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ウェディングパーティ編
ウェディングパーティ編:友
しおりを挟む祝辞の挨拶から解放された永井は、谷口と山口のフォローに入っていた吉川と板倉に交代を告げた。
「板倉、助かった。あとは俺1人で良い。吉川も行ってこいよ。ラスト、ワンチャンあるぞ?」
「そう?じゃあ、遠慮なく。」
「やっとか。さて、スゥ~・・・。はぁ~、オメガがたくさんで鼻が幸せ~。誰でも良いから1回くらいダンス踊ってくれねぇかな~。」
「板倉さぁ、君、下品だな。」
「下品で結構~。あわよくば、番いたいと思ってるような下心よりマシで~す。」
板倉も吉川も似たような軽いノリの性格だから、意気投合するかと思ったが、意外にも反りが合わないようだ。
ずっと、こんな感じだったのか?と心配になって、ベータの2人を見ると驚きの様子がみられたので、仕事はきっちりしていたみたいだ。
板倉が酒田の所へ突撃すると補佐アルファのグループがワァッと盛り上がった。
その様子を、気疲れもあった永井はボーッと眺めた。
仲間と呼ぶ補佐連中から乱暴に誂われている酒田は実に幸せそうだ。仲間が慶介にわざとちょっかいをだして、それを警護らしく止める酒田の手は慶介の腰からけして離れない。遠目に見える慶介の口が「守ってくれてありがとう」なんて言うと酒田はもうデレデレになって、それをまた皆に誂われて、なんと幸せそうな光景だろうか。
ひと世代前の婚約者ブームが去り、自由恋愛が尊ばれる今は婚活アルファにならなければオメガにアプローチもかけられない婚活ブームとも言える。
そんな中、特殊な事例とは言え番を得た酒田は、今、「補佐でも番が得られるかもしれない」という補佐アルファたちの希望の星になっている。
そして、ベータ育ちゆえに運命を拒絶したオメガと、運命に捨てられたアルファ、オメガに選ばれた補佐アルファ。という俺たちの話は、今後10年は意図的に語り継がれる。
せめては、捨てられたアルファが惨めに語り継がれないよう「彼は運命の番を得られなかったアルファだが、史上3人目のオリンピック柔道の3連覇という偉業を成し遂げた。」という賞賛の的になっていたいところだ。と永井は幸せそうな光景に目を細めながら、心中で目標を改めて確認した。
慶介と酒田が学生時代の友人らに祝われている間は、山口と谷口と一緒にビュッフェを全品食べて堪能したり、永井が車の運転があるため酒が飲めないと知った2人は「じゃぁ、次はノンアルコールカクテルを制覇しようぜ」と、回し飲みしで制覇したあとはノンアルカクテル同士を混ぜた「適当カクテル」を作って遊んだ。
会場の照明が暗く落とされて、ウェディングケーキが運び込まれると、どやどやと観客たちが大きなケーキに群がる。
ウェディングケーキは、こんもりとフルーツが盛られた大きな長方形のケーキと50cmの高さがあるシュータワーだ。
ベストポジションはカメラマンに譲り、その隣に山口と谷口を案内したら、ベータの友人を見つけた慶介がとても良い顔で笑った。その瞬間をカメラマンも見逃さずシャッター音が連続して鳴った。
ケーキカットはなくファーストバイトのパフォーマンスが始まり、まずは慶介がシュータワーからファーストバイトのプチシューを取るのだが、慶介が選んだのは脇に飾りで置かれていた生クリームがたっぷり挟んである拳より一回りほど小さい中くらいのシュークリーム。
それを酒田の口元に運ぶと、それがフリじゃなく本気だと理解した酒田が「えぇっ!?」と驚き、観客たちからドッと笑いが起こる。本来なら、タワーの一番上の粉砂糖がたっぷりかかったシューを選ぶものなのだ。
気合を入れた酒田が大口を開けて慶介からのファーストバイトを受け取り、本当に一口で食べきると称賛の拍手が送られた。
次は酒田からのファーストバイトである。酒田はケーキに散りばめられているフルーツの中からツヤツヤのぶどうを1粒選んだ。慶介がパクリと食べると、次はマスカットの一粒を口元に運び、更にいちご、キウィを運んでいく。
「何あれ?ファーストバイトって、あんなんだっけ?」
「バース社会でいつからか始まった風習で、アルファから食べさせるフルーツは希望する子どもの数を表してるんだ。」
「じゃあ、4人欲しいってことか。」
慶介が「終わりか」という顔をしたところに酒田は再びマスカットを突き出した。慶介が怪訝な表情を見せるが、酒田は申し訳無さそうな顔をしておきながら突き出したフルーツを下げる様子はない。
周りは慶介の答えをニヤニヤしながら待ち、無言のアイコンタクトのやり取りに根負けした慶介は5個目を食べ、6個目に手を出そうとした酒田の手をガシッと掴んで「もう終わりにしろ!」と、止めてまた笑いが起こった。
長方形のケーキがカットのために下げられる間に、未成年のアルファたちがタワーからシュークリームを次々と抜き取っていき、意中のオメガの元へ向かいファーストバイトごっこのアプローチが始まる。
これにベータの2人がまた「何あれ?」と言ったので、ウェディングパーティは子どもたちにとっての婚活パーティなのだ。と説明すれば、アルファとオメガの比率が違うバース性たちの苛烈なる結婚市場競争に驚きと哀れみを見せた。
デザートタイムが落ち着くと、誰かがピアノを弾き始め、誰かがバイオリンを披露し、ソロがデュエット、トリオ、カルテットへと人数が増え、奏でられる曲がダンス曲になれば自然と会場の中央から人が居なくなり慶介と酒田のファーストダンスが始まる。
慶介はこのダンスのために家で羞恥心に耐えながら練習を重ねた。
いくら皆が「社交ダンスの競技だと思ってやれ!」と言っても恥ずかしさが抜けなかった慶介のダンスは、せっかくの長身が微塵も生かされない基本のポーズからして不格好なものだった。
だが、案外、本番には強いらしく、上手いとは言わないが普通に見ていられる出来栄えだった。
ダンスを終えてやっとセレモニーは終了。小走りでダンスフロアから抜け出てきた慶介がこちらにやって来る。
主役の居なくなったフロアにはファーストバイトを勝ち取った小さな恋人さん達が可愛らしいダンスを始める。あとは順に学生向け、大人向けに移行していき、そこから先は各々自由。
恥しかった。とボヤく慶介に、しっかり踊れてたぜ。と褒めてやると安堵の顔を見せた。
「イェ~、田村、おめおめ~。」
「おめっと~。」
「イェーイ、さんきゅー。って、いや、マジ、ホント、来てくれてありがとな。」
緊張から解放された直後であることも相まって、山・谷コンビと話す慶介のテンションは高め。
この様子を見ていつも思う。「慶介にとってこの2人は絶対になくてはならない存在だ。」と。
酒田と一緒にいるときを非常にリラックスしたいい匂いだとするならば、この2人といる時はリフレッシュをしている時のような甘さが引いた爽やかな匂いをさせている。
静と動のバランスを保つためにも彼らとは末永く良好な関係を保ちたいものだ。
「ウチの親に見せるから指輪見せるポーズしろ。違う違う、指輪を撮るんだよ。手を前に、そう!・・・よし、オッケ~。次、キスな。い~やいやいや、口じゃ顔が撮れねぇだろっ!ほっぺで良いんだよっ!・・・はい、オッケー!」
山口がスマホで撮影をして、酒田が慶介の唇にしたキスの悪ノリに皆が笑った瞬間、谷口の体がビクリと跳ねた。
「じゃぁ・・・次はー、5人で撮るから、誰かに撮ってもらうか。・・・お?吉川おるやん!吉川~、みんなで撮ろうぜぇ!」
集合写真を撮るために谷口を慶介の隣に誘ったのだが、谷口が硬直して動かなかった事に妙な空気になった。
「・・・どうした、谷口?」
「え、い、いや、や、やっぱ、ほんとに2人って結婚したんだなぁって。あはは・・・」
何でもないよ。と言いつつ、ぎこちなさを残した写真撮影後、慶介たちはダンスフロアのある部屋から人が少ないスペースへ移動した。
今日一日、結婚式場全体が貸し切り状態なので、ビュッフェ会場も挙式を上げた外も全ての場所が自由に出入りできる。
受付をしていたテラスは適度に人も少なくメイン会場からも近く、午後になって陰になったおかげで涼しい。
挙式をあげた外の様子も見れて気持ちが良かったので、吉川と永井で椅子と机を持ってきて、慶介と酒田には満足に食べれていないビュッフェとデザートを並べた。
青い芝生が眩しい外では、小さな子どもが走り回って遊んでおり、子守り担当の補佐アルファたちが子どものパワフルさに圧倒されながらも一緒に遊んでいた。
それを見ながら慶介がバース社会の補佐アルファの役割を谷口に説明している。
その隙に、永井は山口に小声で訪ねた。
「おい、山口。谷口のさっきのやつ、どうしたんだ?」
「あーねー、なんか、谷って、性的なことが絡むと潔癖っぽとこ見せるんだよ。まぁ、そのぉ、最近、俺がぁ?・・・やらかしちゃったせいでもあんだけどぉ・・・。」
「あぁ?!てめぇ、谷口に何した?」
永井は思わず、大きな声が出た。
さきほど、この2人の重要さを噛み締めたところだったのに、早速、いや、すでに問題を起こしているだと?しかも、先程の谷口の様子は、まるで男同士のカップルを見てドン引きしているベータの様子に似ていた。
もし、谷口が潜在的に同性愛を受け入れられない感情を持っているのだとしたら、この先の妊娠や出産などでより嫌悪感を増してしまうかもしれない。それが山口のやらかしのせいだとするならば、慶介から谷口を奪った山口を永井は許せない。そう思えば、抑えがたい怒りがカッと湧いた。
「ひぃ・・・っ!ちょちょちょ、ちょっと待って、威圧?!これ威圧っすか?!ちょ、マジ怖すぎるんですけどっ!なんなんすか?!前から思ってたけど、永井って、谷口を贔屓しすぎでしょ!」
「当たり前だろ!谷口は俺の柔道人生の救世主で恩人だぞ。お前なんて谷口のおまけみたいなモンなんだよ!」
「なにそれ!ひどッ!」
山口いわく、2人はある合コンに参加し、その合コンで谷口がある女性と意気投合していた。雰囲気が良かった2人を山口はアシストして谷口に女性をお持ち帰りさせたという。
アシストのせいで終電を逃した谷口はその女性に「ゲームが出来るラブホテルで徹夜でゲームしようぜ。」と誘い、宿泊した。谷口は純粋にゲームをする気だったのだが、女性はそれをただの口実だと思っていたようで、風呂上がりに女性から谷口に迫った。驚いた谷口はパンツ一枚でホテルから逃げ出し、近くの交番でご厄介になってしまった。という事があった。
と、話す山口に隠し事を察知した酒田がさらに問い詰めたところ、山口は現在、その例の女性と付き合っているという秘密を打ち明けた。
どうやら「悪いことしちゃったな」と落ち込む女に「けしかけた俺のほうが悪かったんだよ」とフォローした流れで仲良くなって交際にいたったそうだ。
「山口、お前最低。」
慶介、お怒りです。失望したと言わんばかりの匂いには思わず抱きしめて慰めたくなるほどの悲しみが含まれている。もちろん、それをする役割は自分ではないので、その衝動は怒りに変換して山口に威圧としてぶつける。
「うぅ~、もう、めっちゃ謝ったってばぁ。」
「田村、いいんだ。アレのおかげでわかったんだ。俺、たぶん無性愛者なんだと思う。彼女欲しいとか思わねぇもん。だから・・・さっきのも男同士がとか、田村たちがっていうんじゃなくて、キスしてんのが『キモチワルー』ってなってさ。・・・結婚式なのに、水を差すようなことして、ごめん。」
谷口は山口を庇うように言ったが、その顔は思ったよりもスッキリとして晴れやかだ。
あまり聞き馴染みのない『無性愛』については後で調べるとして、谷口が同性愛に嫌悪感を持っていないことがわかった点だけはホッとした。
しかし、慶介の怒りは治まらず、刺々しい口調で再度山口を非難した。
「いい。全部、山口が悪いから。」
「ほんっと、ごめんってぇ!!」
山口の懇願の謝罪が何度か繰り返されて、やっと慶介の怒りが収まった頃、ボソリと本音が出た。
「俺、お前らとはずっと、友達でいたいよ。」
「ごめん・・・。谷も、ごめんな。」
「もういいって。その代わり、たまには彼女より俺と遊びに行く方を優先しろよ。田村もな。んで、社会人になっても遊びに行こっ!なっ?」
なんとか、仲直りして一件落着。
その後の話題で、就職活動の話になり「慶介は、来年には子どもがいるかも知れない。」と言ったら、山口と谷口は「えー!?早すぎやろ!」と声を上げて驚いた。
「え、もしかして、ホンマに子ども5人作んの?」
「まぁ、そうしたいとは思ってる。」
「じゃあじゃあ酒田はもうパパになんの?マジで?」
「てかさ、田村、司法書士試験受けてるやん。就職しないのに資格とんの?資格取ったとしても就職する暇なさそうやな。」
「うーん、それな。コネ入社?だから、資格さえ取れば就職させてもらえるって約束だけど、仕事を始めるのがいつになるか全然わかんねぇんだよなぁ。」
「そっかぁ、専業主夫だと思えばおかしな事はないけど、せっかく勉強したのに、なんかちょっと勿体ねぇな。」
「あ~ぁ、田村は就職しないし、酒田は元々就職先が決まってるし、永井は柔道だし、お前らは就活しねぇんだな。うらやま~。」
「おい、俺は就活したぞ。」
「え?永井は柔道するんだろ?」
「柔道させてくれる会社に行くんだよ。まぁ、向こうからウチに就職しませんか?って誘われたやつに履歴書送っただけだけどな。」
「それは、就活したとは言わねぇよっ!」
ある程度方向性が定まっている工学部の山口と違って、文学部の谷口は就職に苦労しそうなのか、突っ込む声に恨みがましさがにじみ出ている。
「でも、そっかぁ、来年の夏は遊べねぇのかぁ。」
「予定通りに行けば、6月か7月に出産だから、8月だとまだちょっとな。会って飯食うくらいはできると思うが。」
「ま、俺も来年はオリンピックに向けて遊ぶ暇はない。飯食いに行くくらいのほうが俺にも都合がいい。」
「お前ェ・・・」
谷口のガッカリモードを受けて、慶介が出す申し訳ないという悲しみの匂いは永井の軽口程度では回復しなかった。
なんとかしてやりたい、と少し考えを巡らせて、思いついた。
「そうだ。遊びとは違うけど、俺の試合観に来るか?チケット取れるように手配してやるよ。中東はあれだが、ヨーロッパなら来れるだろ。」
「おぉ、それいい!山口、行こうぜ!」
「え~・・・俺、英語喋れねぇよ。」
「えぇぇ、行こうやぁぁ、俺が通訳するからさぁぁ!」
「谷の英語レベルで~?」
グラグラと揺さぶる谷口、渋る山口には現地の日本語ができる知り合いの案内人をつけることでやっとOKを引き出し、慶介の匂いも持ち直し、楽しい語らいが復活した。
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