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キスと薬
しおりを挟む永井の酒田イジメは、酒田が無表情を返せるようになると「つまんね」とアッサリ止めた。
でも、相変わらずアプローチというのか友達同士のウザ絡みというのか、接触は多い。キスだって気を抜いてるときに、隙アリ!とばかりにしてくるし、酒田を煽るためにワザと「チュ~~」と言いながら顔面近づけてきて、慶介が逃げれば捕まえて、顔を押しのければその手にブチュウとしてくる。
まるで、ウザ絡みの親戚のおっさんだ。まぁ、慶介にはそういう親戚はいないので、面白いような嫌なような、嫌いになれないちょっと迷惑な人。というポジションが新鮮でちょっとだけ楽しいという気持ちもある。
こういった永井の行動も慶介と酒田を嫌ってしているわけではないと思うと、少しくらい許してやるか。と思うのである。
冬休みに入る。
12月に入ってからは、あんなに「クリスマスパーティをしよう!」とうるさかったくせに、冬休み中に会おうという話は一切してこなかった。
冬休みは永井も家のことで忙しいのかもしれない。
ベータ社会ではだいぶ薄れてしまった濃厚な親戚付き合いが、狭いコミュニティのバース社会では今もなお続いていて、それを怠ると村八分にされて、いざ頼りたいときにそっぽ向かれかねないのだとか。
今回の冬休み、慶介は永井から服を提供してもらった。そして、慶介の服を渡そうとしたら、
「いらね。医者に言われて、今回の対策に服は使わない事にしたんだ。」
「そっか。じゃあ、俺だけ悪いな。」
「夜のオカズにしてくれていいんだぜ。」
「誰がするか、ばーか。」
休みに入って3日ほど経つと腹に違和感が出て、その次の日は張ったような感覚がでてきて、と、だんだん重ダルくなっていく。
動くのが億劫になり、何となく椅子から立ちたくないので、ついつい酒田を小間使いしてしまう。
10日ほど経つと、鈍痛に、キリキリとした痛みが出てきた。追加の抑制剤を飲めば、痛み止めを飲んだときのように忘れられるが、冬休みの間は実験中でもあるので飲まない事にしている。
その日は、腹が冷えた感じがしてソファで丸くなって寝ていると酒田が毛布をかけてくれて頭を撫でられた。
酒田は慶介の頭を撫でるのが好きだ。髪のツヤを確かめるように2回撫でて、3回目に後頭部と項付近まで撫でて、目を細めて幸せそうな顔をする。
慶介は、頭を撫でられたその手をとって酒田の匂いを嗅いだ。腹の痛みは引いてくれないが、トゲトゲした気持ちが丸くなる。感謝の意で、チュと手にキスして酒田の手を解放したら、酒田は周りの様子を伺って誰もないのを確認してから慶介の唇にチョンと触れるキスをした。
唇以外の場所は永井に対抗するために、しょっちゅうしていたが、唇へのキスはあの事件の告白後以来だった。
慶介は離れようとする酒田の服を掴み、もう一度と目で訴えた。「仕方ないな」と言うような目で、ゆっくりと近づき唇を触れあわせるキスをした。でも、酒田の意識は周りの気配を探るために外側に向いている。それが慶介には気に食わない。襟ぐりに指をかけて引き寄せ、唇をはむと囓り煽ってやった。
ちょっと戸惑う酒田に慶介は満足げにニヤリとする。そしたら、酒田の目が変わった。意識は全て慶介に向けられ、アルファ性をギラつかせ慶介をオメガとして見る。
触れるだけのキス、啄むキス、舌先を舐め合うキスへとちょっとずつエスカレートしていき、恋人らしいキスが出来たことに慶介は満足した。トンと離れるように指示した指の動きが無視され酒田はなおもキスを続けてきた。「もう終わり、しつこい」と言おうと抵抗を見せると、舌をねじ込まれ歯と歯茎を舐められて背中がゾクゾクとした。観念するように口を開くと酒田は舌を絡め取ろうとするような動きをして、慶介はいつも安心を与えてくれる匂いがこんな猛獣みたいな口づけをしてくる事に困惑した。
締めを味わうように酒田がヂュっと舌を吸い上げ慶介の口から声が漏れた。ジンと下腹部が反応したと同時に腹の痛みがスッと消えた。
もしかして?と、時間を置いて、もう一度、試したら、やはり消えた。
あんなに官能的なキスじゃなくても良くて、酒田の温かい手で下腹部を温めるように撫でて、舌が触れ合いそうなキスをしたら、痛みが引いてくれた。
効果の継続時間は1時間程度。対処方法が見つかった事に慶介たちは喜んだが、信隆だけは渋い顔をしていた。
慶介は、これに気づいてから少しでも痛みを感じたら、キスをせがむようになった。
最初はソファの背に隠れたり、誰かの死角に移動してからしていたのが、その内に面倒になって、人目も気にせずキスをするようになった。
重岡は「刺激が強いですッ」と大げさに目を逸したり、来た道を引き返したりする。水瀬は暇ならからかってくるし、仕事モードの時はインテリアと同じくらい存在を無視される。景明は「おっぱじめないなら、好きなだけやれ」と寛容だ。
ただ、信隆だけは違う。眼の前ですると、明らかに不機嫌になって威圧まで出してくる。
流石に、酒田も気まずいらしく、信隆がいる時は慶介からのキスでも避ける。
慶介はそんな酒田の顎をガシッと掴んで「てめぇの言う通りになってたまるか」と言わんばかりに、わざと舌を絡めた深いキスを見せつける。そして、信隆が威圧を引っ込めるまで続けるのだ。
前回、入院の前にした親子喧嘩から慶介は信隆に対する遠慮がなくなった。この家で、信隆に対抗できるのは慶介だけ。下手に引くと信隆に全てを支配されてしまうと思って、人生初めての反抗期を精一杯やっている。慶介の反抗期を歓迎しているのは景明だ。「どんどんやってけー」と愉快そうに言う。
冬休みの終わりも近くなったので、永井の服ならどうなるかの実験をした。
袋を開けてフワリと鼻がフェロモンをとらえると、腹痛がジワーと消えてゆき、酒田のキスでは消えてくれない違和感まですっかり消えたところには「流石、運命の番・・・」と慶介も思わずうなった。
「永井の服はやっぱ、すげぇ効果あるな。」
「夏休みの永井も、服の交換をする時、玄関の外で待つくらい待ち遠しがってた。目がヤバいんだ。匂いを嗅いだら、ラットが治まっていくのが見て解る。」
「今はどうしてるんだろうな。」
「・・・分からない。」
ちょっと下がった視線と、声の調子から酒田が嘘をついたと気づいた。問い詰めようとおもったけど、今日は景明も家にいる。ここでは逆に慶介が丸め込まれるかもしれない。
それに、酒田がなんの嘘をついたのかは予測がついた。
「今から、永井のとこに行く。車頼んでくれ。」
「・・・わかった。」
永井に、今から家に行く。と連絡すると「近くのカフェサロンで会おう」と返信がきた。
「よぉ、久しぶり~。明後日には学校始まるのに、そんなに俺に逢いたかった?」
まずは、いつも通りの顔だったことに安心したが、永井の軽口が腹立たしい。
「永井ッ、お前・・・薬、飲んでるのか・・・?」
酒田と永井の体がピクリと反応した。
酒田まで反応したことに、慶介は、なお苛立った。知らなかったのは自分だけか、と。
降参とばかりに、椅子の背もたれにバフっと体を投げ出した永井が話し出す。その声はわざとらしい明るさがある。
「いやー、あの薬、すげぇよな。あれ飲んだら、今まであった衝動が全部なくなってさー。冬休み中、慶介の服いらずよ?」
「永井・・・なんで・・・、」
「医者に相談したんだよ。どうしたら、フェロモンに動かされる本能を止められる?って。そしたら、薬しか無いってさ。」
「永井っ・・・駄目だ、その薬はっ・・・」
シィー、と永井は、慶介の口をそっと指で押さえた。
「いいんだ。慶介も一度はした覚悟を、俺もしただけだ。」
なんという、凪いだ表情をするのだ。
(良くない、それは命を縮める薬だ。)
その言葉が出ず、唇がわななく。
慶介がした覚悟と永井の覚悟は意味が違う。
慶介の覚悟は自分のワガママを通すために、意地を張るための決意だった。でも、永井の覚悟は慶介に拒否されて、他に選択肢がなくなった上でたった1つしか残らなかった選択肢。
選ばされた選択だ。
「絶対、なのか?どうしても、飲まなきゃ、駄目なのか?」
「俺が、慶介に感じている運命を消すには薬を飲むしか無いと、医者から言われた。・・・俺は慶介と違って、本能を抑えられないから、運命の番を求める衝動を止めるためにも、薬を飲むしか無い。」
「もし、俺が酒田と番ったら止められるか?番ったらフェロモンは番にしか解らなくなるんだろ?」
「分からない。慶介のフェロモンを感じれなくなったあと、俺がどうなるかは・・・不明だ。」
嘘だ。永井は死ぬ気だ。
今なら分かる。そういう匂いがする。
「・・・駄目だ。出来ない。・・・永井が死ぬかもしれないのに、酒田と番うなんて・・・俺、やっぱり、永井とーー」
「頼むッ、・・・言うな。」
今度は乱暴に口を塞がれた。
「薬を止めさせたくて、お互いに死ぬ未来しかないなら、恨まれてでも噛もうと思った。でも・・・、俺だって、体だけじゃなくて、心も欲しい。遠くを見ている目なんて見たくない。だから、・・・・・・慶介、酒田と上手くいくことを祈ってる。」
永井は会計もせず、逃げるように立ち去った。
慶介は、その後を追いかけることも出来ず立ち尽くした。そして、自分が引き起こした最悪の不幸の未来の重さに息を詰まらせた。
(こんなの、駄目だ、俺が・・・。俺のせいで・・・、何とか、しないと・・・)
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