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君、想い伝えるべし
しおりを挟む明け方4時。同僚の数学教師は学校に忍び込み、『恋が叶う花』とやらを必死になって探している。
俺?俺はただのアッシー君だ。電車通勤のあいつが始発よりも早い時間に学校に行きたいとか言うから車を出してやった。
俺は2年前にこの学校に来たから『恋が叶う花』なんて眉唾ものだと思ってる。だから、車は出してやったが一緒になって探してやる義理はない。
窓ガラスがノックされる音で目が覚めた。
助手席の窓の外に憔悴した同僚が立っていて、ドアロックを解除して「見つからなかったのか?」と聞けばため息で肯定された。
時計を見れば6時になる少し前。こいつと同じで『恋が叶う花』を探しに来る生徒の対応に警備員がやってくる時間でもある。
「コーヒーチェーン店に飯食いに行かねぇか?」
「ああ、お礼に奢るよ。」
こいつが必死になって花を探したのは、ある女子生徒にストーカーされているからだ。
相手はやや行き過ぎた恋心らしいが、家まで突き止められている同僚にとっては恐怖だろう。その女子生徒が花を手に入れたら告白されるのは間違いない。
だから、花の存在を信じていないが、恋が叶うと言われている花に何らかの効力があって強制的に両想いにさせられるのだとしたら恐ろしすぎる。と、先に見つけて処分したかったようだ。
「他の子が手に入れてくれる事を祈るしかない。」
「そもそも、本当に花が見つかってたらどうするつもりだったんだよ。片想い中の相手でもいたのか?」
「まぁ、一応・・・。」
その花がどんな形をして、どこに咲いているかを誰も知らない。ただ、確かにあるらしく、3年に1度の今日に花のお陰で恋が叶ったと言う人物が現れる。
結局、花はなくとも放課後はそこら中で告白している生徒たちを見かけて「青春だねぇ~」と微笑ましく見守った。
例のストーカー女子生徒は花屋で買ったっぽい真っ赤なバラの花束で同僚に告白していた。しかも親同伴で。
いやぁ、親公認のストーカーとは参っちゃうね。
放課後も出待ちする女子生徒をどうやって撒こうか悩んでいた同僚を不憫に思い「後部座席に隠れるか?」と助け舟を出し、家まで送ると、同僚の家の前には女子生徒の母親がいた。
「・・・今日、一日だけ泊めてくれないか?」
「あー、いいけど、俺んち汚ねぇから覚悟しろよ?」
これにはさすがの俺もゾッとして、ストーカー親子に気づかれていないことを祈りながら、ちょっと余計な遠回りをして自宅に帰った。
「なにこれ!?汚なっ!ゴミだらけじゃん!」
「ゴミじゃない、ゴミ袋だ。ちゃんと汚れ物は洗って乾かして、仕分けしてから括ってある。」
「そこまでしたなら、捨てろよ!」
「いやぁ、面倒くさくってさぁ。ははは」
同僚は俺の家を見て後ずさった。
何を隠そう、俺はごみの分別までするのに最後のごみ捨てが出来ないゴミ屋敷野郎なのだ。でも先月、知り合いに軽トラックを借りてゴミ処理場まで捨てに行ったから今日は比較的少ない方だ。
「もぉーー、ゴキブリとか出ないよな。」
「ゴキブリ対策は万全だ。薬も撒いたし、アロマも焚いた。ゴキブリが出たことは2回しかない。」
「でてるじゃん、もういいや。・・・とりあえず、今出せるやつだけでも出しにいこう。」
こわごわとごみ袋をつまみ上げ、顔を歪めながら恐怖の対象が居ないことを確認しては、つま先立ちで歩く同僚は学校で見るクールで優しい先生像から程遠くて笑えた。
地域の広報誌とマンションのゴミ捨てルールを調べたところ、燃えるゴミと燃えないごみは別日だったけど、資源ごみと古紙はいつでも捨てられるとわかった。もう2年住んでるけど、初めて知ったな。
燃えないゴミだけ残った部屋の中はスッキリ広々。フローリングワイパーと掃除機で掃除したら「なんだ、案外きれいじゃん」って言われて「週一でゴミ袋どけながら掃除機かけてるんで」ってドヤ顔したら「そこまでして出さないその執念に感服する」と、大ウケした。
帰り道で買ったコンビニの弁当を食べたら、洗剤つけたスポンジでしっかり洗って乾かして・・・ってしてたら、また笑われた。
食後のコーヒーを飲んで、さてちょっとだけ仕事しようと思ったら、同僚がおもむろに三つ折りにされたコピー用紙の包みを見せてきて、中には紫と白の小さな花が10個ほど付いた花が1本あった。
「お、これ知ってる。ちっちゃい金魚草だ。」
「姫金魚草な。リナリアとも言う。」
「で、これどうしたの?」
花から目を上げ同僚の顔を見れば、顔を赤らめ、視線は横で目が合わず、眉尻が下がった表情に俺はドキリとする。
「・・・・・・え、まさか・・・」
「たぶん、本物だと思う。・・・デスクの湯呑から生えてた。」
「ぶっは!はぁ?なんて?湯呑?」
「ほんと、生けてあるとかじゃなくて、垂直に刺さってた。」
俺が声を上げて笑うと、同僚の赤らめた頬がわずかに落ち着くが、下がった眉尻はそのままで照れ顔と困り顔が似ている事を改めて知った気がした。
しかし、湯呑に刺さってたとは一体どういうことなのだろう。この花、霊的なモノだったりするのだろうか?眼の前の花は影もある立体で存在感があり、時間が経ってやや萎れ気味な質感もリアルそのもの。手にとってみれば、へにょんと花の重みで垂れ下がるあたりも本物にしか見えない。
でも、今が姫金魚草が咲く季節じゃないのは過去の記憶から知っている。同僚が花屋で買ってくる暇なんてのもなかった。前日から準備していたとしたら?と考えたが、だったら、こんな萎れやすい雑草扱いされることもあるような花を選ぶとは思えない。
「それで?・・・まぁ、俺も鈍感じゃねぇから、予想はつくけどさ。一応、食い違いになると厄介だし?」
「・・・一目惚れだった。顔も体も声も好みで、・・・今日、車だしてくれて、すごく嬉しかった。」
「おう、どういたしまして。」
「・・・1回でいいから、・・・抱いてくれないかな・・・」
まるで罪の告白でもしているかのような辛そうな顔に俺の方が悪者になった気分にさせられて居心地が悪い。
性の多様性を教育する立場と科目を担当する体育教師として同性愛には理解がある方なのだが?と言いたくなるが、性的マイノリティが置かれる社会的立場や現実的に恋愛が絡んだ人付き合いの気まずさは容易に想像がつく。同僚が「死にたくなる」という顔をする気持ちは分からんでもないが、直にその顔を見せられれば言葉の内容が云々よりネガティブな印象の方が上にくる。
俺はため息をつき、腕を組もうとした手に花があったことを思い出した。早く水にさしてやらねぇといかんな。と素直に思ったが、これが『恋が叶う花』だということも思い出した。
(告白だけど、告白じゃないような。抱くだけでいいって、それって『恋が叶う花』としてはどうなん?)
萎れ気味の姫金魚草の茎を持ってくるり、くるりと回して思案するも『一夜の夢』が『恋が叶う』に相当するとは思えなくて、腑に落ちるものがないまま、とりあえず抱いてやるかと返事した。
「うーん、ま、いいよ。」
**
「ん、ん、んっ、っ、んん」
「大丈夫?気持ちいい?俺、男抱くのは初めてだからわかんねぇんだけど。」
「だ、い、じょぶ・・・、いい、ちゃんと、いいから」
初めての男の体内は女の体内と遜色なくて、目の前の骨ばった固い背中は明らかに男とわかるけど俺の股間は萎える事なく、出たり入ったりを繰り返す。
幸いにして、我が家にはローションもコンドームもあったので準備とやらはおまかせにした。
ところが、準備を終えた同僚がいきなりフェラしてきたので慌てて止めたら「萎えられたら辛いから背面騎乗位でさっさと終わらせようとした」と言ったのには「俺を棒扱いすんなよ」とちょっと怒った。
あまりに自信がない同僚に「俺の好きにさせて」と悪い方向に暴走しないようにクギを打つ。
それから、お手本みたいな向かい合ってのキスとハグをして、敏感なところもそうじゃないところもいっぱい触って、兜合わせと呼ばれるものをした時「やっば、気持ち~」と言ったら同僚は極まって泣いていた。
そんな顔を見たら調子が乗ってきて、女が相手ならクンニするから同じようにアナルを舐めようとしたら、不衛生だからダメだって言われたし、フェラもダメって拒否されて、何だかすごく残念だった。
そこからは同僚にリードされる形で、あっという間に挿れちゃった。そしたら、中はすごくギュウギュウで気持ち良くって、夢中になって腰振っちゃったんだけど、ふと、これで良いのか?と疑問が湧いてきた。
三十路も過ぎた十分な大人としては、性欲を発散するためだけにセックスをすることがあることくらいは知っている。セーフティセックスに気をつけながらワンナイトをした経験もある。だけど、こいつとのコレをそれらと一緒にして良いのだろうか?
俺にとってこいつは職場の同僚で、数学教師と体育教師ではデスクも遠かったし、同い年で独身ってことだけが唯一の共通項で、折りに触れ「結婚するなら急げよ」と2人で忠告されていた。それに対して「俺には結婚できない理由があるんですよ」と言ったら、こいつも「自分も同じく」と言っていたが、俺のゴミ屋敷みたいなくだらない理由と違って、こいつの理由はセクシャリティだったんだな、と納得がいく。
そして、俺に一目惚れして、『恋が叶う花』を見つけるくらいに恋をして、「一回だけでいいから抱いてくれ」なんてそれだけで満足なのか?むしろ、抱いてもらえて本望ですってか?
同僚の今にも死ぬんじゃないかっていう辛そうな顔を思い出し「明日から、何喰わぬ顔して職場の同僚がやっていけるのか?」と心配になった。
同時に察した。
きっと、こいつはそう遠くない未来に仕事を辞めてしまう。もとよりストーカーの件でも無理してるんだから、これ以上は耐えられないだろう。
(お前、なんで告白したの?)
自分とは違って長さがある髪をさらりと撫でた瞬間、腑に落ちる答えを見つけた。
ーー恋が叶う花に賭けたのか。
朝の4時から花を探した理由はストーカー対策だったけど、それは花に何らかの効力があることを危惧してだった。逆に言えば花のことを信じていた。そして、俺に花を見せた。だが、花に明確な効力はなくて、俺に告白を強要されて、さぞ絶望したことだろう。
「1回でいいから」とは、せめて最後の思い出に、というやつだったのだろうか、もしかすると仕事を辞めるための理由にするためだったのかもしれない。
ふつふつと胸に湧く感情は『苛立ち』だが、俺はこれを『恋』と名付けることにした。
(『恋を叶える花』か、いいだろう。その恋、叶えてやろうじゃねぇか。)
気持ちの良い圧に包まれたソレをズルゥっと引き抜くと、さっきのところに戻せと言わんばかりにピクン、ピクンと揺れる。だが、今は下半身に脳みそ付けてる場合じゃないんでね。と、グラスに差した姫金魚草を取りに行く。
水を得て少しばかり復活した花を持ってベッドに戻ると、すごく不安げな顔した同僚が、花と俺の顔を交互に見ては頭に疑問符を浮かべた。
「俺さ、自分から好きになった相手はいないんだけど、『好き好き~』って言われたらすぐ相手のこと好きになっちゃう単純な男なんですよ。」
「はぁ、・・・?」
「だからさ、好きって言えよ。ーーほら、お花持って、可愛く言ってみ?」
俺は同僚の手に花を握らせた。同僚の目が逡巡でキョロキョロとせわしなく動く。
一向に口を開かないのがじれったくて、同僚を仰向けにコロンと転がしその勢いで知ってしまった魅惑の極地に肉欲を突き入れ、意外にも柔らかい男の尻に腰をぶつけて喘ぎで口を開かせた。
開いてしまった半開きの口がはくはくと動き、じわじわと目に涙が浮かび、瞬きで流れた一筋を切欠にやっと聞きたい言葉を聞かせてくれた。
「ぁ、・・・古谷先生、好き・・・付き合って・・・」
お花を持って、頬に手を添えて、おねだりのポーズで精一杯の可愛い愛の告白。
でも、眉が真ん中に寄って自信は無さげ。上目遣いの目はうるうるでも懇願の意が丸見えで、わずかに開いた唇は不安から震えてる。
上気した頬は赤らんでいるけどそれは情欲のせいで、かき上げた髪が幾筋か垂れ落ちて、情事におけるエロさは満点。しかも「一回でいいから」と言っていた消極的な口が、可能性を見つけたら「付き合って」なんて要望をしれっと入れちゃうところに、こいつの強かさを感じる。
うん、いいね。
「可愛いね。付き合っちゃおうか。」
「・・・ほんと?冗談?」
「ほんとほんと、付き合っちゃお。」
「うぅ~、好き、好き~・・・」
「ははっ、かわい~。好き好き言いながらセックスしよ。気持ち繋がると気持ちいよね。」
「うん、好き。好き、古谷先生好き・・・」
「俺も好き。」
・・・・・・END
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