【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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イジメと横恋慕

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 永井は『大人しい』の仮面を脱ぎ捨てた。
 木戸を威圧で脅して、教室の席も慶介の前の席に変更させて「傲慢不遜」は「傍若無人」になりつつある。

 その1つが、酒田イジメだ。

『なにが、無知に漬け込まないでくれ~。だよ。暗証番号の管理するフリして、コッソリ知ってたお前には言われたくねぇわ。ホント、どの口が言ってんだかなぁ~。』

『挙げ句、俺に聞き出されてよー。なんのための警護なんだろうなぁ。アルファとしてショボいんだから仕事くらいしてほしいもんだよなぁ。』

『まだ、番ってねぇんだから、俺は慶介を口説き続けるとするかなぁ。酒田より優秀な所、見せつけてやんよ。はぁー、いっぱいありすぎて迷っちゃう~。』

『いちいち威圧出すなよ。これだから補佐上がりの婚活アルファは、威圧コントロールが出来てなくていけねぇな。』

『あ~ぁ、イライラするな。ボコボコにしてやっから、はよ、骨折治せや。愛しのオメガがいるんだから自己治癒も早くなんじゃねぇのかよ。』

 と、事あるごとに、露骨な嫌味を酒田にぶつけていじめている。


 その内の1つに疑問を感じたので聞いてみた。

「威圧のコントロールって、どうやんの?」

 慶介は誘惑フェロモンを抑え込むのに非常に苦労する。ちょっとだけ出すとか、そういう事も本当はできるんだろうか?想像も出来ない。

「そもそも、威圧は、舌打ちとか、貧乏ゆすりくらい簡単に出る。だから、小さいうちから、止める癖みたいなのをつけんだよ。んで、威圧を出す方も遊びの中で練習がてらに出して、そこで負けた奴らとかが補佐に回るんだよ。こういうの教えてもらってねぇのか?」
「うん・・・、昔、景明さんから聞いた『家族のフェロモンには欲情しにくい』って、話を他のアルファに聞いたら怒られて・・・」
「ああ、小ネタみたいな情報は教えてない。あの時は、他のアルファに5才児が聞くような事を聞いて怪しまれる所だった。だから、俺たちが教えることは真実だから信じろって言ってある。」
「それで、暗証番号もだましたんだな。」
「ぅぐっ・・・」
「はぁ~、おもしれ~。一生、このネタでいじめよう~。」


 あと、本当に諦めていないのかアプローチも翌々日には再開した。

 登校時間が被って「よぉ」「おぉ」と短い朝の挨拶をして背を向けた途端、永井は背中に飛び付いてきてバックハグというより羽交い締めで、慶介の耳たぶにブチューとキスして「おはよ、慶介」とイケボの無駄遣いをした。こういうのは、気のない相手からされると鳥肌が立つ。一瞬、あっけにとられた酒田だったが、怒り顔で威圧を放ちながら永井の腕をひねり上げた。

「お前はっ、反省という言葉を知らないのか?!」
「いぃででで、本気出すな。冗談だって。」

 冗談だと言った直後「まだ婚約者はいないだろ?」と、永井は慶介の手をとって手の甲にキスをした。
 酒田はまたもや威圧を出し、掴み合いのケンカ勃発。

「いい加減にしろよッ・・・!!」
「フンッ、悔しかったらテメェもやればいいだろ。礼儀も知らない補佐上がりがッ!」

 ハッと気付かされた、と言う顔の酒田が永井を放り出し慶介のもとにやって来て手をとった。
 手を取ったあと逡巡して、カバンから除菌シートを取り出して永井がキスした手の甲と耳たぶを丁寧に拭いた。

「慶介、すまない。永井の言う通りだ。礼儀がなってなかった。・・・婚約者にしてくれるよな?」

 永井より近い距離に立ち、手を取り、手の甲にキスをする挨拶をした。
 左手はさり気なく腰に添えられ、瞳を覗き込むようなキスをした酒田に、慶介は恋する乙女のように胸キュンして、キラキラエフェクトの幻覚が見えた気がした。
 うっかり「ぁ、はい・・・」と呆けてしょうもない返事をしてしまった。

 く、悔しい!酒田がカッコいいのは良いけど、このままでは負けた気がする!
 慶介は恥ずかしさを堪えて、逆に酒田の手をとって手の甲にキスし返した。こう、洒落た一言でも言えれば良かったのだが心の準備も言葉の準備も出来ていなかった慶介は、顔を赤くしながら、結局、恥ずかしさに負けて「はよ、教室行くぞ」しか言えなかった。


 慶介がさっきしたのは、オメガがアルファの手にキスを返す『キス返し』という。つまり、酒田の求婚に答えたという事だ。その情報はヒソヒソ声で学年中に伝わり、酒田は他の婚活アルファと補佐アルファたちから、小突かれ、嫌味な脇腹フックで殴られ、足の脛を蹴られ、背中に肘鉄を食らわされ、補佐や警護が役目返上をせずに警護対象者のオメガと恋仲になるルール破りをしたとして、制裁リンチを受けた。
 リンチを見た教師まで「病院送りは止めなさい。保健室送りにとどめるように」と言い、しばしの間、酒田は通りすがりの誰かに小突かれたりする嫌がらせを受けていた。


 酒田の婚約者申請はまだ提出出来ていない。
 婚約者申請はヒートの相手をするための休みを公休にするための申請用紙だ。両方の保護者のサインが必要なのだが、信隆がサインせず、自室に持って行ってしまった。と、いうのを4回繰り返した。

 それを知った永井は「お前の父親、最高!」と大笑いしながら早速、手にキスをした。
 基本的に手にキスはもうさせない。と思って手を引いて逃げているのだが、アプローチを止めない永井は、誘引フェロモンを振りまきながら手を取り、ヒドい時は片膝付いてプロボーズごっこのように「慶介、愛してる」と、手にキスをしてくる。
 薬を止めた慶介は誘引フェロモンにどうしても抗えず、トロンとフェロモンに酔ってしまって、いつも手にキスを許してしまう。

 でも、それも酒田がちゃんと引き戻してくれる。

 胸元に顔が埋まるように抱きしめて、優しい声で「慶介、慶介」と呼びかけてくれる。フェロモン抜きで酒田が好きだけど、この時だけは酒田の匂いに安心する。
 他にも酒田は、永井がハグしようと飛びついてくる時には、逆に慶介をハグして阻止してくれるし、隙をつかれてキスされた時は除菌シートで拭ってから酒田が上書きのキスをする。
 一度、永井がネックガード越しに項にキスをした事がある。慶介は他のキスと同じくぞわっとしただけど、酒田は景明並みの威圧で怒った。やっぱり、アルファにとって項は特別な場所らしい。
 項にキスをされた以降、酒田は慶介の項を掴んで懐に引き寄せる行動が増えた。そのやり方は乱暴なアルファの象徴的行為らしく、他のオメガには不評だが、慶介は酒田がアルファ性をむき出しにする所がちょっと気に入っている。


 5日後は大文化祭という、直前で慶介は選択を迫られていた。酒田が喧嘩をふっかけて有耶無耶にしたはずの女装のことだ。

「慶介の女装見てぇな~。酒田は見たんだろぉ?羨ましすぎるわ~。運命の番まで奪われるしな~。どっかのランニングコースで、夜道、うっかり金属バット振っちゃいそだわ~。」

 と、永井が脅してきた。
 それに便乗した女子たちが「本多くんが選んで」と、書生さん衣裳と着物エプロンの2つを用意して、選んで良いと言った口で「私達は永井くんを止められないから」と言葉を付け足した。
 酒田は「嫌なら、女装なんてしなくて良い。夜道の金属バットくらい避けてみせる」と言ってくれたけど、最近の慶介を守っている時の気性の荒さに比べるとひかえめな言い方に感じた。

「酒田、もしかして、俺の女装見たいのか?」

 否定する言葉が僅かに遅かった。

「正直、言うと?」
「・・・・・・似合ってた。」

 実は、去年ほど女装を嫌う気持ちは無い。たぶんオメガという性に慣れたからだ。男から性的に見られる事に抵抗感がなくなっている。
 でも、ここで嫌がったら、女装のことも酒田イジメのラインナップに追加されると思えば「女装くらいなんだ!」と受けてやることにした。


 大文化祭、当日。
 慶介はサプライズを受けた。
 永井と酒田も女装をしていたのだ。

 慶介の女装が霞むくらいに派手な、ドラァグクイーンと呼ばれる女装メイクだ。
 
 急遽、慶介は2人と一緒に呼び込み係になり、看板持って会場を練り歩き1年のコスプレ衣装よりも目立ってしまった。


 今年も会場警備に来ていた景明と水瀬が「今年は楽しめてるか?」と言った。慶介は素直に肯定したら、景明が教えてくれた。

 女装サプライズを言い出したのは永井らしい。
 酒田たちは女装で疲れるであろう慶介のケアばかり考えていたので、自分たちも女装するという攻めた守り方には感心しうなったのだとか。
 最近の永井は前の「友達にするにはしんどい」に戻ってしまったが、根っこでは慶介の事を気遣ってくれている。学校でのちょっかいも酒田を煽るためにワザとしているのかもしれん。と景明は分析しているらしい。


 約束通り3人で会場をまわって食べ歩き、ステージものを見て、その先々で、合間で、3人の女装姿と一緒に写真を撮らせて欲しいと頼まれ、目立ちに目立ったが、永井の意図通り、慶介は大文化祭を満喫できた。


 サプライズ女装のおかげで、自分の女装が目立たなかったのは嬉しかった。と、感謝を伝えると、

「え?いやいや、酒田への嫌がらせだぜ?慶介の女装を独占させたくなかったし、誰が付き合いたてホヤホヤの奴らに大文化祭を満喫させてやるか!と思ってな。良い邪魔になっただろ?」


 言われてみれば・・・、
 そういう目でみれば・・・、
 邪魔者以外の何物でもない気がする。


 永井は悪い顔でにんまりと笑い、慶介はポカンとして、酒田が眉間とこめかみを押さえて怒りを押さえていた。









***

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