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冷戦
しおりを挟む夢を見た。
死神が永井の側に立ち、永井が渡された縄を首にかけた。縄は長く地面に垂れ、余った縄がとぐろを巻いた蛇のように山をつくっている。
でも、それがいつ引き上げられるかはわからない。死神の気まぐれか、永井が落ちるときか、首にかけられた縄はいつか必ず永井の息の根を止める。
慶介にかけられていた縄は酒田によって切られていた。お互いに死ぬしか無かった未来が、片方だけが死ぬ未来になってしまった。
死神が見せた光景を慶介は忘れられなかった。
眠れぬ夜は酒田を呼んで抱きしめてもらった。日中は学校で永井に会っているはずなのに、夜になると腹が痛み、呼びつけた酒田に「腹が痛い。気持ちよくして。痛いの忘れさせて」と性欲に溺れさせてくれと願った。
そして、ついに、抑制剤も性的刺激も全く効かない程の腹痛に慶介は襲われた。
救急車を呼ぼうとする水瀬を酒田が止め、慶介に命を縮めるあの薬を飲ませた。僅か数分で治まった腹痛に、皆が痛切な表情になった。
酒田と2人、慶介の自室で沈黙の時間を過ごす。
いつか、ここで景明に心の内を曝け出してしまった時の事を思い出した。
あれから、慶介はカバンに八万ロックのネックガードを潜ませるようになった。酒田に鍵を預けた時から、慶介は酒田がすでに好きだったのだと気づいたから。あの鍵は酒田に向けたラブレターだった。いつか言葉で伝える日には、八万ロックのネックガードを付けて告白しようと思った。だから、腹痛の問題が解決したら、答えが出たら、いつか想いを告げる日が来るまで酒田への想いは潜めたままにしようと、カバンを背負う度に思っていた。
あの事件の時、永井を拒否するためにネックガードをつけた事を自分では覚えていない。完全に無意識だった。昏睡状態から回復した時、自分で自分に「ナイス、グッジョブ!」と思っただけだった。
部屋から出て、酒田が差し出した鍵を見た時、信じられないくらいとても嬉しかった。必要もないのに常に持ち続けてくれていたという事が、預けた好意が伝わっていた事の証明のようで、言葉の告白より何倍も嬉しかった。
今や、想いを伝えあって、自分たちを阻む問題もなくなった。医師からのお墨付きも貰ったのに、慶介の体は見ないふりを許してくれない。
慶介は胸の内に蓋していた不安をぶちまけた。
永井を死に追い込んでいる罪に耐えられない。薬を選ばせた自分が許せない。自分のワガママで永井が死ぬ。それだけではない永井の家族も不幸にする、遺族から恨まれる未来が恐ろしい。それらを背負って生きる事が自分には出来ない。やっぱり永井と番うべきだと思ってしまう自分が嫌でたまらない。酒田が好きなのに、酒田が本当に好きなのか分からなくなりそうで怖い。
「酒田ッ、俺、酒田のことが好き。本当に、酒田が好きなんだ。でも、俺ーーきっと、罪の重さに耐えられなくなる。いつか、酒田のことを責めるようなことを言ってしまう日が来る。だから、今日のこと、覚えてて。酒田、愛してる。本当に本当に、心のそこから、酒田だけを愛してるっ!」
「慶介、俺もだ。慶介を愛してる。」
一部の隙間もないくらいに強く抱きしめあった。
このまま、1つの生物になれたらいいのに。いっそ、酒田に染め上げられて、酒田に取り込まれるくらいに、酒田のことしか考えられなくなりたい。
「慶介、永井と番え。」
「え・・・?」
「永井のことで頭を悩ませないでくれ。永井のことで心を傷めないでくれ。心の底から愛してると言うなら、俺だけを想ってくれ。」
「だったら、なんで、そんなこと言うんだよ・・・」
「辛さを飲み込んで作った笑顔なんか見たくないからだ。俺は、慶介のフェロモンを感じられなくてもいい、体の関係が持てなくなってもいい。その代わり、ずっと一緒だ。慶介が永井と番になってもずっと一緒にいる。片時も離れず側にいる。約束する。ずっと、ずっと、一緒だ。それなら、慶介は笑っていられるだろ?・・・慶介には笑っていて欲しい。だから、項はいらない。・・・俺は、慶介の心が欲しい。」
ーー体は永井に、心は酒田に・・・?
とっさに思った。「そんなのいやだ!」って。
反論しようとする慶介の口を酒田が口づけで塞いだ。
身を捩り逃げる慶介の口を、酒田は何度も何度も追いかけ、塞いだ。骨がきしみそうなほどに強く掴んだ手が慶介の動きを封じ、最後はベッドに押し倒し、慶介の口を手で塞いで言った。
「けいすけ、ながいと番うんだ。」
慶介の胸に頭を押し付け動きを封じる酒田から聞こえた声は震えていて、涙の落ちる音が聞こえた気がした。
ただいま、慶介と酒田は冷戦中だ。
永井と番えと言う酒田に絶対に嫌だと訴える慶介。腹痛も命を縮める薬を飲めば治まるのだが、それがまた酒田にとっては嫌なことらしく、薬を欲しがる慶介と薬の管理をしている酒田は、毎朝、喧嘩になった。
これには、私情を挟みすぎ、と景明が仲裁に入り、薬の管理が景明に戻され、腹痛が出た時だけだったのが毎日飲むことになった。
「クソッ、お前が死ぬ覚悟なんか決めるからッ!!」
「ははは、先に死ぬ覚悟したのは慶介だろ。俺と番っちゃおうぜ。」
「ヤダッ!だぁーーーッ!もぉーーー、どうすりゃ良いんだよッ!?」
「まあ、ホント、ぶっちゃけ、慶介が番ってくれれば、全てが万事解決すんだけどなぁ。」
「・・・なんだよ?」
「いやー、俺さ、痛み止めの薬飲みすぎて、今、胃に穴あきそうなんだよ。このままじゃ、春の柔道大会に出られなくなりそうでよー。」
なんだ、柔道の話か。と思った。
コッチは人生の話をしてんのに。と。
「はぁー、柔道がそんなに大事かよ。」
「ああ、柔道は俺の人生だ。慶介が酒田と上手くいくと確信が持てたら、俺はお前らの前から消えるつもりだった。夏のインターハイで優勝して最後の栄光を掴んで、俺の人生はそこで終わりのつもりでいた。」
慶介は自分の浅い考えと苛立ちをぶつけた事を反省した。そして、永井の死の覚悟が想像以上に近い未来だったことに動揺した。
「ただ、その栄光も、胃に穴あくなら掴めなくなるかも?って言われて。ちょっと、覚悟が揺らいでる。しかもお前らは何か喧嘩中だし、今なら横恋慕も成功するかもなんて思っちまうしさ~。・・・ホント、マジ、早く仲直りしてくれ。」
「・・・ごめん。」
永井の覚悟を聞いて、慶介と酒田は冷静になって話し合うことにした。
お互いの意見は相変わらずの平行線だ。それに、永井と番って酒田が警護としてずっと側にいる『プラトニックな愛人案』こそが一番平和的だ。と警護の皆が言う。
慶介は、番ってしまったら匂いでも駄目だと思っていたが、拒絶反応はオメガの気持ち次第で、挿入をしないバニラセックスならできるようになるらしく、ちょうどヒート入院でした程度のことなら出来るそうだ。
もし、酒田が『ヒートのお相手』に失敗しても、永井と番ったとしてもアレくらいの事が出来るぞ。と解らせるため、慶介たちを絶望させないための「ヤッたら殺す」だった。とか言われて、どこまで既定路線に乗せられているのか。と腹立たしくなった。それも保護者なりの保険というか、慶介を想ってのことだと理解できなくもないので口悪く罵ることは出来なかった。
でも、正直、ぶっちゃけ、慶介は酒田が好きだから普通にセックスしたい。
「本当に、番う以外で、永井を救う方法はないんかな?」
「永井にオメガの番が出来れば、あるいは。」
と水瀬が言う。
アルファ性の気性が強いアルファはオメガ至上主義的な考えが強くなりがちで、永井の身を引く選択もオメガの慶介を思えばこその極端な選択と言える。
だから、永井に慶介以外の番が出来れば、項を噛んだ責任から番のオメガのために生きるようになるだろう。と、言うことらしい。
しかし、それは、自分の代わりに生贄を差し出すような感じで気が乗らないし、そんなオメガに当てもない。
警護たちの話し合いは、慶介が罪の意識で腹痛が起こるようになった以上、永井が今年の夏以降に自殺してしまう可能性を潰しておくべきだ。という、問題解決が中心になり、慶介の「永井を救いたい」という意図とは違う議題にズレていった。
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