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結婚式編
結婚式編:宴会
しおりを挟むお色直し後は「新郎新婦の入場です。」の言葉で座敷の奥から入るのだが、そうすると、ほんの一瞬しか変わらないと予想される信隆の表情が確認出来ないので慶介の色打掛サプライズの成否が分からなくなる。
なので、父親への手紙を渡したいという理由で花嫁の控え室に信隆を呼び出すことにした。
「慶介、入るよ。」
「どうぞー。」
信隆は慶介の色打掛姿を見て言葉を失い顔を歪めた。
それをみて慶介は「サプライズなんて悪戯をしてごめんなさい。」と心中で謝った。
信隆は、怒っている訳では無い。複雑な感情を制御出来ず、表情を取り繕えないでいる様子があまりにも苦しそうだったのだ。
眉も唇も震えて、目を閉じて心を鎮めても、見てしまえばくしゃりと表情が崩れて、視線を逸しても見ていたいという気持ちから慶介の姿に釘付けになって、目を閉じるしかない。という流れを何度も繰り返し、ついには片手で顔を覆ってしまった。
「あの、父さん・・・、いつも、ありがとう。・・・ほんと、陰からって言葉通り、見えないところでたくさん助けてもらって、俺が平坦な道を歩けたのは父さんのおかげだと思ってる。本当にありがとう。」
用意していた父親への感謝の手紙は、内容があまりにも白々しいと思ったから出せなかった。そのかわり、慶介の本当の正直な気持ちを伝えた。
信隆は1度目はフゥーーと強く息を吐き出し、2度目は脱力するようならしくない弱々しいため息を吐いたあと、
「・・・ああ・・・憂うことがあるなら言いなさい。今後も、露払いは僕がしておく。」
お色直しをしたのは慶介と酒田だけではなかった。
分家のご当主たち以外は皆が黒から色彩豊かな着物に着替えていて、宴会の席はお祝いムードにふさわしい華やかさがグッと上がっていた。
会席料理が運ばれてきて、本多本家のご当主から順に一族の皆さんから自己紹介とともに祝辞をいただき、祝い酒を注がれる。
注がれたら飲み干すというルールから、慶介たちが注がれる酒は水で薄めた日本酒。むこうもそれを解ってるから容赦なく飲ませてくる。
普通なら、祝言のときのオメガはヒート明けでヘロヘロか、番になったばかりでポワポワしているものなので、オメガに注がれた酒はアルファが代わりに飲む、という慣習があるらしい。
酒豪ではない酒田は「なるべく頑張る・・・」なんて言ってたけど、アルコールは慶介のほうが強いから問題ない。むしろ、このご時世にそんな危険なルール続けてんじゃねぇ。と正直思った。
分家の当主たちの挨拶が終わると、本多分家と酒田家の親戚の皆様がやってきて祝ってくれる。こちらは言葉使いを気にする必要もないフレンドリーで気楽だ。ただ、全員の名前や関係を覚えなければならないので大変だ。
親族が引いてやっと会席料理に手をつけられると思ったら次は給仕をしていた各家々の補佐や警護たちが祝辞をくれるのだが誰もが「〇〇家の〇〇様の補佐をしております〇〇です。」と名乗ってきて、家の格上と格下、秘書と補佐と警護、で言葉遣いを変えなければならないと相手から指摘されて、家系図が組み立てられていない慶介は混乱して硬直する。
例えば、当主の秘書は敬語だけど、次期当主の秘書には丁寧語で良い。ただし、その秘書が次期当主のご兄弟の場合は敬語でなければ失礼。とか、そんなの今日聞いたばかりの慶介には瞬時に判断出来るわけがない。
よって、慶介は返事をするのにいちいち固まってしまい、返事が出来ずにいると「まま、どうぞ、一杯。」と酒をつがれて飲まずに済むはずの余計な酒まで飲まされた。
後日、聞いた話によると、家系図を把握出来ていないオメガの花嫁に酒を注ぐのは、それを庇って飲むはずのアルファに対する補佐連中からの末永く爆発しろ的な嫌がらせ、なのだそうだ。まぁ、元気でアルコールの強い慶介は全部飲んでしまったのだけど。
新郎と花嫁への挨拶の波が引いたころ、水瀬に案内されておずおずと進み出たのは田村の父だった。「結婚おめでとう。」と、酒を注いでもらう。
「いやー、本多ってのは、えらい凄い名家なんやてな。萎縮してまうわ。」
「それは、俺もしてる。」
「ほうか?堂々としてみえんで?」
「あれだよ、わからないと一周回って肝が据わるというか、そういう感じ。」
田村の父と会うのは6年ぶりで、声を聞くのは3年ぶりになる。
前に電話したのは難関大学に合格した時。節目だし、と両親への感謝のお手紙みたいな気持ちでメールしたら返信じゃなくて電話がかかってきたのだ。
その時、田村の父は景明から毎年近況報告を受けていたことを教えてくれた。だから、慶介が永井という運命の番を拒絶するために命を縮める危険な薬を飲んでいたことも知っていたし、酒田と結婚するつもりだという話も知っていた。
*
「色々、大変やったらしいな。」
「あー、うん。でも、もう解決した。」
「ああ、知ってる。本多さん、あ、お兄さんの方がな。毎年、近況報告をしに来てくれててな。写真データとかくれるから俺の携帯に慶介の写真いっぱい入ってるんやぞ。」
「そうなんや。知らんかった。」
「・・・慶介、そっちは楽しいか?」
「うん、楽しいよ。・・・父さん、俺、ここに来れて良かった。父さんとか妹たちのこと嫌いではないけど、やっぱり・・・正直、こっちにいる今の方が楽しい。だから、その、この言葉があってるのかわかんないけど・・・父さん、ありがとう。」
「ああ、お前が幸せならそれでええ。子が幸せなら親も嬉しい、そういうもんや。酒田くんと仲良うせぇよ。」
「わ、分かってるよっ。」
*
と、そんな感じで話をした。
田村の家にいた時、慶介にとって父はいつも眉頭に力が入った難しい顔というか、ちょっと怒ってるように見える顔ばかりしていて、言葉も少なく話し合いを避けて「それでええやろ、もうええか?」と言い逃げる印象がある人だった。
だから、この会話をしたときも「なんて柔らかい優しげな話し方をするんだ。こんな人だとは知らなかった。」と正直、驚いていた。
電話を切ったあと、昔の田村の父の態度は慶介を疎んでいたのではなく、嫌味な祖母に付け入る隙を見せないためにあえて冷たい態度をとっていたのかもしれない。と、過去の辛かった記憶もベール一枚隔てた他人事のような感覚になっていて「人間、満たされると嫌な記憶って忘れられるんだな。」と思ったものである。
「父さんがこっちの結婚式に来るとは思わなくて、もう1回やる結婚パーティのほうに田村の家族を招待するつもりだったんだけど・・・」
「ああ、それなぁ、遠慮しとくわ。実はなーー」
田村の家で、慶介は血縁上の父親が現れて跡継ぎを欲していたので養子に出した。という話にしていたらしい。
末の弟が高校の推薦合格を貰ったのを機に本当の話、慶介が母親の托卵だったことやオメガという性別であったことを説明した。
そして「慶介がオメガだったという話は絶対に誰にもしてはならない!」と厳しく言いつけてあったにもかかわらず、慶介の妹が「自分の兄はオリンピック柔道金メダリストの永井と知り合いらしい」とSNSで発信してしまった。「兄の慶介の話じゃなければいいんでしょう?」という考えだったようだが、もちろん警戒中だった重岡の監視チェックに引っかかり、バレて発言を消すだけにとどまらず、反省させる意も含めてアカウントごと削除する。という自体になってしまったということがあったらしい。
「弟の方は無関心やけど、妹の方はアカンわ。あいつはすぐ流行りモンに乗せられて口が軽い。余計な情報は与えん方がええ。」
「そ、そっか。じゃあ、次に会えるのは子ども出来た時かな?」
「そうかもな、それもずいぶん先のーー」
「お話中、失礼します。ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。お会いするのは2度目になりますが、改めてご挨拶させて下さい。ーーこの度、慶介と結婚させていただきました。さか・・・本多勇也です。本日は私どもの結婚式にお越しいただきありがとうございます。」
「あぁ、これは丁寧にありがとうございます。ご結婚おめでとうございます。」
酒田は注がれた酒を前に一瞬の躊躇をみせたが、一気に煽り飲み干すと平静を装った。苦しい顔を隠すのが上手いのは酒田も同じだな。と慶介は密かに思った。
「勇也くん、さっきの誓いの言葉、立派やったよ。」
「ありがとうございます。あの場では言いませんでしたが、オメガが番わないままでいるというは、本来は危険な状態です。望まぬ相手に無理やり番にされてしまったり、最悪の場合、誘拐される可能性もあり、項を噛まれていないオメガは強い行動の制限を受けます。そういったマイナスがあったとしても私達はーー」
「勇也くん。僕は、そういうのは全然心配してないよ。本多家の皆さんも『必ず守ります』と言ってくれたし、それにねーー僕は、君たちの事を信じてる。」
酒田が声をつまらせながら「ありがとうございます。必ず幸せにします。」と返事すると、田村の父は力み過ぎの酒田の肩をポンポンと叩きながら言った。
「そういうのは、2人で助け合って、ぼちぼちな。」
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