【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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ウェディングパーティ編

ウェディングパーティ編:魅

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 夏らしい綿雲と突き抜ける空。太陽に照らされた芝生は力強く繁り、並べられたウッドチェアに飾り付けられた白い布が風に揺れ、緑の世界に白を基調とした装花の淡い桃色が彩りを添え、主役の青が入れば完璧だ。

 永井は恵まれた天候と自身のセンスに悦に入り、心中でガッツポーズをする。


 夏のガーデンウェディングで心配していた気温や日差しは等間隔に植えられた樹木が伸ばした枝葉が受け止めてくれて、セレモニースペースは程よく吹き抜ける風もあり涼しかった。
 青々とした芝生はまるで柔らかな絨毯のように厚みを感じて子どもたちは大喜びで転がりまわり、大人もピクニック気分で芝生に腰を降ろしセレモニーを見届けようとする人もいた。
 このあたりは予想通りで、式場スタッフが敷布を配っているし、日差しを受けたくないという人は建物の日陰か、室内から窓ごしに見届けるだろう。

 並べられたウッドチェアに座るのはおもに親族と親しい友人たち、それから特別なゲストであるベータの友人。板倉と吉川が脇について指定席でジャケットを脱いで寛いでいるのを確認した。


 装花に隠されたスピーカーからウェディングソングが流れて結婚式が始まる。

 永井は式場スタッフと供に脇に控え、腕を組んでバージンロードを進む酒田と慶介をみとどける。
 今日のウェディングパーティに景明と水瀬は警備会社のスタッフとして参加しているが、信隆は「僕が出席するのは縁起が悪い」と言って欠席した。招待客の親世代はまさに、信隆のガソリン男エピソードをリアルに知る世代だからだ。

 人前式挙式の司会進行をするのはバース社会の結婚式を何件も経験しているベテランのウェディングプランナー。

 今回の結婚式で、特別なこだわりのない慶介の「うーん、なんか普通によくある感じで」というフワッとしたリクエストと、センスゼロを自覚した酒田の「すまん。永井、頼む」という丸投げを受けた永井はこのベテランプランナーにずいぶん世話になった。
 慶介の言う普通・・とは山口と谷口に見せるためのベータ的な結婚式の事だった。それとバース社会のややフリーダムな結婚式をうまく混ぜて、200人以上の招待客を捌くプログラムや誘導の仕方などを、新郎新婦に代わって永井がプランナーと相談し、話し合いを重ねた。


「私、本多勇也は、本多慶介をただ1人の番とし、何を置いても貴方を至上として、万難を遠ざけ、障害を排し、貴方を守り、愛すことを誓います。」

「私、本多慶介は、本多勇也をただ1人の番とし、他を見ることなく、真心を持って貴方のみを愛し、項を守り、貴方の隣で笑顔を絶やさぬことを誓います。」


 誓いの言葉は、お互いに対して誓い合う言葉のみで「皆様の支えがあって」や「見守っていただければ」などの招待客からの承認を必要とする言葉は省いた。
 そして、このタイミングで酒田が『警鐘』としてベータ育ちの慶介が運命を受け入れられなかった話を不幸な事例のように説明し、項を噛まない「番わない結婚」をするに至った経緯と理由を話す。また、本多本家で祝言を挙げて承認された話をして、

「私達が項を噛まずとも番である事をこの場にいる皆様にも、ご理解いただければ嬉しく思います。」

 2人が頭を下げると、司会進行が「皆さまの盛大な拍手でもって、おふたりの門出を祝福ください。」と言い、招待客は拍手を送った。

 打ち合わせで、プランナーは人前式挙式の「皆に認めてもらう」という過程を無視したこの進行に眉を潜めたが、永井としては譲れない部分だった。
 慶介と酒田の結婚は本多本家で認められた以上、もはや他からの承認などはもう要らない。
 本多家が作る「ベータとの間の子どもはバース社会を壊しかねない」という世情コントロールを真に受けるような輩からの白々しい賛同などクソ喰らえだと思っているのだ。


 慶介の姪っ子にあたるオメガのリングガールと酒田の甥っ子に当たるアルファのリングボーイが運ぶ指輪をお互いの指に嵌めて『指輪交換』というベータ的なセレモニーをしたら、次は永井の役目がやってくる。

 ここから始まるパフォーマンスは3人で考えた、慶介が誰に項を許し、酒田がどうやって項を得たかを解らせる演出だ。

 今日のためのタキシードと揃えで作った薄群青色のネックガードを永井から酒田へ渡し、さらに預かっていた慶介の携帯を慶介に渡して「慶介の運命の番である永井は、今、酒田の秘書ポジションで慶介の警護をしている。」ということを知らしめる。
 そして、携帯を受け取った慶介は暗証番号を入力しネックガードのロックを解除すると、酒田が慶介の蝶ネクタイをほどき襟元を緩める。
 周囲がザワつく中、慶介のネックガードが外された。

 現代に置いて、性別検査を受けて以降のオメガの項は、例え親兄弟であろうとアルファであるならば、見ることは叶わない。
 ネックガードの下を見せるのはオメガ同士かオメガの世話役のみ。5歳から結婚するまで10年間以上もの長い間、項は秘められ続ける。
 だからこそ、項を噛まれて番になったオメガはネックガードからの開放と供に、噛み跡の付いた項をウェディングパーティで見せびらかすのだ。そのために背中が大きく開いた衣装を着やすい夏が好まれ、周囲が項を見やすいように立食形式がとられている。

 騒然とする中、酒田は慶介のむき出しされた項にキスをした。
 これに招待客からは小さな悲鳴が聞こえるほどの動揺が走る。番のいないアルファたちは目を逸すか、目を見開き生唾を飲む。
 白い噛み跡のない項が薄群青色のネックガードで覆われて酒田の手でロックがされた。慶介にはお馴染みとなったアナログタイプの鍵付きネックガードの鍵は一度、慶介の手に渡され、銀色のチェーンに通されたあと慶介の手で酒田の首にかけられる。酒田は鍵にキスをしてから服の下に入れ、服の上から鍵の位置を確認すると、招待客達の方を向いて挑戦的な笑みを浮かべた。
 その瞬間、ピリピリとした緊張感が広がった。

 オメガにとっては妙な違和感、アルファにとっては静かな牽制を感じさせる絶妙な威圧を酒田が振りまいているのだ。
 こんな繊細な威圧コントロールが出来るようになっていたとは、ちょっと驚きだ。
 威圧を出すのが下手すぎて、誰が一番酒田の威圧を引き出せるか?というイジメ一歩手前の遊びをしていた小学生時代からは想像が出来ないくらいの成長ぶりに、項を噛んでいなくても、番をもったアルファは別格だな。と思わされた。


 フラワーシャワーを受けながら退場した慶介たちは一旦、控え室に戻り、化粧を直し、外した蝶ネクタイを再び付けて、カメラマンによる記念撮影と集合写真の撮影をした。
 そこでしばしの歓談の時間を過ごすと式場側のビュッフェの準備が整い、室内へ場所を移動した。

 招待客たちがビュッフェで昼食をとる時間は新郎新婦への祝辞の時間でもある。

 最初は室内用フォトスペースに立ち、簡潔な祝辞のみの招待客を相手にする。ここで挨拶に来るのは友人の友人などの結婚式を婚活パーティと思っている参加者だ。

 次に酒田の母に挨拶に行くと、酒田家の親族が集まってきて温かい祝辞をもらう。
 酒田家の皆は慶介の噂が作り物であることを知っているし、事情を承知しているため噂を否定することもしない。ただただ、酒田が結婚したことを祝い、今日の装いが素敵になった慶介を褒める。

 その次は、本多分家の祖母の元へ挨拶に行く。こちらはあまり交流がないため慶介がガチガチに緊張している。慶介の祖母と叔父叔母たちは定型文のような祝辞を長々と延べ、酒田も定型文の返事を返して、出番がないと察した慶介の血色が回復した。
 本多分家の皆は、慶介に結婚の祝辞だけではなく「生まれてきてくれて、ありがとう」といった誕生を祝福するようなことを言った。これは祝言以降、信隆さんが丸くなって両親とも和解し、少々お金に苦労していた本多分家の家族に仕送りをしたからである。
 金の力は偉大だ。

 最後に、本多本家の次期当主のご夫妻のもとに挨拶に向かい、出席してくれた事、祝言で結婚を認めてくれた事に感謝して、絶対に挨拶しなければならない相手は終わった。

 これ以降の招待客は『警鐘』の噂を真に受けているはずの人たちなので、事前に受けるであろう誹りの予習と心構えをしてきたが慶介の表情が陰り、酒田の顔も険しさがでてきた。
 そこに本多本家の次期当主が声をかけた。

「慶介くん、勇也、君たちが歩き回る必要はない。ここで待っていると良い。」
「え、それは・・・」

 次期当主の発言で急な予定変更が入ったことに、永井の脳内では予定の組み立て直しの予備動作が発生する。

「慶介くんはパーティの経験がほぼ無いだろう?不馴れな者のために経験者が側で教えてあげるというのはよくあることだ。他家への声掛けは私の秘書にさせるから、ほら、主役の新郎新婦がそんな顔をしてはいけないよ。」

 表情のことを指摘されて、慶介たちがお互いの顔を見れば自然と緊張が緩み口角が上がった。


 祝辞を述べる招待客は一様に、慶介たちの隣にいる本多本家の次期当主夫妻に気後れし、向かって来た時に見せていた嘗めてかかるような厭らしい笑みが消え、性根が腐っていそうな奴ほどへつらうようにニコニコと白々しいお世辞を吐いていた。
 そんな奴らを見かけるたびに慶介からは気持ち悪いモノを見た時の恐怖ような匂いがジワリ、ジワリと滲み出ていたが作り笑顔は崩さずパーフェクトな微笑みだった。

『ご結婚おめでとうございます。元警護のアルファだなんて、頼もしい素敵なアルファね。』
『結婚おめでとう。項を噛まないなんて、心配が尽きないだろうねぇ。しっかり守ってあげるんだよ。』
『結婚おめでと~。いや~、学生の時から変わった奴だと思ってたけど、ベータ育ちじゃあ、常識知らずでも仕方ないよな。』
『私だったら運命の人を選びますけど、運命でなくても幸せな番になれますものね。・・・いえ、あなた方は結婚でしたわね。』

 事前に想定していた嫌味や嘲りよりはかなりマイルドになっていたが、それでも慶介と酒田が受ける祝辞には含みを感じる言葉がかけられ、子連れの番たちは新婚夫夫である慶介たちの目の前で「あなたは素敵なアルファと番になるのよ」とオメガの子どもに声をかけ、番わない結婚を暗に否定した。

『永井も運命の番に出会えたのに残念だったな。』
『お前ほどのアルファが補佐だなんてもったいない。』
『ベータ育ちじゃ、永井のアルファ性の魅力がわからないのかもな。』
『項はまだ白いし、この先、何が起こるかは分からないよな。』

 秘書として後ろに控える永井には皆が同情的な言葉を投げかけ、中には略奪を唆すような下卑た野郎もいた。

 その中で、あるオメガの男の子には憐れみをかけられ、

「運命に選ばれなかったなんて、かわいそう。」
「ハハっ、だったら、お前が俺の番になってくれるか?」
「だめ。僕には運命が待ってるから。」

 何もわかっていない子どもだと侮り、いつもの軽口で冗談っぽくアプローチの言葉をかけて返ってきた返事に、永井は一瞬、表情を失ってしまった。


 世には運命と出会わず、知り合ったオメガと番になる奴らがごまんといるのに、自分だけは全てのオメガから「この人は自分の運命ではない」という目で見られるのだと気付かされ、何か胸に突き刺さるものがあった。







***

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