【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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新婚旅行編

新婚旅行編:散歩

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 スマホのアラームが鳴る。
 二度寝をしていた慶介はパチと目を開け、心地よい空間から腕を伸ばして音を止めて自分を抱きかかえたままの酒田を揺すって声をかけた。

「勇也、起きろ。今日は旅館の朝食に食べに行くって言ってただろ。」

 眠そうに唸り薄目を開け、目があった気がしたが、酒田は布団を引き寄せ直すとふー、と一つ息をついてまた寝入ろうとする。

「おい、寝るな。」
「んんー・・・、もうちょっと・・・」
「俺一人で行っちまうぞ~?」
「それはだめ・・・」

 慶介を掴む手は強くなったが、それで目が覚めるというわけではないらしい。

「キスしたら起きるか?」
「・・・、うん・・・」

 返事はしっかりした声だった。慶介はおでこに唇をむにゅっとくっつけ、リップ音を聞かせたキスをした。

「ヘヘっ」

 酒田は目は閉じたまま鼻の下を伸ばして、だらしない顔で笑う。
 その顔は、基本的に「俺の夫は可愛いだろう?」と見せびらかして自慢したいと思っている慶介でも、この顔は人には見せられねぇな、と呆れつつもニヤける。

 ヘラヘラと笑う酒田は慶介の腕を掴み、布団に引き込むと布団を被り直し匂いを嗅いだ。と思ったら体から力が抜けて寝息を立てはじめたところで、慶介は思わずツッコんだ。


「起きひんのかい!!」





 酒田は鯵の干物定食、慶介はクロワッサンとスクランブルエッグのプレート、それぞれ好きなものを選んで食べ、今日一日の予定を決めた。

 この3日間ほとんど出歩いていないし、せっかく買った服も活躍できていない事から、今日は散歩をすることにした。

 朝と昼の間、多くの人々が温泉街の観光へと一直線に向かう流れから外れて慶介たちは散策コースを通って観光地エリアに向かう。
 京都にある『哲学の道』に良く似た小川の横に石畳の道があり、低い植木と桜や紅葉の並木道が続いている。人はまばらで誰もがのんびりと景色や会話を楽しんでいた。

「勇也って意外と寝坊助なんだな。」
「そういう慶介は連日早起きだな。」
「えー、こういう時ってテンション上がって目ぇ覚めたりしねぇ?」
「俺はダメだ。筋トレとランニングがなくなると元のぐうたらに戻ってしまう。」
「寝起きがぐうたらな勇也も可愛いぜ?」
「それを見るのは俺のつもりでいたのにな・・・」

 恥ずかしげに顔をこするところも、また可愛いと思ってしまう慶介は頬を緩ませた。

 酒田が言うように慶介もここに来るまでは、肘枕しながら寝起きを眺めて微笑む酒田に「おはよ」と言われる光景を想像していたのに、現実は逆で先に目覚めた慶介が酒田の寝顔を堪能している。
 本多の家で慶介が酒田の寝顔を見る事はほとんどない。朝は早い時間からランニングに出る酒田に「いってら・・・」と寝ぼけ眼で送り出し、夜も慶介より先に寝ることはまず無い。ソファで寝落ちしている時はよほど疲れているときだけ。
 故に、ぐうたらな性格というのも、板倉や永井から聞いたことはあっても、そんなところを見たことがない慶介は「昔の話ってやつだろ」と思っていたのだが、旅行先でそれを知ることになるとは思わなかった。

 そんな雑談をしながら、ブラブラと歩き、観光地エリアに入ると、町並みはどこを見ても写真映えしそうな階段の多い温泉街らしさのあるものにかわり、食べ歩きの店舗もあったので、甘いものを欲しがった慶介に酒田が食べ歩きも可能なジェラートを提案した。

 味も決まり注文するという段階にきて珍しく慶介が定員にゴネるようなことを言いはじめた。

「テイクアウトでトリプルって出来ないんですか?」
「申し訳ありません。お味3種のトリプルは店内のみとさせていただいていまして、食べ歩きは2種類までとお願いしております。」
「なんで? 落とした客が作り直してとか言ったから? 店内で頼んでも途中で店から出たら一緒じゃねぇの?」
「慶介、ダブルで良いだろ。なんでトリプルにこだわるんだ?」
「だって、勇也はチョコだろ? 俺はナッツがいいんだけど、定番のプレミアムミルクも食べたいんだもん・・・」
「俺がチョコのシングルで、慶介がナッツとミルクのダブルでいいんじゃないのか?」
「そしたら食べ歩き出来ねぇじゃん!」
「・・・んん??」
「ジェラートはスプーン使うから片手で食べれないだろ。」

 こういった食べ歩きは警護の観点から、片手で食べられないものは、椅子に座って警護されながら食べるか、慶介が商品を持ち酒田がスプーンで給餌させる方法を取る事になっている。
 実際、サービスエリアでも両手が塞がるパフェは席に座って食べ、ジェラートは酒田が慶介に食べさせていた。

 なのに、目の前の酒田は首を傾げて何か言いたげな顔をしている。

「言わなかったっけ? ここでは手、繋がなくても良いんだぞ?」
「・・・・・・はっ! そういや、そうだった!!」

 ここの温泉施設は温泉街そのものがテーマパーク。施設をふくむ広い範囲が高い壁で囲まれ、出入りがチェックされて、慶介が最も警戒すべき誘拐が起こりにくい仕組みになっている。
 だからこそ、二人きりの新婚旅行が実現出来たのにもかかわらず、慶介はいつもの習慣からずっと手を繋いでしまっていた。

 慶介は店員にゴネたことを謝り、酒田の分もチョコレートとラムレーズンのダブルにして、それぞれがジェラートのコーンを持ち歩き出す。

 慶介は、自分でジェラートをすくって、自分の口にいれる。そんな当たり前のことが新鮮でつい何度もスプーンを持つ手を見て、昔のことを思い出していた。


 祖父母から疎まれていた慶介は、ゲリラ的にたずねてくる祖母の目に入らないよう、家にいる時間を短くするため母親からお小遣いを多く与えられていた。そうして一旦、家に帰ってカバンを置いたあとは財布を掴んで逃げるように公園へ向かい谷口や山口と遊び、駄菓子屋でおやつを買ったり、中学になるとコンビニで買ったパンやおにぎり、アイスなどを食べながら歩き、ガードレールにもたれて制服のケツを白くさせながらダベっていたものだ。

 オメガになってからの今じゃ家の外を歩く事はなく、この7年間でコンビニに入ったことも数回しかない。
 高校時代はとにかく家にずっとこもりきりで過ごし、大学では外に出る機会も増えたけど、それも目的地があってそこにだけ出かけていた。明確な目的がない『おでかけ』をするようになったのは本多本家で挙式をあげてデートをするようになってからだ。

 と、考え事にふけりボーっと歩いていた慶介は、すれ違う人にぶつかり、睨まれ舌打ちされてから「すいません」と謝った。
 謝るのが遅れたのは、こんな風に人とぶつかることすら久しぶりすぎて、何故ぶつかったのかわからなくて放心してしまったのだ。

(いつも、警護がいたから・・・)

 守られることに慣れきって、とっさに人として当然の行動を取れなかった自分が情けなくて凹む。

「慶介、大丈夫か? ジェラートは無事か、服も汚れてないな? ・・・よし。あいつら、自分たちこそよそ見してたくせに、舌打ちしやがって気分悪りぃ。」
「・・・うん」

 しばし離れていた酒田が近づき、ピッタリと横につかれることにホッと心が休まる。
 何となく感じていた右側の寒い感じがなくなったことで気持ちが上向き、慶介は自分のジェラートを酒田にもおすそ分けで『あーん』をして、お返しの『あーん』を受けて、またそのお返しをする仲睦まじい姿は周囲の注目を大いに集めて少し恥ずかしかったが、近づく理由ができて良かったかも、と少しだけ思った。





 その後、慶介は一人で歩いていたベータ時代をすぐに思い出し、酒田とは手を繋がず散策を続けた。ブラブラしたい気分ということから観光名所の1つである美術館には入らず、近くに点在するクリエイターの作品ギャラリーやショップを見て回り、晩御飯も旅館に戻らず、外食でステーキを食べた。


 観光地エリアと違って必要な街頭と看板以外に明かりのない薄暗い宿泊エリアを、酒の入った慶介は、ほろ酔い気分で右に左にとフラフラと歩き、酒田がちょっと心配そうな顔でついくるのを、ちょくちょく振り向き確認して思った。

 ──今なら誰もみていない。

 今日は、楽しかった。ずっと、胸に秘めていた『ベータだった頃に戻りたい』という希望を叶えられたような一日だった。

 ストールでネックガードを隠し、男同士で手を繋ぐ目立つ行為もしなかった慶介はちょっとおしゃれなだけの一般人。なんだったら、今日は慶介より酒田の方が目立っていたようで、通りすがりの親子から「ママ、あの人でっかい」「あらほんとねぇ。プロレスラーさんかなぁ?」なんて言われて思わず吹き出して笑った。

 ただ、右側が仕える快適な自由よりも、不自由な人のぬくもりの方が恋しい。


 「勇也。やっぱ、手ぇ繋ぐ。」
 「そうか?」


 くるりと振り返った慶介に、酒田が手を差し出す。
 慶介が二歩戻って、手の平を合わせて手を繋いだところで、二人して沈黙した。『こういう時は恋人繋ぎか?』と考え込んだのだ。そして、無言のまま繋ぎ方を変えてみるが微妙だと感じる違和感に二人の手の形は元に戻り、結局いつも通りの手の平繋ぎで顔を見合わせフッと笑い合う。

「あったけぇや。」
「慶介の手の方がポカポカだぞ。」

 そりゃぁ、酒を飲んだ慶介は血の巡りが良くなって暖かくなっているが、この「あったけぇ」は精神的な意味合いの温度だ。

「今日は一日、オメガじゃなかった時みたいに出来て楽しかった。楽しかったけど・・・こういうのはもういいや。」
「・・・なんでだ。」
「正直、昔みたいな自由が懐かしいってずっと頭の片隅で思ってた。」

 着けなければならないオメガのネックガードは不躾な人からの視線を集めるし、安全のために繋ぐ手は二度見されるのもしょっちゅうで、警護の皆が視線を頑張って遮ってくれても街中を歩けば視線が向けられて疲れてしまう。
 だけど、そんな不快感も、酒田と一緒なら耐えられる、というか、キュッと握り返してくれる手が嬉しくて不快感を上回る。

「でも、もう未練はなくなった。俺はもうオメガだし、今日やった事は友達とやりたいことであって、酒田とやりたいことじゃないしな。」

 と、慶介は繋いだ酒田の左手の甲にキスをした。それに酒田も返事をするように慶介の右手の甲にキスをして、本音をつぶやいた。

「俺も正直言うと、今日一日、さびしかった。」

 酒田の目が悲しげに揺れ、酒田の右手が慶介の頬に伸ばされた。慶介がその手に頬を擦り寄せると酒田は嬉しそうに微笑み想いを語る。

「人目を気にせず自由に歩く様子は楽しそうで、途中からエスコートも必要としなくなった慶介は、まるでベータの男のようにも見えて、高校時代の警護よりも慶介が遠くに感じて、寂しかった。」

 軽く引かれた手の動きに素直に従えば、酒田の胸に収められ、キュッと抱きしめてきた酒田の腕の弱々しさに慶介の方から強く抱きしめて言った。

「これからも、こうやって手ぇ繋いで出かけたい。ショッピングモールとかでいいから、目的もなくブラブラ歩いて、気が向いたら喫茶店入ってコーヒー飲んだり、映画見たり、買い物したり、そういう事したい。」
「警護と補佐がついてくるけどいいのか?」
「うん。二人じゃ勇也は警護になっちまうだろ? それじゃ楽しくねぇよ。」
「そうだな。」

 ストールの内側に滑り込んできた酒田の手が項を撫で、慶介が一瞬、首を仰け反らせた瞬間に唇が触れ合うキスをした。









***









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