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続編・後日談

SS:最終話の続き

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 酒田の家令の爺やが「それでは、お先に。おやすみなさい。」と挨拶してきたらそれは9時ということ。
 そこから水瀬の伯父夫夫から順に皆が風呂に入ると最後の重岡が入る頃には深夜前になる。


 今日くらいサボればいいのに。と思うが、酒田はいつも通り夜の筋トレをして汗だくになって風呂に向かう。受験前は慶介も一緒にやっていたので先に風呂に入るのは慶介だったが、アイスを食べていただけの慶介は「お先にどうぞ」と送り出した。


 永井が辛気臭い顔をさせながら、リビングに入ってきた。そしておもむろに慶介の前にひざまずき手を差し出す。「匂いを嗅がせてくれ」というポーズだ。右手を出してやった。

 匂いを嗅いでいた永井のポケットから通知音が鳴り、永井は不機嫌の匂いを出した。
 舌打ちとため息を吐いてから、スマホをみてフリック入力で素早く返信した。

「なんかあったのか?」
「いや、母さんからの熱い期待が込められたお祝いメールだ。」

 と、言って、チラリと見せられた画面には文字サイズ:極小に設定された文字がズラーッと隙間なく全面に並ぶ。

「俺の母さんは、アルファ至上主義の考えに染まったままの古い人だから。」
「期待されすぎて困っちゃう的な?」
「いや、祝いにかこつけて、お前を噛んでしまえと言ってくるのが面倒くさいだけだ。」
「それは、困るな。」


 酒田が「風呂上がりました」と言いながらリビングに戻ってきた。さて、次は自分が入るかな?と立ち上がろうとしたら、永井に腕を掴まれ、こそっと耳打ちされた。

「中、洗わなくていいのか?」

 カッと顔が赤くなり、体をのけぞらせる。別の車に乗ってたはずの永井が何故、酒田にしたお誘いの囁きを知っているのだ?!と、混乱していると「顔に出なくても、俺は匂いで解るんだぞ」と言われ、ニヤニヤ顔で髪をグシャと撫でられたので振り払う。
 「じゃ、俺お先に~」と振った永井の手には慶介が食べ終わったアイスの棒があって、いつのまに?!と驚く。抜き取られていたアイスの棒は代わりにゴミ箱に捨ててくれるんだろう。補佐のみんなはこういう細かい事まで世話してくるので、自分のことは自分でする。と学んだ慶介はダメ人間になってしまいそうで怖い。


 永井が風呂に入っている間はイチャイチャのチャンス。
 貴重なチャンスなのだが、残念ながら、昨日までは「落ちてたらどうしよう」と不安がる酒田を優しく励ましてやる時間になっていた。

 慶介は試験が終わった瞬間から「もう、どうにでもな~れ♪」と吹っ切れていたが、酒田は真逆でそれはそれはもう「この世の終わりだ」みたいな顔して胃のあたりをさすって、気を紛らわすために筋トレして、終わったらまた机で突っ伏して「絶対ムリだ」とつぶやき水瀬に辛気臭いと頭をシバかれ、廊下をウロウロ、リビングをウロウロ、自室でも眠れないと言ってウロウロしていたらしく、合格発表前日は緊張で気持ち悪くなって最終的には吐いていたくらいだ。

「受かって良かったな。」
「ああ、まだ実感なくて喜べないけど、とりあえず、もう心配しなくて良いと思うとホッとする。」

 なんでも受け止めます!みないな頼りがいがあるやつだと思っていたのに、こんなところで弱さを見せられて、弱った男は可愛いと思ってしまう慶介は「同居してて良かった」と地味に思いながら、左手をニギニギして、お揃いの指輪をクルクルと回しイジる。
 普段はネックレスにしている酒田の指輪は、風呂上がりから朝食まで本来の位置である左手の薬指に戻ってくる。酒田は慶介が「薬指の指輪」に思い入れを持っていることを理解してくれているようで、嬉しくなる。

「なぁ、酒田。やっぱ、セックスしようぜ。」
「・・・挿れるのか?」
「うん、ちゃんと準備するから。」
「わかった。ここで待ってる。」


 慶介と酒田たちの部屋はリビングを中心に左右で分かれている。左がアルファ達で右がオメガ達。
 右の部屋は慶介と水瀬の伯父夫夫の部屋しかなく、基本的にアルファは右側に入ることは出来ないので、酒田が慶介の部屋に入るためには慶介に付き添う形でなければならないのだ。


 了承されたので気分を盛り上げようと、慶介は酒田の膝にまたがり顔中にチュチュとキスを降らせる。でも、肝心の口だけは避けて酒田を翻弄する。
 一度体を離して、目を合わせると口にキスが欲しかったらしい酒田が不満げな顔をしたので、ニヤリと笑みを返す。
 半開きの口が近づいてきたので、フイッと避けて眉間にキスをしたら、酒田の風呂上がりの温い手が慶介の項をガシッと掴み、ついに唇と唇が合わさってしまった。
 はみはみと慶介の唇を食べる酒田の唇は風呂上がりのお陰でプルプルだ。自分よりも高い体温のぬるつく唇を慶介も食み、キスを楽しんだ。


 物音がして、ハッとそちらを見たら景明で、コッチのことなど見えていないかのように素通りして行った。
 驚いたのは永井かと思ったからだ。それに、永井が風呂に入っている間にトイレでセックスのための準備、洗浄をしておこうと思っていた事を思い出して「準備してくる」と酒田に最後のキスをして離れた。


 トイレを出たらちょうど永井とはち合わせしたので、さっさと風呂にも入った。

 気持ちは逸るが、汚いのは絶対に嫌なのでキチンとしておきたい。念入りに洗って、前戯は多めにしたいのでローションを仕込むのは止めておこう。と、鼻歌まじりでリビングに戻ると、・・・酒田はソファで寝落ちしていた。


 背もたれに頭を預けて口をポカンと開けて「かー」と寝息が聞こえてきそうだ。
 筋トレスペースで風呂上がりの念入りなストレッチをする永井が、慶介の落胆の匂いを嗅ぎ取って、

「まぁ、寝不足だったんだろ。」

 と、慰めの一言。
 確かに、心配と不安で眠れないと言っていたし、寝顔にも疲れが見えて顔色が良いわけではない。

 でも、ちょっと、諦めきれない慶介は最近サボりがちだった風呂上がりのスキンケアのボディクリームを塗って時間を稼いでみたが、酒田が起きる気配はない。
 「俺、もう寝るわ。おやすみ。」と永井が去って行った静かなリビングでも、ちょっとだけ待とう。とか思ってスマホでゲームの暇つぶしをするけど、やっぱり起きる様子はない。

(今日はもう、諦めるか。)

 二の腕をさすり、声をかけて起こす。

「酒田、寝るなら布団で寝ろ。」
「んぁ?!・・・あ、あぁ、寝てた。・・・はぁ、ごめん、慶介。えっと・・・どう、する?」

 寝惚け眼なんだけど、キリッとしなくちゃと顔をつくる酒田。
 でも、まばたきの度に瞼を持ち上げるのに苦労している。
 こめかみから指を髪に滑り込ませて撫でてやると、首がカクンと落ちてハッと目を覚ます。謝ろうをする唇を親指で撫でて黙らせて、頬を撫で回していると、酒田が何故か泣きそうな顔になった。

「どうした?」
「いい匂いがする。石鹸と、慶介の匂いが混ざって、すごく、いい匂いなのに・・・」
「眠いんだな?」

 コクンとうつむく酒田の手を取って立ち上がらせる。「今日はもう寝ろ」と、手をつなぎ部屋へ送った。


 奥の永井の部屋にチラリと目を向けて、姿がないことを確認したら口元におやすみのキスをした。ぼーっと突っ立ったままの酒田に扉を開けてやって、部屋に入るように促すと、手を取られた。
 酒田は慶介の手に頬を擦り寄せ、しばし堪能した後、手のひらにキスをした。

「気が済んだか?」

 慶介がやや呆れ気味に問う。
 眠そうに閉じていた酒田の目がすぅっと開き、鋭い視線が突き刺さる。ちょっと怖気づく。その直感は正しく、酒田は強すぎる握力で慶介の手首を握り、部屋へ引き込んだ。


 ぼすっと布団に投げ出されて、そこに酒田が被さって慶介の首筋の匂いを嗅ぎ、パジャマ用のだぼTをめくりあげられ、腹と胸に頬ずりされた。

「ちょ、何・・・、ぁ、ん、・・・んぅ、あ・・・」

 無言でやや乱暴な手つきが怖かったけど、酒田は慶介の素肌に頬ずりして手で体を撫で回し、肺いっぱいに匂いを吸い込んだら最後に深い深呼吸をして荒々しい動きが脱力して止まった。

「慶介の生肌なまはだ、気持ちぃ。」
「おい、1人で楽しんで、ずりぃぞ。」

 慶介は酒田にも脱げと、服を引っ張った。酒田はのっそりと起きあがり、黒のスポーツインナーと半袖のTシャツを一緒に男らしく脱いだ。
 その瞬間、むちっとした筋肉が寄って、カッコいいと目が吸い寄せられた。
 慶介はこの半年でちょっと太ってしまったので腹回りとかに脂肪がついてしまった。自分と違って、ランニングや筋トレもサボらなかった酒田は出会った頃と変わらない、いや、より増えた肉体美を維持している。
 見惚れていたら酒田に服を脱がされて、2人の服がベッド脇にポイッと放り出された。

 お互いの肌を堪能するため、抱き寄せ、頬ずりし、手のひら全体で体を撫で回し、感嘆の吐息を漏らす。

「あー・・・好きだ、慶介・・・好き・・・」

 酒田はたえず「好き」「愛してる」「慶介」と、それ以外の言葉を忘れたかのように何度も繰り返し、ジワリと汗ばむ肌を密着させあった。

 どちらも相手の胸に顔を埋めたいので生肌なまはだを堪能しながらも密かにポジショニング争いをした。
 勝者は酒田。
 負けを認めた慶介が脱力すると、酒田も脱力して、ズシッと体重を感じた。それも悪い意味じゃなく心地よい重み。しっとりとした肌が合わさって、石鹸とフェロモンが混ざった何とも言えないいい匂いがして、トロンと瞼が落ちる。自然とあくびが出た。

(セックス出来るかと思ったけど、今日はもういいや。寝よう。)

 跳ね除けてしまった布団を足で手繰り寄せ、もう寝かけている酒田が息苦しくない程度に被り、額の生え際にキスしてから目を閉じた。













***

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