【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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*酒田視点です。
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 谷口との話で出てきた番わないという案は、至極単純でありながら、酒田たちアルファにとっては盲点の結論だった。
 酒田は、慶介が永井と番わないことを僥倖のように喜べるが、オメガを番わせないままにしておくことをよく思わないアルファは多い。単純にいつ、だれに項を噛まれるか分からないという不安もあるし、項を噛まれた方がオメガのヒートは楽になるという話も多い。

 信隆などは特に嫌がるだろうとは思った。
 でも、慶介が待ったをかけた。
 しかも、酒田と番になれない事を理由に。


「・・・慶介?」
「俺っ、俺は、酒田と番になりたいっ。永井じゃなくて酒田と番になりたかったのに、これじゃあ、酒田に項噛んでもらえない。」
「け、慶介・・・。俺はもう項はいらない。欲しいのは慶介の心だ。だから、永井と番っても心がもらえるならと思ってプラトニック案を受け入れたんだ。でも、この案なら慶介が望まない永井との番をしなくて良いんだ。良案だと、俺は思うぞ?」

 分かっているはずの利点を説明してみるが、慶介の目は据わったまま、首を小さく振った。

「や、やだ・・・俺は、酒田に噛まれたい。酒田に項を噛ませたい。俺の項を酒田のものにしたい・・・!」

 慶介の豹変ぶりに谷口が驚き、言葉を失っている。
 酒田にとっては、こういったオメガの姿は知識と経験がある。マンガのセリフ的にいうなら「お願い、噛んでぇ」というやつだ。
 番と認めたアルファに対してオメガが項を噛むように発破をかける挑発行為と警護では呼んでいる。これが現れると誘惑フェロモンを放つ可能性が高まるので、警護は緊急抑制剤をスタンバイすることになっている。酒田も繰り返し行った練習の癖で家の中の緊急抑制剤の位置を目線で確認した。

「・・・俺が、噛ませてくれ。って言ったからか?」
「酒田が、噛ませて欲しいって言った。俺の番になるのは酒田だけだ。俺、項は酒田に噛ませたい。」


(慶介が、まるでオメガみたいなことを言ってる。)


 酒田は腹の底から湧き上がる欲望の熱に興奮した。
 『オメガが自らの項を差し出した!』『このオメガはもう自分のものだ!』という、独占欲のような、征服欲のような、アルファの本能が暴れた。

 アルファがオメガの項を噛みたいと思うのも、オメガが項を噛まれたいと思うのも、ベータにはない4つ目の本能的欲求だ。ベータは恋人ができたら次はセックスしてぇな、と思うだけらしいが、アルファはセックスだけでは済まない。囲い込んで、自分以外を見ないようにさせて、最終的には項を噛んで自分のものにしたい支配欲がセットでついてくる。

 酒田は慶介の挑発行為に誘引フェロモンで答え、自分のフェロモンに酔わせて事に及び、急ぎ、この場で項に噛みつきたい衝動に駆られた。
 けど、そんな事をしなくても良いという確信の余裕もある。オメガの噛まれたいという本能をゆっくり育て高めて、アルファの憧れであるオメガの巣に招かれたいという気もする。


 谷口に断って、慶介を酒田の部屋へと連れてきた。

 慶介の目は理性と本能で揺れに揺れている。噛まれたいけど、谷口がいるのに、このまま事に及ぶのはできるわけがない。という、家族がいる家に恋人を連れてきたソワソワした落ち着きの無さとでもいえばいいのだろうか。
 でも、キスくらいならできるのでは?と、さっきから、チラチラと酒田の唇を見ている目からも、慶介がキスを待っているのが見て解る。

 顔がにやけそうなくらいに、可愛い。でも、今はしない。先にやるべきことがある。

 あの番わない案を通すためには、酒田が慶介の項を噛む訳にはいかない。しかし、自分のオメガが項を差し出したのに、何もしないなど、アルファのさがが収まらない。

「慶介、慶介の項が俺のものになったらいいんだな?」
「噛んでくれんの?」

 酒田は学校のカバンからあるものを取り出した。
 慶介の目が驚きに開く。

「八万ロック?でも、あれはガラスケースに・・・」
「ああ。あのネックガードは信隆さんに取り上げられたから。これは俺が自分で買った別のやつだ。慶介がカバンに潜ませてたのを真似たんだ。なんかあったときには使えるかもって。」

 半分本当で半分嘘。永井の暴走への対策として、鍵付きネックガードをカバンに用意するのは良い案だと思ったから酒田もカバンに潜ませることにした。
 アルファがネックガードを持つというのは、手錠やスタンガンをカバンに潜ませているような変質犯罪者的印象があるので普通はしない。
 持っているのは警察や警備保障の会社で請け負う任務中の警護の人間くらいで、それも備えとして持っているのは単純な構造の鍵付きネックガードだ。酒田が買ったような八万ロックのごついネックガードは普通ではない。カバンに潜ませるために、何かあった時のために、などという理由にこんなごついネックガードを選んだのはハッキリ言って、酒田が慶介へ向ける執着の現れだ。酒田自身も自覚している。
 酒田は、そんな執着心をあらわすようにズシッと重みのある八万ロックのネックガードを慶介の首にかけて施錠した。

「なあ、慶介。このまま、この鍵を誰にも渡さずにいたら、慶介の項は誰ものだと思う?」
「どういう意味?」
「今、慶介のネックガードを管理しているのは信隆さんだ。だから、慶介は自分の項を自分で自由に出来ない。それって、ある意味、慶介の項は信隆さんのものになってるって言えなくないか?」
「そう、かも?」
「じゃあ、今は?信隆さんが管理しているネックガードの上から俺がネックガードを付けた。そして、その鍵は俺しか持っていない。」

 それは、つまり?と、目で慶介に問う。疑問符を頭に浮かべて首を傾げていた慶介が、ふと気づいた顔をした。

「これ付けたら、俺の項、酒田のものになる?」

 酒田はウットリとうなずいた。
 するりと後頭部から項にかけて撫で下ろし、ネックガードの縁をすーっとなぞる。


「キレイな、まだ誰のものでもない、俺の項。」


 番わない案を思いついてしまった今、もう永井に慶介の項を譲ることはできない。この項は酒田のものだ。しかし、酒田は項を噛むことが出来ない。
 だから、思いついたのだ。噛めないならば、誰も手に入れることができない状態にするしかない、と。酒田のみが鍵を持つネックガードをつけるという方法は、自分のものにはならないけれど、その代わり自分以外の人間がこの項に触れることも出来ないという事。これは十分に酒田の独占欲を満たすことができた。
 おそらく一般的なオメガならこの方法では納得しないだろう。母親や周りのオメガ達から項を噛まれて繋がる至上の喜びを聞いているから。噛まれてこそ番、という常識が邪魔をするし、憧れという誘惑を消すのも難しい。でも、ベータ育ちの慶介なら、この方法でも十分に納得するはずだ。


 谷口には悪いが、たっぷりの時間をかけて慶介を甘やかした。

 永井が薬を飲んでいると知ってからの慶介は頭の片隅にずっと罪を抱えていた。100%の安心感や笑顔もなかった。いまは心の底から憂うものの無い緩みきった顔をしている。
 酒田の膝上だっこで首筋に鼻先をうずめ匂いを嗅いだり、酒田が付けたネックガードを嬉しそうに撫でて、ふふふと笑っていたりする。酒田が口を突き出すと喜んでついばみ、ペロと舐めてみたり慶介が酒田の唇を堪能する。
 その姿が可愛くて、酒田はたまらず慶介の胸に額を押し付けてぐりぐりすると「こしょばいっ」と言いながら身を捩るのだが、その時、漏れる息がちょっとだけ色っぽいのが最高にエロい。この声だけで一発ヌケる。

 慶介をあやしながら、その一方で本多さんに『番わない案』の提案と相談をし、谷口を帰らせるか宿泊させるかの指示も仰いだ。

 谷口の宿泊許可が出たので、慶介に伝えるとより一層機嫌が良くなった。「そろそろ戻らねぇと、谷口が暇してるかも知んねぇな」と、さっきまでの甘えたモードから我に返った慶介は気恥ずかしさから少し赤い頬を自分でグニグニとこね回していた。


 待たされていた谷口は、気を利かせてくれた重岡のお陰でスイーツとコーヒーで優雅に寛いでいたようだ。慶介を見て言った言葉も「お?気分変わった?遊園地行ける?」と初志貫徹。

 大変感謝の気持ちでいっぱいなのだが、正直言うとテーマパークどころか大阪の街に出かけることすら出来なさそうなのが申し訳ない。とはちょっと言いづらい。

 宿泊について谷口に確認した。「慶介の親から許可がでたから、おれの狭い部屋で寝ることになるが、泊まってくか?」と聞くと「何の準備してないけど泊まる!」と予想以上に喜んでくれた。慶介いわく、谷口はこういうちょっとした非日常が好きなのだそうだ。
 本多さんが予定を繰り上げて早めに帰宅し、美味い焼肉に連れて行ってくれた。谷口は、初めて寿司屋に行った時の慶介と同じ反応を見せていて、アレは慶介の反応じゃなくて収入が平均のベータ家庭の反応だったのか。と認識を改めた。



 夜遅くに帰ってきた信隆に合わせて今日の業務報告と『番わない案』が出た成り行きを説明した。
 一同、肯定もしないし、否定もしない。

 『番わない案』は、慶介と永井を番わせず、永井のラット化には慶介の匂いを、慶介の腹痛には永井の匂いを、お互いにフェロモンを提供しあって症状を治し合う。そして、慶介は酒田を得て、永井は柔道を得る。互いの希望をそれぞれ叶えるかわりに、生涯、互いの匂いに依存しあうというものだ。

 当然、可能かどうかの確認は必要だ。
 永井には薬を止めてもらい、衝動については根性で耐えるか追加の抑制剤の調整をさせる。例の男への威圧は慶介の匂いを嗅ぐだけで抑えられないかも試す必要がある。
 また、定期的に匂いの交換をしなければならないのだが、同じ大学に行けば良いという程度の話ではない。この先何十年と続く話になるのならもっと安定的な関係を強固に保たなければならない。
 その関係に、運命の番を目の前にしたまま、永井が耐えられるかという問題もある。

 そして、慶介には常にリスクが残り続ける。
 項をフリーにしておくことは誘拐の対象になりつづけるし、オメガとして行動の自由がかなり制限されたままになってしまう。運命の番のアルファがオメガを求める衝動を抑えられなかった場合は、住居の特定や避難シェルターへの連れ込み、立てこもりの恐れがある。
 警護の視点でみれば諸手を挙げて喜べる案ではない。


「俺は慶介の好きにさせると決めたからな。この案でええぞ。信隆、お前次第や。」
「まずは、永井次第だろう。あの犬が耐えられるという前提の上で話しているが、無理なら、どうするか慶介は決めているのか?」
「いいえ。」
「ぬか喜びさせるな、釘をさすのはオメガに危機意識を持たせるために必要なことや。次から忘れるなよ。」
「はい。あと、慶介にテーマパークか街ブラの外出ができるようにして貰えませんか?ベータの友人と出かけたがるはずなので。」
「水瀬も俺も、丸一日空いてる日はないな。信隆を連れて行くか?」
「却下だ。警護1人で行けるところにしろ。」

 やはり駄目か。重岡は補佐の運転手扱いだから、警護としてカウントできない。せめて、補佐がもう一人いれば許可でるか?板倉に連絡してみるか。

「永井にはいつ伝えますか?最短ならば、明日の午前、GW最終日の夜8時以降、が開いていますが。」
「明日の朝に呼び出せ。僕から説明する。」

 水瀬の質問に信隆が答えた。
 酒田も信隆の意向に沿うべく、素早く永井にメッセを飛ばした。

 事前に連絡を入れる旨をつたえていたので、永井の返信は早かった。











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