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結婚式編

結婚式編:祝言

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 黒紋付き羽織袴の礼装と黒留袖が左右に分かれ、ずらりと並ぶ光景は結婚式なのに葬式のような印象がある。
 それでもこれが結婚式だとはっきりとわかるのは、金屏風の高砂と脇に並んだ本多本家の宝物庫から出してきた絢爛たる嫁入り道具、酒田家の先祖伝来の甲冑と刀や槍が並べられているからだ。そして、この一箇所だけ華やかさのレベルが段違い。


 金屏風の前で慶介が待ち、婿殿である酒田が父親とともに白い羽織の酒田が入場してくる。
 慶介は花嫁でオメガだが、この場では「本多」の慶介が格下の「酒田」から婿を貰った形式だから酒田の方が白を纏う。
 右手側に信隆と景明、本多分家の祖父母。左手側に酒田の両親と酒田本家の当主夫婦。以降ずらりと続くのは名前も知らない本多家の一族の皆々様。

 本多本家の次期当主の開式の辞で結婚式が始まる。凛とした良く通る声で何畳あるか分からない広い部屋にマイク無しで声を届かせる。


 神社でもした夫婦固めの杯にお酒を注ぐのは永井だ。
 この祝言の席でお酒を注いだり花嫁オメガの世話をするのは花嫁オメガ自身の秘書か、新郎アルファの秘書の役割。もっとも信頼する腹心にのみ己の番を任せるのだ。

 この役割について、本多のアルファ達は何度も話し合いを重ねた。
 そもそも、永井を祝言やウェディングパーティに参加させるつもりはなかった。諦めたと言っても運命の相手が他人のものになる場面を見せつけられるのは辛いだろう、と配慮してのことだが、永井本人が「絶対に自分がする」と言って聞かなかった。

『慶介の隣は酒田に譲ったが、これ以上は誰にも譲らない。慶介の後ろは自分の場所だ。』
『酒田の秘書になることにも何の不満もない。』
『柔道を優先してしまっているが、警護になってからラット化したこともないだろう。』

 と、強く訴えた。
 信隆と酒田は「一蓮托生の慶介と永井を近くに置くのにも秘書の立場は都合が良いから、秘書にしてしまおう」と言ったが、景明と水瀬は「心構えがなってない」と最後まで認めず、秘書になる話は先送りにしてオメガの世話役だけは許可した。


 決して、感情フェロモンで祝いの席に水を差さない事、酒田を軽んじることのない事を厳命されての今日となった。
 今、慶介は永井の感情フェロモンを感じとれない。何も思っていないのか、それとも感情フェロモンすらコントロールしているのか分からないが、向こうが努力しているのだとしたらそれをいたずらに突くのは嫌がらせにほかならない。
 慶介も努めて心を無にして作法を美しく守ることに集中した。

 続いて、親子固めの杯と親族固めの杯で、揃ってお酒を飲み干す光景は、お酒を飲むだけの儀式と侮っていたが、なかなかの感慨深いものがあった。


 次は誓いの言葉で「2人仲良く助け合う事を誓います。」なんて事を言うの場面なのだろうが、慶介たちは、項を噛まない番わない結婚をした。という報告と、それに至る経緯の説明や自分たちの想いを伝えなければならない。
 慶介の誓詞奏上は紙があったが、酒田はカンペなしのそらで言うようだ。そっと触れた手が予想通り震えていて、強く握り返された手は汗ばんでいた。

 
「ーーにて、式を挙げてまいりました。どうか、私達が項を噛んでおらずとも番である事を皆々様に認めていただきたくお願い申し上げます。」


 酒田と慶介は腰を折って深く頭を下げる。

 普通なら誓いの言葉に異を唱えるなんて無粋なことはしないだろうが、事前の根回しがあってもなお、分家たちからは難色を示された。

「運命の番なら惹かれ合うものではないのか?」
「我々が認めておきながら、後からやっぱり運命のほうが良かったなんてことにならないか?」
「そもそもオメガの項をそのままにしておくというのはどうなのか?」
「悪しき前例になるのではないか?」

 慶介と永井が惹かれ合うことを懸念されてもそれぞれの決意を信じてもらうしかないし、フリーのオメガであることは警護や補佐で厳重に守るとしか言えない。それから、別に慶介たちは番わない結婚を皆に勧めているわけでもないのに、悪しき前例とは何をどう心配されているのか分からないし、そもそも「悪」の定義が不明だ。
 だが、それらにも真摯に答えるしかない。と酒田が口を開こうとしたら、本多本家のご当主様が手を挙げて注目を集める。

「運命がどうこうじゃぁないよ。大切なのは『オメガが選んだ』という事実だ。慶介は酒田のとこのアルファを選んだ。項を噛まければ番ではないというのなら、アルファ同士の夫婦を認めてきたの事はどうなんや?ーーこの子らは、巣篭もりもした。大神に誓いもした。君らも信隆君から十分に説明も受けとるやろう?・・・いまさらガタガタ抜かすな。」

 80歳を越えたご当主のお言葉は、優しげな声色から始まり、だんだん凄味が増していき、最後のガラの悪いセリフには有無を言わさぬ力があった。

「ほな、ええか。慶介と勇也は本多家の番や。皆、良うしてやってくれ。」

 こういうのを「鶴の一声」というのだろう。分家たちが揃って手をつき浅く頭を下げる礼をした。


 こうして、慶介と酒田の結婚は皆に認められた。

 このあとは一時、お開き。広間は宴会のための準備が入り、慶介と酒田はお色直しのために退出した。



 控えの間に入ったところで慶介は自分の手が震えていたことに気がついた。
 知らぬ間の傷が気づくと痛くなるのと同じで、震えに気づいたことで慶介の動揺は大きくなってみるみる血の気が引いてくる。
 すぐさま永井が反応し酒田を呼んだ。羽織を脱いでいた酒田は素早く慶介を抱き寄せ二の腕をさすった。

「・・・もう、大丈夫だよな?俺、酒田と一緒にいられるよな?皆に認めてもらえたよな?なんで反対されたんだろな?根回しはしてあるって父さん言ってたのに。・・・やっぱ、オメガは項を噛まれてなきゃ番じゃねぇのかな・・・・・・変だな、どうしよ、震えが止まんねぇわ。」
「強がらなくて良い。正直、俺だって焦った。すんなり承認されるものだと思ってたから。」

 慶介は酒田に強く抱きしめて貰っていても震えが止まらないことに困惑すら覚えた。酒田も次の手を考えあぐねていたところに、永井が意見した。

「酒田、違う。強がってるんじゃない、慶介は怯えている。今、初めて、自分が酒田ではない誰かに項を噛まれるかもしれないという可能性を自覚したんだ。」

 慶介も自分で自分の事を解っていなかったようで、永井に指摘されて「そうか、怖かっただけか。」と不安の正体が判明すれば体の震えは薄れていった。

「慶介、心配するな。今までは酒田が守ってきたがこれからは俺が守る。俺がお前の警護だ。」
「永井・・・」
「世界一の男が守るんだ。安心しかないだろ。」

 オリンピック金メダリストでもある永井は自信満々でニヒルな笑みを浮かべる。それに酒田が呆れた顔で苦言を呈す。

「世界一を証明するための不在時間が多すぎて、実質、仕事してない気がするが?」

 永井は苦々しい顔で舌打ちした。
 面白いもので、負けず嫌いな永井は以外にも舌戦に弱い。正論で真実を指摘されると叱られた悪ガキみたいに不貞腐れるのだ。
 本当のところ、言い返せない訳ではないが、自身の言葉のナイフが鋭利なのを自覚しているのでよほどじゃなければ悔し紛れの反論はしないだけではある。


「はは、はははっ、頼りになるんだか、ならないんだか良く分かんねぇな。」
「はぁ?頼もしいに決まってんだろ!」
「自分で言うなっ。お前の自信過剰は警護としては欠点だぞ。常に足りてるだろうか?と心配するくらいが丁度いいんだ。そもそも警護における成功と失敗はーー」
「あ”ー、うっせー、わーってるよ!!」


 








***

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