族で、アテにならない人だったので…。正直、助かったのは俺たちですよ」
「そう…」

安心と安全は大切だ。
私は記憶を取り戻してから、ダートナとアンバー先生を失うかもしれないという不安でハラハラしていたからわかる。あんな怖い思いはもう、ゴメンだもの。

「モルダヴァイトに怒られませんか?」
「モルダヴァイトも知っていますぜ。アレがウチの金庫番ですから」

そうか。
アンバー先生にちゃんと確認とっておくべきだったな。
私、責任者なのに丸投げしすぎだった。反省。
ちなみにあとでこっそりスピネル君にコンクシェルの設計料は普通だったらどのくらいか聞いてみて、目の玉が飛び出た。

「私、領主じゃなくて、魔法設計士目指そうかなあ…」
「大層勉強が必要ですよ」

スピネル君の返答に甘い考えは捨てた。私は依頼する側の人間でいよう。そして、いつか正規の料金を払って建物建てて貰おう。

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