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結婚式編
結婚式編:名前呼び
しおりを挟む腹痛は鎮痛剤で止め、欲情は抑制剤で押さえ、抜き合いとフェラをするだけでヒートの4日間をやり過ごし、明日はついに結婚式。
慶介は布団にうつ伏せになって、酒田に教えてもらった明日のスケジュール再度確認した。
朝はあんまり早くなくて、昼前に極少人数で神社に移動し神前式の式をあげる。戻ってきたら本家と分家の当主らの前で三々九度の酒を交わし、祝言をあげて、お色直しのために一時退場。着替えたあとは披露宴。という流れだ。
(明日にはもう、酒田じゃなくなるんだよな・・・。)
慶介は紙を眺めながらぼんやりと思ったが、正しくは、酒田はすでに酒田ではない。
婚姻届は先週の週末に2人で提出しに行った。役所の受付の職員が仕事として「おめでとうございます」と笑顔で言ってくれたが、それだけでは特に何の感慨もなく提出後も家では皆が「酒田」と呼ぶので慶介もまだ酒田と呼んでいた。
酒田は片膝立てた胡座でスマホを見ながら明日言う挨拶の文章の復習をしていた。その横顔を目だけ横向けて盗み見る慶介だが、その視線にすら酒田は気づく。
「ん?どうかしたか?」
「いや、いつから名前呼びにしようかなぁって考えてた。」
「ははっ、食事会も結局ずっと酒田だったもんな。」
「1回は呼んだよ・・・。」
まぁ、1回だけだ。2回目の時には普通に酒田と呼んで話をしていた。あとから気づいて「あ、間違えた。酒田じゃなくて・・・」と言ったら向こうの両親から「酒田でいいよ」と言われてしまったので結局、それっきり。
「練習するか?」
「名前呼ぶの?ここで?やだよ、小っ恥ずかしいっ!!」
「はははははっ、別になんだっていいさ。」
ひと笑いした酒田はすぅっと背筋を正し、緩んだ顔を引き締めて視線は鋭くも優しい目、キリッとした雰囲気で言った。
「どんな言葉だろうと、慶介が俺を呼ぶ声を、俺が聞き逃すことはない。」
脳内の乙女な自分が、ぐはぁッ!と心臓を抑えて血を吐いた。「急なイケメンムーブやめろッ!惚れてまうやろ!って、俺こいつと明日結婚するんやった。惚れてもええのか、やった~。って違うっ!」と、脳内ひとりツッコミをするまでが1秒。
バフッと枕に顔面を押し付けて、噴き上がる気恥ずかしさで赤面した顔は隠せたが、胸キュンの衝動が押さえられず足をバタつかせてしまった。
フフフ、と酒田の含み笑いが聞こえて、恥ずかしさがいっそ吹っ切れて過激な行動にでてしまう。
「酒田っ、セックスするぞ!」
「はぁっ?」
「お前も、キュン死させてやるっ!」
飛び起きた慶介は酒田の胸ぐらを掴んで布団に引きずり倒した。戸惑うばかりの酒田にマウントをとれたのは良いが、帯の結び目が背中側にあったので解くためにもひっくり返そうとすると酒田が抵抗して、
「ばか、やめろっ、しないって言っただろ!?」
「うっさい!やるったらやる!」
「待てって、なんなんだ『きゅんし』って。」
「心臓止まるくらいの胸キュンだよ!説明させんな!」
酒田が本気で抵抗したら慶介など片手でコロンだ。あっという間に形勢は逆転し、布団に寝転ぶ慶介にまたがる酒田は片手だけで慶介の両手を拘束している。
眉は困り顔のくせに頬は緩んで口元は笑ってしまっている酒田を見ればさらに頭に血がのぼり、慶介は「俺だって本気出せばこんくらい解けるわッ」とムキになれば、パッと解放されて逆にギュッと抱き込まれた。
「俺にキュンとしてくれたのか?」
「・・・・・・だったらなんだよ。」
「嬉しいよ。俺もいつも慶介の可愛さに心臓止まりそうになってるから。おあいこだ。」
「ほんまかよ・・・。」
デレデレモードの酒田の声は甘いささやきボイス。腰に響くような官能的な声と言えなくもないのだが、数少ない酒田の甘えたモードでもあるので、つい母性がくすぐられてしまう。「そんなところ見たこと無いぞ。」と、怪訝な顔で眉を顰めて口を歪めてみるが、酒田は「どんな顔してても可愛い。」などと言いながらこめかみにキスしてくる。
完全に勢いをそがれた慶介は母猫になったような気分で髪をすき撫でてやると、酒田がスリスリと頬をこすりつけてくる。猫なら絶対に喉をゴロゴロと鳴らしていることだろう。
「慶介、新婚旅行、行くか。」
「え?行けるのか?」
一昔前はバース性も新婚旅行に行っていたが今はあまり行かないらしく、慶介が提案した時も警護アルファ達の反応は苦いものだった。
ただの国内旅行ならいつでもどこにでも連れてってやる。と、言われたがそれは警護や補佐を含むいわば家族旅行。慶介の想像する新婚旅行は酒田と2人きりで行く旅行だ。項を噛まれて番を持つオメガですら番のアルファにプラスして補佐か警護を1人はつけるのに、いくら警護として優秀な酒田でも番っていない慶介と2人きりで出かけるのはあまりに不安。と言われて提案は却下されていた。
「なんとかしてみる。」
「やった、愛してるぜ、勇也。」
一瞬の硬直とちょっとだけ長い瞬き、その僅かな変化を慶介も見逃さず「キュンてした?」と、おちょくると「まったく、調子のいいヤツ。」と、デコピンされた。
**
お互いにスマホを充電器に差して寝る前の準備を済ませる。
先に布団に潜り込んだ慶介は少し頭を上げた姿勢をキープして待っていた。
慶介が頭を上げているのは、いつも寝る前に酒田が腕枕をして慶介の頭を抱きしめたり髪を撫でながら匂いを嗅ぐからだ。
わざと何もせずに放置すると、まだかよ?と言わんばかりの目で、ちょっと突き出した唇と上目遣いの怒った顔は「あざとい」と言わざるを得ないが、恐らく本人にそのつもりは微塵もない。
(名前呼びは計算づくで、これは天然・・・。はぁー・・・、俺は一生、慶介の手の上で転がされるんだろうな。)
酒田は慶介が浮かせた頭の下に腕を滑り込ませ遠慮なくギュッと抱きしめて匂いを嗅ぐ。
すると、股間がムクリと反応して、IQがみるみる下がり何もかもがどうでも良くなるのは悲しい男の性である。
気を散らすため、慶介の髪を手ですきながら硬さをもったソコが落ち着くのを待ちつつ明日の事を考える。
御帳台の中は慶介の誘惑フェロモンで充満しているのでわかりにくいが肌に鼻を押し付けるように匂いを嗅げは誘惑フェロモンが薄まっているのがわかる。
だが、完全にヒートが終わった訳では無い。安全マージをとるならあと1日はシェルターに留まりたいところだが、祝言を挙げるために分家の皆様に集まってもらうには休日の土曜日にせざるをえなかったため、ヒートが完全に終わっていなくても式を決行することになった。
明日、酒田と慶介の番わない結婚は本多家の一族の承認をえて認められる。これにより、番っていなくとも2人は番だ、として慶介の項を狙う者は本多一族の力で排除される。
昔は、本家と分家なんて時代錯誤も甚だしい代物。名家の分家なんて名前だろうと自分には関係ないものだ。と思っていたが、今は、本多の名前を使って慶介の就職予定先である水瀬の司法書士事務所や出産予定の産科、かかりつけの病院に特別対応を求めて圧力をかける、といった眉をひそめるような行為を平気で受け入れ利益を享受している。
信念もない浅い正義感だったな。と過去の自分を笑う。
今の酒田は慶介を守るためなら、誰かに不利益を押し付けることも、金銭で黙らせることも、どんな事だって許せるし、いくらでも手を汚せる。
ーー越えてはならない一線を越えてでも・・・。
酒田は軽く頭を振り暗い思考を払った。もしそのような時が来たのなら、それは酒田がすることではなく周りの警護アルファがやるべきことだ。
番を持った酒田が手を下してはならない。
酒田は守るべき番のオメガを再確認すべく、強く抱きしめ、匂いを嗅ぎ、口づけ、最後に声を求めた。
「慶介、もう1回、名前で呼んでくれ。」
家族や親戚が呼ぶ「勇也」ではなく、慶介が呼ぶ「勇也」を脳に刻むため。
「しゃーねーなー。」と慶介は酒田の名前を連呼する。
ゆうや、ゆーや、ゆぅや、ゆーやー、と、少しづつイントネーションを変え、バリエーションが尽きた最後、慶介は両手で酒田の頬をつつみ目を合わせた。
「本多勇也、俺の夫。俺は明日からお前の事を勇也と呼ぶ。だから、最後に言わせてくれ。ーー酒田、愛してる。」
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