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新婚旅行編
新婚旅行編:買い物
しおりを挟む四日目。酒田がつけたキスマークがまだ残っていたため、今日も温泉はやめて観光をすることにした。
午前中は美術館をに行く予定だったが休日で人が多かったこともあり諦め、林道を運動がてら散歩して、午後は民藝館というところに入ってみた。
二人して教養がないので、展示説明文を読んで、物をみて「へぇー」という感想しか出てこないかったが、民藝館の食器には関心が向き触発された慶介たちは隣接するショップに足を運んだ。
慶介が気に入ったのは、複雑な色が混ざった茶色に白い刷毛目の模様が大胆に入っている大皿。和風な印象を強く主張しているのに、形がイタリアンのお店で使ってそうなリムボウルの形をしているのが使い勝手が良さそうでカッコいいと思った。
「勇也、見て。茶色の皿だけどミートソース乗せても似合いそう。カッコいい。欲しいなぁ・・・」
「商品なんだから、買えば良いじゃないか。」
「あ、でも、スタンダードに白っぽい方が使い勝手良いかなぁ。でもなぁ、茶色のほうが良いと思わねぇ? どっちが良いと想う?」
「両方買ったって良いと思うよ。どうせ車に積むだけなんだから。」
「じゃあ買っちゃうか──・・・なッ?! 一枚7000円・・・た、高ぇ・・・」
「慶介ェ、前から言ってるけど、信隆さんには遠慮するほうが失礼になるから気にせずに買えって。」
「でも・・・」
「信隆さんは金使うほうが喜ぶ!」
「そ、そう? じゃぁ・・・買う!」
白い皿は8枚、中鉢も8枚買ったが、茶色の皿は2枚。それに合わせたスープボゥルとカラトリーも買った。
ちなみに持ち運ぶには重いので、後ほど補佐の誰かに運んでもらうことにして、慶介たちは観光を続けた。
「茶色の皿さ、2セットでよかったのか? せめて4セット揃えたほうが──」
「いいんだ、夫婦茶碗の代わりだから。これで慶介の作るご飯を他のアルファにまで振る舞わなくて良くなる。」
「アサリと春キャベツのパスタの事、まだ根に持ってたのかよ。」
「そもそも、食べたいなら自分で作ればいいんだ。なのに慶介が優しいからっていっつもタカりやがって・・・。本来、慶介の作ったものは全部、俺のものだ。」
ふん、と酒田は鼻を鳴らす。
挙式をあげたあとの話だ。2人分しかなかった殻付きアサリを春キャベツと炒めてボンゴレビアンコを作って食べていたところ、兄の松吾と永井がやってきて酒田の皿から大半のパスタを食べてしまった。当然、酒田は怒ったが二人はしれっとして「夫婦茶碗で食うなら邪魔しねぇよ」と言ったのだ。
それから何度か食器を買う機会はあったものの、慶介も皆に料理を振る舞う事が嫌いではないので買わず仕舞いのままだった。
「我慢させて悪かったな。これからは勇也のためだけに作るよ。」
「・・・まぁ、たまになら、大皿で皆で我先にって取り合って食べるのも悪くない・・・」
そっぽ向いて唇を尖らせて言う本心が二人きりがいいのか、皆で食べたいのか、どっちの意味か慶介には分からないが、独占するようなことを言わない酒田の優しさだけはよく分かる。
旅館へ帰る道でふと酒田の歩みが遅くなり、視線の先を確認すれば彫金細工のネックレスがあった。
「おそろいとか買っちゃう?」
「いや、慶介に贈るなら吟味して選びたい。」
ならば、と天然石のブレスレットを選び合うことにした。
パワーストーンの店なんて日本中にあって、大阪でだって買えるものだけど、これも思い出の1つ、と遊び半分で買うことにした。
店内は所狭しと石が並べられており、丁寧に一つ一つの石の名前と一般的な効果の説明文が貼られていた。
慶介は効果や意味で石を選ぼうと説明文に目を凝らすが、全ての石に目を通すだけでも相当な時間がかかるなぁ、と困っていると、店員が「手をかざして下さい。直感が教えてくれますよ」なんていうから、言われた通りにしてみると、手が止まったのは『オニキス』だった。こんなにたくさんの種類があるのに有名どころ過ぎて面白くない、と思って他の石を見て回ったけど、やっぱり惹かれる気がしたので諦めてオニキスにした。
酒田も同じように色々と悩んでいたけど、店員の「パワーストーンはお守りですから」の一言で、
「子宝の石はどれですか?」
って聞いちゃう恥ずかしさ。
子宝や子孫繁栄の効果を持つ石はいくつかの種類があり、説明を聞いたうえで酒田は古くから子宝や安産のお守りにもされてきたという『赤珊瑚』を選んだ。
石を選んだあとは願いを込めながら自分で作るのがこの店のやり方だそうで、二人は6mmの少し小さめの石をせっせと紐に通して、完成したブレスレットはお互いに贈り合った。
スタンダードな黒いブレスレットは酒田がつけるとちょっと怖い印象になってしまった気がしたが、酒田が選んだ赤珊瑚は濃いめの赤で男の慶介にも似合って見えた。
*
旅館に戻ってからは、予約していた岩盤浴に行って爆睡し、夕飯は軽めに済ませてイチャイチャしてたらそういう雰囲気になって、一戦、二戦と情欲を交わし一眠りした。
しかし、岩盤浴で昼寝をした二人は針が12時を超える前に目が覚めてしまった。
調べると露天風呂は夜中の2時まで開いているということらしいので、二人は露天風呂に行くことにした。
流石に12時前ということで人は少なく、小さな露天風呂も空いていた。
だいぶ薄れた鬱血痕を揉みながら二人はとりとめもない話をした。
「パワーストーンのこと検索したんだけどさ。妊娠のお守りはピンクコーラルの方が良いらしいな。」
「でも慶介には濃い赤の方が似合うし、赤いのは安産のお守りにもなるからちょうどいいんじゃないか。」
「・・・子どもできんのかな?」
湯からあげた真っ赤なブレスレットを撫でた。
「出来なかったら、子無し夫夫になるだけだ。」
ボソリとつぶやいた酒田は手ですくった湯でバシャッと顔を洗った。
これはまだ決定事項ではないけれど、慶介が今後も永井のフェロモンを使う事に罪悪感を感じるようなら、心の病が発生する前に経口避妊薬でヒート中の性的興奮を抑制することが考えられている。
それはつまり、子どもを諦めるということでもある。
そういう選択肢を示してもらえた事は、申し訳ないがありがたかった。今回の旅行では永井の誘引フェロモンを使うことにはある程度の諦めがあるけれど、今後もヒートのたびに永井フェロモンを嗅いで、酒田のことを永井と見間違える幻覚を見ながら子作りしなければならないのだとしたら、慶介の心は壊れていたかもしれない。
そりゃ、一番良いのは腹痛が軽くなってくれる事だが、これはあまり期待できない。
未だに慶介と永井はお互いに匂いがしない場所にいくと1週間程度で腹痛が起こるし、ヒート時の腹痛の強さにも変化がない。
(どっちかと言うなら、俺は勇也がいい・・・)
景明を筆頭に、酒田との子どもを最低一人は作っておくべきという主張は強い。だが、そう言われる度に慶介は思うのだ。まるで、永井と番う予定があるようではないか、と。
決して『子どもなんて要らない』とは言わないが、『何が何でも子どもが欲しい』とも言わない。だから、もし、酒田と子どものどちらかを選べと言われたら慶介は酒田を選ぶ。
慶介は隣にいる酒田の肩にコツンと頭を乗せた。
「勇也・・・」
「ん?」
「ずっと、一緒にいるんだぞ。」
「ああ、慶介が要らないと言うまで、ずっと側にいる。ずっと一緒だ。」
「絶対だからな。」
少し欠けた下弦の月が東の空高くで大きく光っていた。
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