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ウェディングパーティ編
SS:旅行計画
しおりを挟むバレンタインシーズン。
慶介のバレンタインチョコは水瀬のおじさまと一緒に自分好みのガトーショコラを極めるのがここ数年のブームだ。
ずっしりとしつつも生っぽくないという境界線を探して分量や焼き時間を変えて何個も作る。
去年は作りすぎて冷凍庫に何ヶ月も残り続けたので、今年はホールで4個まで、と決めた。
やや生焼けになったものを追加で焼いたら焼けすぎてしまった失敗作を「これはこれで美味い」と、3時のオヤツとして酒田たちに振る舞う。
「これ、俺好きだな。もう少し甘さ控えめにして生クリームと一緒に食べたい。」
「これは焼きすぎでしょう。しっとり感がなくなってカチカチやないですか。」
「水瀬さんは生っぽい方が好きだもんなぁ。」
酒田には牛乳を少し入れたコーヒー、水瀬には水を足して薄めたブラックコーヒーを出したら、いつも何を食べても「美味しい」しか言わない酒田が珍しく言った感想を、スマホに書き留めた。
今日は、新婚旅行の予行演習としてする1泊2日の旅行計画の問題点探しをする。
「どうでしょうか?」
「補佐や警護がつくのはオメガを絶対に1人にしないためだから、絶対に一人になることが無いよう手錠で物理的に繋いでおく。という発想はなかなか・・・他の警護では思いつかない面白いアイディアですね。食事はアルファが給餌して、トイレは同じ個室に入る、と・・・。まぁ~、出来なくはないでしょうけど、慶介くんの性格では、羞恥心が邪魔をして楽しめるとは思えませんが?」
「そうですね。自分も無理があると思いましたが、今回はたたき台として、あえて出しました。」
「場所も、これ、横浜じゃなければならない理由は?目的が中華街の食べ歩きなら神戸の中華街でもいいじゃないですか。・・・ああ、工場夜景のクルージング案があったんですね。確かにこれをするなら横浜か・・・。」
酒田が出した案を見ながら、あーでもない、こーでもない、と2人は意見を交わす。
水瀬が出した結論は『保留』だった。
「勇也の案は『検討の余地あり』ですが、まずは・・・デートをしましょう。」
「「デート?」」
「デートらしいデートしたこと無いでしょう?前に出掛けたのいつです?」
「えっとー・・・、衣装作りに行ったやつは違うか。式場見学に行って、提携店のビュッフェの試食に行ったのはデートっぽかったかも?」
「その前は?」
「大学のサークルでバスケに誘われたので、しばらくは休みのたびにバスケをして、そのメンバーで飲み会に行きました。」
「それ、デートか?」
「・・・いいえ。」
ワントーン下がった声で問われ、酒田は凹んだ様子で返事した。
**
水瀬は思いの外、凹んだ酒田を見てちょっと声のトーンを落としすぎたか?と反省する。
さっきの会話では、あえて責めるような言い方をしたが、別に酒田が悪いわけではない。
ベータの頃がどうだったのか知らないが、本多の家に来てからの慶介はインドア派に見えた。
一日中、家にいても「つまんない」なども言わないし、TVのおでかけスポット特集なんかを見ても「行ってみたい」とも言わない。
毎年、夏にベータの友人らとテーマパークなどに遊びに行く以外に、出掛けることに興味を示さない。旅行を提案してもむしろ消極的だった。
本人が望んでもいないのに無理やり外に連れ出そう、とは普通、警護じゃなくとも思わないものだ。
だから、水瀬から見て、慶介の新婚旅行の希望は妙なちぐはぐ感を感じていた。
そして、出された企画案をそれぞれ突き詰めていくと、慶介の要望は『2人きりになりたい』と『どっかに出掛けたい』の2種類に分けられるように見えた。
「まずはデートを」と提案したのは、やはり、警護としては2人きりで外を出歩かせるのは万が一の事を考えると不安でしかないため、まずは警護を付けた状態でデートをさせて『どっか出掛けたい』という欲求だけを先に満たして、それでもなお『2人きりの旅行』にこだわるなら改めて考えようと思ったのだ。
「では、予行演習がてら、行ってみましょう。警護は付けたうえで、手錠はアレですから、手を繋いだ状態でどこまで出来るか試してみるといいです。ーー慶介くん、デートの時は警護に気を使わないように。彼らは空気ですから、そのつもりで。」
「は、はい・・・。」
「勇也、吉川と永井では慶介くんの気がそれてしまうでしょう。デートの警護は悪友たちの誰かに頼むといいですよ。その日は伯父たちに伝えておいてください。」
「わかりました。」
**
かくして、慶介と酒田はデートをすることになった。
最初は定番の映画デート。次に、ショッピングデート、ゲームセンターとカラオケデート。少し遠出して京都にお花見デートにも行き、神戸の中華街の食べ歩きにも行った。
そうして気づいた事は、どこかに出かけるなら皆で賑やかに行くほうが楽しい。と言うことだ。
映画は流石に2人でも良いが、ショッピングもカラオケも皆で行くほうが楽しい。たぶん、慶介も酒田もあまりおしゃべりな方じゃないから、沈黙が嫌なわけではないけど間が持たないのだ。
それに、瞬間的に2人だけの世界になっても補佐と警護の皆はほっといてくれるから気にならなかった。
「慶介~、明日は何する~?」
「そろそろサーフィンしてぇわ。慶介もサーフィンしようぜ。」
「オメガにマリンスポーツをすすめるなっ!慶介くんに謝れ。」
「今のは軽率でした。ごめんなさい。」
「あ、はい、いいっすよ。」
悪友3人組の中でもしっかり者の山崎がサーフィン好きの岡野を謝らせた。
こうして週末の夕飯後に悪友3人組と週末のお出かけ先を相談するのも定番になりつつある。
「でも、今週は家でゆっくりしたい感じかなぁ。・・・というか、ちょっと、出かけるの疲れてきた。みたいな?」
そう、慶介は早くも出かけることに飽きた。
来月のGWには谷口・山口とバンジージャンプを体験しに行くことが決まったし、7月にはウェディングパーティもする。
慶介的には「予定がすでにいっぱい!」という気分。
「慶介、温泉とか、どうだ?」
「温泉かぁ、いいなぁ。早朝の大浴場で貸切状態とか、景色がいいとこだったら、夕焼けが夜になるまで長風呂とかしてみたいかも。銭湯みたいに人がいっぱいの大浴場とかも面白そう。」
「銭湯はちょっと・・・」
「やっぱ、さすがに警護的に嫌か。」
「うん、すまん。」
「いい、言ってみただけだから。で、温泉行くの?」
「ウェディングパーティをしたら次のヒートは避妊薬無しのヒートだから高確率で妊娠すると思う。そしたらデートはしばらくおあずけになるだろう?だから、元々の目的だった新婚旅行になりそうな2人きりになれるところ探してたら・・・これ、吉川から安全そうな旅館を教えてもらった。」
12インチのノートパソコンで旅館のサイトを見せてもらった。
なかなかおもしろい施設だ。温泉街の通り1つ分が旅館の一部で、温泉はすべて混浴、子連れ・お一人様は不可。大浴場から2人しか入れないような小さな風呂まで種類も数も多い。
吉川家のホテルグループが関わっているみたいで、オメガに対するサポートも警備も万全。
本館と別館があって、別館は完全予約制でホテルのスイートルームのような充実の設備と温泉地らしい露天風呂付きの客室だが、良く見れば、窓には格子がついているし、露天風呂の開放感ある景色も窓越しだ。
別館そのものが巨大なヒートシェルターになっているようだ。
慶介はふと気になって、旅館の口コミレビューを検索した。
『ハネムーンにおすすめ。すべてのお風呂が混浴なので大浴場も夫婦で一緒に入れる。』
『とにかく、周りはカップルだらけでお互いに眼中に無し!周りにはばかることなくイチャイチャ出来ます!』
『本物のアルファとオメガの番が見れると聞いて行きました。自分は2組の番さんを見ました。』
などと書かれており「あぁ、数少ないバース性だけに向けて細々と経営しているわけではないのだな。」と安心したが、アルファとオメガの番を見世物にする発想は柔軟性がありすぎる吉川家らしい。と思った。
「ここの、別館の予約枠が一つ空いてるらしくて、吉川が今、押さえてくれてる。返事は今週末までにくれと言われた。」
「ふーん・・・。えッ?!なに値段、高ッ!!一泊でこれ?!・・・ああ、違った、1週間か・・・いや、それにしても高いやろ・・・」
「ホテルのスイートルームだって1週間借りればそんなもんだよ。格別高いわけじゃない。」
「え、でも・・・」
「俺は行きたい。」
「う・・・、で、でも・・・、温泉だけなら別のとこでも・・・」
「料金が信隆さん持ちだから行きたいと言ってるんじゃない。親に金借りてでも行きたい。子どもを産んだ後も夫夫だけでデートに行ったり旅行するのも出来るだろうけど、慶介は子どものことを一切忘れて遊びに出かけるなんて出来ないだろ?ーー慶介を完全に独占出来る最後の機会なんだ。温泉が嫌じゃないなら、行こう・・・!」
予想以上に熱い説得に、慶介は驚きながらも頷いた。
これにより、慶介の希望した新婚旅行は温泉に決まった。
なんと期間はヒートを含む2週間。ヒートのズレを考慮してこの日数になったらしいが、自然にヒートが来ない時はヒート誘発剤を使用すると宣言された。
そして、この旅館が、通称「子宝温泉」と呼ばれていることを知ったのは予約を確定させ、前金を払ったあとだった。
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