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結婚式編
結婚式編:フェチズム
しおりを挟むその日の夜、酒田のプレゼンでガーデンウェディングにOKが出て、信隆も本家と交渉して祝言の結婚式に両家の親族が出られるように許可を貰っていた。
「慶介、酒田に言えないことがあるなら聞いてやるから、その微妙な悲しい感じの匂い出すのやめてくれ。」
慶介の風呂上がりを待ち構えていた永井はいかにも面倒くさそうに言った。
「・・・解ってても、ほっといて欲しい時ってあると思うんですけどー、そういうのは察して貰えないんすかねぇ?」
「俺だってそんくらい分かってる。酒田に頼まれたんだよ。慶介の様子がちょっとおかしいから聞いてくれ。って。」
むぅ。相変わらず、慶介の作り笑顔は酒田に見抜かれてしまうし、永井には匂いで筒抜けだし、プライバシーがないのちょっとツラい。
「そんで?酒田が何かしたのか?」
「別に何もされてない・・・。」
「じゃあ、何か言われたか?」
「・・・別に。」
「そうか。何言われたんだ?」
酒田に本心を言い当てられると自分を理解してくれているようで嬉しいのに、永井に言い当てられると「人の心にズケズケと入り込むな!」と腹が立つのは何故だろう?不思議だ。
まあ、言い当てられたからって答えるかは別の話だ。とばかりに慶介は永井の事を無視して風呂上がりのお茶を飲んだりしていたが、永井が両手で壁ドンをしてきて「俺を警護から逸脱させてくれるな」と凄んできたので大人しく答えた。
「・・・酒田がさ、ウェディングドレス着て欲しいって、言ってただろ?」
「おぅ、それが?」
「酒田って、本当は女の方が好きなんかな?」
「は?」
「だからぁ、俺の女装を見たがるのは、本当は女がいいのを我慢してたりすんのかな、って思ったんだよ。」
慶介は女装が嫌いだ。
昔は第2性のオメガを受け入れられず男なのに女扱いされていることに強い違和感を感じていた。今は男なんだけどオメガという女と同じ役割をする性を受け入れられているつもりだ。それでも、女装をすると女の振る舞いを作ることになり、つられて表情まで作りはじめて、次第に周りが求めることを重視してしまって、自分の本心が解らなくなるのが嫌なのだ。
ところが、永井の反応はやや呆れた感じで、
「あれか?フェチズムの話か?」
「フェチズム?」
永井は言った。バース性にとっての性別とは第2性のアルファ・オメガのことであり、第1性は「髪が長い」「眼鏡を掛けている」のような外見の特徴としてしか見ていないのだ、という。だから、「女が好き・男が好き」というのは、外見の好みを語るようなもので、あくまで本人の好みの話なのだ、と。
「アルファとオメガの比率は3対1だろ?オメガの中でも女型と男型は3対1だ。だから単純にオメガといえば数が多いの女型を想像する。俺もその先入観から『いつかオメガの女の子と番になりたい』とは言ってたけど、女型じゃなきゃダメとか、女型の方が良いと思ってたわけじゃない。」
「じゃあ、酒田は女型フェチかも知れないってことか。」
「そんなふうには見えねぇけど。例えそうだとしても・・・えっと、なんだ、その、オメガであること以上に重要なことはない・・・って、これはなんか孕める子宮にしか価値がないみたいな言い方だな。違うな、あのー・・・、もうさぁ、酒田に直接聞けよ。女型フェチなら、その趣味に付き合うか付き合わないかは慶介の自由だ。」
「趣味って・・・」
「フェチズムなんだから趣味だろ。男か女かなんて関係ねえんだよッ。こんなに良い匂いさせて、自分を好いてくれてるオメガいて、何の不満があるんだ。酒田の女装趣味が嫌なら別れちまえ、項ならいつでも噛んでやるよッ。」
永井はガリガリと乱暴に自身の髪をかき、怒気を含んだため息を吐き捨てて「チッ、はー、やってらんねぇ」と勢いよく立ち上がった。
慶介は濃い怒りと悲しみが混ざった永井のフェロモンを感じて、申し訳なさでしょぼんと俯いた。
たぶん、こうやってしょぼくれると慶介から悲しみのフェロモンが出て、永井はそれを嗅ぎ取ってまた苛立ち、慶介はその苛立ちを嗅ぎ取ってより落ち込む。負のスパイラルだ。「つくづくフェロモンというやつは厄介な存在だな。」と胸中でため息をついて、慶介は顔と声を取り繕うことにした。フェロモンで本心がバレていても作るべきは笑顔。歯を見せるくらいの笑みと弾むような声、気安い関係を感じる軽い言葉遣いを選び、極めつけに、立ち上がった永井の手にそっと触れながら、一言。
「永井っ。ありがとな。」
「・・・ああ、どーいたしまして。」
慶介の思惑どおり、永井の怒りのフェロモンが薄まっていく。
感情のフェロモンはコントロール出来ないが、表情や声は作れる。そして、演技だとしても、永井を慰めたいと思った気持ちは嘘ではない。むしろ、本能的な感情が=本心というものではないと思う。
人は本能や直感、瞬間的な感情のうえに学んだ知識による判断で怒りを押さえて冷静に返答したり、好まない相手ともビジネスでは仲良くしたりもする。本心と建前、忖度といった複雑な感情で動く生き物だと思う。
もし、感情が全てダダ漏れでフェロモンをぶつけ合うような世界になったら、どうなってしまうかと想像するだけで恐ろしい。
まだ少し、悲しみの匂いを漂わせた永井は慶介の頭をちょこっとだけ撫でると酒田と入れ違いで風呂に行った。
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