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結婚式編

結婚式編:性癖

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 夜の筋トレをして汗をかいたところで先に慶介が風呂に入って、次は酒田が入り、あがってきたら一緒に慶介たちの自室に向かうのが寝る前のルーティーンだ。
 そして、いつもなら部屋に入ったところで酒田が慶介をハグして項にキスをするのだが、今日は何もせずにベッドに腰掛け慶介をじっと見つめてきた。


 完全に、慶介が話し始めるのを待っている。


 慶介は、まだ自分の気持ちを整理できていないのに話すことを強要されているような居心地の悪さで、ドアの前で立ち止まったまま動けずにいた。
 嫌な沈黙の中、早く過ぎ去れと思考停止する脳を無理やり動かしてひねり出したのは言葉の足りない短い質問。

「酒田はさ・・・、フェチズムとかあんの?」
「フェチズム?いや、これと言って特にないと思うが。」

 酒田は穏やかな顔しているけど、たぶん、頭の中はすごいフル回転させながら慶介の言葉の真意を見抜こうとしているんだろうな。と慶介は思った。

「じゃあ、なんで俺にウェディングドレス着て欲しいって思ったん?」
「なんでって、その・・・」

 言葉を探す酒田は、あらぬ方向をみたり天を仰いだり目を閉じて唸ったり額をポリポリとかいたり、口を開いては閉じて言い淀む。
 少し、緊張がほぐれてきた慶介は、今の聞き方では自分の意図が伝わっていないと思い、言葉を付け足す。

「俺さ、昔ほど女装が嫌ってわけじゃないんだ。美容に気を使うようになって髪も伸ばしたし服も中性的なの着てるし、ウェディングドレスもコスプレだと割り切れば着れる。もし、酒田が着て欲しいって言うなら、ウェディングドレス着てもいいよ。けど・・・、けど、女の代わりにされてんのかな?って思ったら、やっぱ、それは嫌だなって・・・。」

 酒田は大きく息を吐いて、「フェチズムって、そういう意味か。」と、独り言を言った後、指をクイクイと曲げて慶介を手招きしベッドに座るように指示した。
 慶介はベッドのサイドフレームに足をかけてベッドの真ん中に座った。


 サイドフレームのあるクイーンサイズローベッドは酒田が選んだ品だ。これを選んだ時、慶介は腰掛けるには低いローベッドの良さが解らなかった。
 しかし、使っていく内に良さを実感した。ちょっと腰掛けるには柔らかいベッドよりサイドフレームの方が都合がいいし、ちょっとした小物をヘッドボード以外のどこにでも置けるのは何かと便利だった。


 ベッドの中央にあぐらをかいて座る慶介に酒田は向かい合うように座り直し、手をとって言った。

「まず謝るよ。すまなかった。『しても良い』と『したい』では意味が違うよな。慶介が女装好きじゃないの解ってるのに、俺が言うのは良くなかった。すまない。」

 酒田のこういう素直に謝るところはすごく好きだし、自分も見習いたいといつも尊敬している。
 そして、いくら金を貰っても女装なんてしたくねぇけど、酒田が言うならしてやってもいいかな。と思うくらいには惚れた弱みで、本心を無自覚に曲げたことに気付かされた。

「ウェディングドレスを着て欲しいと言ったのは、単純に似合うかも。とか、見てみたい。っていう好奇心なだけで、その姿の慶介を皆に見せびらかしたいと思ったわけじゃないから、むしろ、ウェディングパーティには着て欲しくない。」
「そうなん?」
「まぁ、その・・・正直に言えば、俺は慶介の女装が好きだ。ただっ、決して、慶介のことを女として見ているわけじゃないし、女の体になって欲しいと思ってるわけではないっ!・・・ただ、単に、・・・女装は・・・エロい、と、思う・・・。」


 性癖を暴露する時はもっと堂々としていて欲しい。

 顔を隠しながら赤面されては、こちらまで恥ずかしくなってしまうし、その「女装が好き」という暴露に、絶対拒否というわけでもない自分はなんて返事を返せば良いんだよ!?と同じく顔を覆いたくなる恥ずかしさで顔が熱い。

 慶介には女装の良さが分からない。昔、酒田と永井がやってたドラァグクイーンはピエロの化粧みたいな感覚で面白いとは思ったが、女になることを求めてないのに女の格好をしているのがエロいとは何なのか?
 そこで、ふと「フェチズムなんだから趣味だろ。」という永井の言葉を思い出した。 

「・・・・・・わかった。付き合ってやるよ、お前の女装好きの趣味。その代わり、やるのは部屋ん中だけな。」
「え、それは、もちろん・・・。」
「そんで、どんなん着て欲しいんだ?やっぱ、定番のメイドとかセーラーか?」
「いや、あのー・・・」
「ここまできたら、言っちゃえよ。」
「・・・ぉ・・・の、した、ぃ・・・」
「え?なんて?」

 そっぽ向いて、ボソボソ喋るから全く聞こえなかった。こっちはもう吹っ切れてるのに往生際が悪いな奴だな、と酒田の耳を引っ張り顔を無理やり自分に向けさせ、「はっきり言え」と問い詰めると、


「だからッ、女物の下着をつけて欲しいんだよ!男の格好してるスーツとかの下に実はブラジャーをつけてます、みたいなギャップに興奮すんのッ!」


 これこそが本当の性癖の暴露。


 慶介は思わぬ回答に言葉を失い、脳内ではボーイズラブ漫画で見たスーツがはだけたサラリーマンの絵と女性下着のCM映像が浮かんだが、どうにも混じり合わなくて混乱する。

 えっとー、そもそも、男の格好の下に実はブラジャーを着ている、って・・・それ、部屋の中だけじゃなくないですか??

「お、おぅ・・・。」
「引くなよ。言わせたのお前だぞ。」
「だ、だって、想定よりも変態じみてて・・・」

 尻すぼみに声が小さくなる慶介。
 しかし、趣味に付き合うと言ってしまったし、リクエストは無理やり言わせてしまった。これで「やっぱ嫌です。」とは言いにくい。いや・だが・しかしッ、ブラジャーをしている自分はあまり想像したくない!

 優しい酒田のことだから、本当に嫌だと言えば諦めてくれるかも?と、酒田の期待とやる気の本気度を伺えば、

「大丈夫だ。無理強いはしない。」

 ホッと息をついて安心したら、酒田はいつもの口角をちょっと上げた顔で、慶介の胸骨に指を当てゆっくりと押し倒し覆いかぶさってきたので慶介は酒田の首に手をまわし、どちらともなく顔を寄せてキスをした。
 しかし、そのキスした唇の感触に少し違和感があったので酒田の表情を確認すると、なんとなく「悪い顔」をしている感じがして、さっきの言葉の真意を確認しなければならない気がした。


「・・・ランジェリーは、着なくて良いんだよな?」
「ああ、慶介が嫌がるなら無理強いはしない。」

 服の下に滑り込んできた酒田の手が慶介の肌を撫でると、このあとの行為に期待して感覚が敏感になっていく。胸の突りをツンと擦られて鼻から息を漏らし「ココもすっかり性感帯に変えられてしまったな。」と思いながら、続きを催促するように胸を突き出したら酒田からフフッと小さく笑う声が聞こえた。

「でも、お願いと説得は続けるつもりだ。」

 そう言って微笑む酒田。
 慶介は思わず両手で顔を覆った。

 その笑みは、まるで微笑ましい子犬・子猫動画を見守るような優しさ。この優しい顔に「NO」を突き通し続けられるだろうか?いや、どうせ最初は抵抗感のないものから始めて、「これなら、まぁ良いよ。」とか言いつつ、少しづつエスカレートして、最終的には「たまには酒田を喜ばせたい。」とかで自分から進んでやるようになってしまう気がするっ!と、酒田に籠絡される未来の自分を容易に想像出来てしまった。


「と、とりあえず、結婚関係が終わってからでお願いします。」
「了解した。」










***

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