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結婚式編
結婚式編:巣篭もり
しおりを挟む食事会が終わると、水瀬の運転で慶介と酒田、景明は本多本家へ向かった。
本多本家に着いたのはちょうど日を跨いだ時刻。田舎の山間の道には電灯といったものもなく、あたりは真っ暗。
あまりに何も見えないので景明が懐中電灯を持って駐車場の位置を探して誘導したくらいだ。
酒田の手を借りながら車から降りるとビュウと冷たい風が車の中にまで吹き込み暖かい空気が奪われて身を縮みこませた。
初めて来た時は正面玄関だったが今回は裏口的な場所だ。駐車場の管理は十分とは言い難い。一応、砂利がひかれているが雑草が生い茂り足元がおぼつかない。車のドアを閉めてしまえば、唯一の明かりだった室内灯と足元ライトがなくなり、手元も怪しい暗闇に飲まれる。
暗闇は本能的恐怖を煽る。尖った神経がゴウッと吹く風や揺さぶられた木々の音を敏感に拾い上げ、恐ろしくなった。確かな寄り辺を探そうとしたが、慶介の手は車を降りるエスコートをしてくれた酒田の手の中にあり、この手が無くなったら、と思うと怖くなってキュッと握ると酒田の温かい手が力強く握り返してくれた。
裏門をくぐり、勝手口から土間の台所に入ると風が遮られ寒さも和らぎ、たった1個しかない電球の黄色い灯りに安堵する。
「せっかくの酒田の着物姿、全然堪能出来なかったな。」
「俺は落ち着かないから早く脱ぎたい。」
酒田は本多本家の屋敷に入るためだけに、食事会のあと焦げ茶色の着物と羽織の和装に着替えた。それもさっさとトンビコートを着てしまったので全然見れていないし、屋敷に入ってしまえばヒートに入るための準備として風呂に入っるらしいので酒田の着物姿をじっくり見る時間はまったくない。着替える必要がどこにあったのか良くわからない。
しかし、このあとの風呂も憂鬱だ。
風呂くらい一人で出来るというのに介助なのか監視なのかわからないがお付きの人がいるらしいのだ。まぁ、風呂だけではないく、ヒート中もシェルターではなく普通の和室で襖一枚隔てた向こうにはご用聞きに人が常にいるような状態。
一族総出で番になる巣篭もり中の2人を全力サポートという体制らしいが、声は聞かれるし、フェロモンは漏れるし、トイレも風呂も遠いと聞いている。
控えめに言って最悪だ。
廊下に出れば慶介は、酒田と警護アルファたちから分断され、案内された風呂は檜風呂にカラータイルの壁とスノコの床という小さな温泉宿といえば情緒あるように聞こえるかも知れないが、実態としては寒々しい風呂場。マンションの快適なユニットバスに慣れ親しんだ身にはやや耐えがたい。
カゴに用意されているパジャマ代わりだと思われる服は、白い浴衣。防寒具は半纏のみ。案内役のオメガのおばちゃんは薄手のダウンベストにフリース生地の上着まで着ているくらい寒いのに、何故、自分だけこんな寒い格好をしなければならないのか?と嫌になる。
(ところで、このおばちゃんはいつまでいるんだろ?もう、出て行って欲しいんだけど、この人が監視役なんかな?出て行かないのならせめて後ろ向いていて欲しい・・・。)
慶介は軽く泣きそうな心地で、無言で視線の攻防を仕掛けてみたが反応はない。諦めてケープを脱いだところで「あとは私が引き継ぎます。」と、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「・・・・・・水瀬のおじさま・・・?」
「はい、私ですよ。」
なぜここにいるのか?と問えば、バース性はオメガとアルファを厳密に区別するが、オメガの中で男型か女型かは頓着しない。しかし、慶介はそういう考えにはまだ染まっていないから本多家で女性オメガの介助を受けることになれば強い抵抗感を覚えるだろう。との予測から、男オメガの付き人として水瀬の伯父さまに依頼が行ったそうだ。
監視役のおばさんがいなくなると、身内贔屓でならわしも無視出来るところは無視した。腹の中の洗浄も風呂場に道具が用意されていたがトイレですませて、風呂の中まで監視代わりの介助をすべきところも当然やらなかったし、せっかく温めた体が冷えないようにと水瀬のおじさまが用意していたダウンのロングコートを羽織って寝所まで行った。
寝所の前に監視役らしいアルファの男がいて、慶介が羽織っていたダウンを睨まれた。しぶしぶ、水瀬の伯父さまにダウンを返して寝所の中に進む。
中は20畳くらいの板間の部屋に一抱えありそうな大きな火鉢が4つもあり、部屋の中が温められていたが、外や廊下よりマシという程度で暖房能力はあまり期待出来なさそう。初めて見る大きな火鉢にも驚いたが、それよりも驚いたのは天蓋付きベッドならぬ御帳台だ。部屋の中に白い布で囲われた小さな部屋が作られていて「平安時代かよ・・・」と思わず感想が口からこぼれた。
「半纏をこちらに。番はまもなく来るゆえ、帳の中で座して待て。」
唯一の防寒着の半纏を取り上げられてしまったので、急ぎ御帳台の中に入った。
行燈タイプの電気照明があったので中は真っ暗というわけではなかったが暗いし、相変わらず寒い。
(寒いから布団の中に入って待ってたらアカンかな?でも、初夜みたいなもんやし、先に寝たりしたら興醒めかぁ。座して待てって言われたし、まぁ、正座で待っといてやるかぁ!)
**
まさか、風呂上がりに火鉢の使い方を説明されるとは思わなかった。と酒田は木製の手あぶり火鉢を運びながら心の内でつぶやいた。
暖房器具が湯たんぽと火鉢しかないと聞かされ、マジかよ・・・と呆れながらも真剣になって注意事項や使い方を覚えた。
寝所の御帳台に驚きはしたが、すでに慶介が中で待っていると言われたので、もろもろの観察は後回しにした。
「すまない、待たせた。」
「うん・・・。」
火鉢を中に運び込みながら慶介に目をやれば、その姿に唖然とした。
この寒い部屋の中、浴衣一枚で布団の横で正座しているのである。炭の準備なんか後回しにして体に触れば当たり前のように体は冷え切っている。自分が着ていた半纏を慶介に着せて擦る。
「なんで、こんな薄手で・・・。せめて布団に入って待ってたら良かったのに。」
「・・・すぐ来るから待ってろ、って、言われたから。」
慶介は基本的に言われたことしか出来ないような馬鹿な人間ではないのだが、ことバース社会の事柄に関してだけは言われたことを愚直に守る。
それは酒田たち警護アルファがベータ育ちの慶介に想定範囲外のことをされないよう、無知につけ込んで従順さを強要したため、バース社会に関係することには思考を放棄するようになったからだ。
急ぎ、布団に押し込み、足の先まで絡めて慶介の体を温めながら、酒田は悪意を感じる仕打ちに苛ついた。
「ごめんな・・・。」
「なにが?」
「だって今日って、初夜みたいなもんなんだろ?こんな冷たい体じゃ抱く気も削がれるよな。」
「は?!何言ってーー」
「ご入用かと思いお持ちしました。」
帳の向こうから人の声がして、2人してビクッと飛び上がらんほどに驚き、とっさに返事が出来なかった。
人の気配が去ったのを感じてそっと確認すると頼んでもいないのに湯たんぽが置かれていた。確かに冷え切った慶介の体を温めるのに酒田の体温だけでは時間がかかりすぎると思っていたところだ。「ありがたい」と、早速、足元に湯たんぽを置くと「はぁ~、あったけ~」と慶介も喜ぶ。
その時、何か線が繋がったような感覚がして「悪意」の正体に見当がついた。
「わざと、だ。」
「ぅえ?」
「灯りのない道も、整備のされてない駐車場も、慶介が薄着で待たされたのも、オメガがアルファを頼りにするように仕向けてるんだ。」
「はぁ、そうなのか?」
「確証はないけど、たぶん。・・・次は、炭を持って来るだろうし、その後、この部屋全体の温度が上げられて、セックスしやすい環境にもっていくんじゃないかな。でかい火鉢のくせに炭の量が少ない気がしたんだ。」
予想通り、足が温まったなぁと思った頃に「炭をお持ちしました。」と声がかけられた。小さいフライパンのような道具に入れられた炭を差し込まれた帳の隙間から他の人がでかい火鉢に炭をセットする音が聞こえてきたので、酒田は先手を打つことにした。
「今日はもう何もせずに寝ますので、そちらもお休みください。」
「・・・・・・わかりました。」
やや、間を置いた返事を聞いて、これで煩わしさから解放される。と張っていた肩がスッと落ちた。
火鉢に覚えたばかりの炭の配置をして、布団に戻ると慶介の足先はまだ冷たいが体の方は温かさが戻ってきた気がした。
「もう寝るのか?」
「ああ。もう2時前だし、普通に眠い。」
「まぁ・・・酒も飲んだもんな・・・。」
ここで気落ちしている慶介に気づかない酒田ではない。
寒いのに布団にも入らず正座で待っていたくらい慶介は初夜のことを気にかけていた。
その気持ちはとても嬉しいが、寒さに震えながら健気に待つ番のオメガを「愛おしい」と思えるような趣味が補佐根性の染み付いた酒田にはない。
根っからの補佐気質の酒田は、オメガには常に安全安心快適を提供したいと思うので本多家の差し出がましいお膳立ての関与をこれ以上許すことは出来ない。
慶介が気にかけているからと言ってここで初夜になだれこめばそれこそむこうの思う壺。
「今日じゃなくても『初めての夜』は来る。明日、ヒートが始まったら遠慮なく堪能させてもらうから、今日はもう寝よう。・・・な?」
酒田は慶介の額、まぶた、頬骨にキスをして、唇が触れ合うほどに近い距離でそう言った。頬に添えていた手にカッと熱を感じて慶介が照れたことを温度で察する。
こういう時、つい照れ隠しの言葉を言ってしまう慶介の口を封じるため、唇を食む甘いキスで慶介の初夜への意気込みを邪魔して「でも・だって」を言う抵抗の意が蕩けてきたら口を解放し、トドメに額に優しくキスをすると慶介はクッタリと酒田の肩に額を乗せてつぶやいた。
「酒田・・・好き・・・。」
「ああ、俺も好きだよ。ーーおやすみ。」
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