【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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甘々と苦々

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 慶介は差し出された鍵を再び酒田の手に握らせた。


 酒田が、そんな・・・と、絶望の顔をするが首を振って違うことを示す。本当は慶介だって、この鍵を使ってネックガードを外して、酒田が欲しがる項を「お前にこそ噛ませてやりたい」と言いたい。

 でも、まだ、リスクが残ってる。
 番った後も大丈夫だという保証がないなら、項を噛ませてやることは出来ない。

「俺も、番になるなら、酒田がいい。酒田のことが好きだ。項を噛ませるのは酒田だけって思ってるっ!」

 ついに言ったぞ。
 心臓が激しく脈打ち、胸が熱くなる一方で、頭の端に残った不安や懸念がより際立つ。

「・・・でも、だめなんだ。運命の番同士が番わなかった場合、オメガが衰弱死する可能性があるって。俺の腹痛が治らないまま、もしかしたら酷くなっていく可能性があるって医者が言ってた。どうなるかは、やってみなければわからない、って。・・・俺は、死んでもいいから酒田と番いたいんじゃない。ずっと酒田といたいから番いたい。・・・だから、まだ、番えない。ごめん・・・、ごめんな。」

 慶介は初めて、番いたいという気持ちが湧き上がり、それが出来ない事を悲しく思った。
 俯いた慶介に酒田が飛びつくように抱きしめてきた。

「待つ!・・・いくらでも待つ。・・・待つから、項は俺に噛ませて欲しい。」

 身じろぎも出来ないほど、強く抱きしめられた慶介は、一瞬、酒田の腕に中にいることが解らなくて、混乱した。だが、自分のものじゃない心臓の鼓動を感じたら、喜びの感情が沸き上がり、全身に勢い良く血が巡り、耳まで熱い。

「今度こそ守る。慶介の心も項も。俺が。」

 酒田の誓いの言葉は、耳に頬を寄せ、ささやくように告げられ、慶介は小さな頷きで誓いを受け取った。


 ゆっくりと体を離した酒田と慶介は自然と見つめ合う。
 そして、酒田の目がチラチラと逸れ始めた。慶介は気がついた。酒田がキスしたそうにウズウズしてる。でも、どこにキスするかで迷ってるみたいだ。

 頬に、口に、項に、手に、あっちにこっちにと目が忙しげに動く。慶介はそれが可笑しくてたまらず、口がこみ上げる笑いを抑えられなくてニヤニヤしてしまう。笑われてると理解した酒田が恥ずかしそうに顔を赤くするけど、結局まだ迷ってる。

 慶介が指でトントンと唇を示すと、酒田は緊張で耐えられなくなったのか目をぎゅっとつぶった。

「なんでお前がキス待ち顔をするんだよっ。」

 慶介は吹き出して笑ってしまった。
 酒田が落ち着くのをたっぷりと待って、今度こそ、初めてのキスだ。


 肌を触れ合わせるだけの優しいキス。


 慶介が好いた男は、ただ、それだけでも本当に嬉しそうにするのだ。この顔を見れば「フェロモンなんかいらねぇな」と思う。
 酒田の本当に嬉しいって顔はこんなに可愛いんだぞ!って、皆に見せて回りてぇ。と自慢したい気持ちになった。

 そして、もっと、その上が見たいと欲が湧く。

「酒田、キスだけって約束守れるか?」
「ああ、必ず。」

 慶介は酒田の手から銀色の鍵を拾い、八万ロックに差して解錠した。
 項を晒すのは、初めて会った引っ越し以来だ。


「項にキス、していいぞ。」


 酒田はプルプルと震えている。
 マンガなら指の隙間から目を覗かせるポーズが当てはまるだろう。晒された項に目が釘付けだが、首は凝視する目を遠ざけようと傾いている。両手は慶介の二の腕を掴み、引き寄せようとする腕を、顔が項に近づかないように遠ざけんと固まって耐えている。
 相反する感情に振り回されて、その顔は、本当に、おかしいほどに可愛い。

 1年前に比べて伸びた髪をよけてやって「ほら」と項をみせると、鼻息荒く、

「キ、キスだけ。分かってる、約束は守る。」

 酒田は、さっきの優しいキスはどこにやった?と聞きたくなるような、むしゃぶりつくキスをした。顔ごと唇を押し付けて、噛まない約束を守るために唇で歯を覆いながら何度も何度も甘噛みをした。

 慶介は酒田の興奮を煽らないために、甘噛の度に項から走る快感の痺れで漏れそうな声を押し殺した。

 近い。誰も入れたことのない、自分でも知らなかったような、ゼロ距離に酒田がいる。ここの距離にいれるのはお前だけだからな、と酒田を引き寄せ抱きしめた。

 酒田は突然、慶介を突き放すように押しのけた。その顔は、今までに見たことのない、凶暴なアルファの目をしていた。「これ以上は、我慢できないから」と、目をそらしたので、慶介もネックガードを付け直して、酒田の手に鍵を戻す。

「いいのか?俺は、暗証番号を守れなかった警護だぞ?」
「今度は、守れるだろ?」

 鍵を握りしめ、胸に当て、宣誓する。

「命に代えても。」
「命は大事にしろ。お前は・・・お、俺のアルファなんだぞ・・・。」
「あぁ・・・!絶対、慶介より先に死なないと誓うよ。・・・俺のオメガ。」





**


 避難スペースの扉が開いたことが警備員から、景明と水瀬に伝えられた。

 ただ、一晩、一度も仮眠室に戻ってこなかった酒田がおそらく部屋の前にいるだろうと思って、即座に向かおうとする水瀬を止めた。
 酒田には懺悔の時間が必要だ。慶介も心穏やかではいられまい。一旦、家に連れ帰らなければならないが、番った直後のアルファをオメガから引き離すのは一苦労だ。永井をどうやって黙らせるかも考えなければならない。

 景明は、傷心であろう2人をどうケアすべきか?と、そればかり考えていたのに、警備員室前までやって来た酒田は、それは晴れやかな顔をしていて、慶介の首にはあのゴツいネックガードがあった。

 長年、警護をしてきて、警護にとって一番必要な能力が「冷静さ」と「状況分析能力」だと思い、その2つについては自信がある景明でも、目の前の2人のことを理解するのに、2拍、3拍ではすまない時間を必要とした。

 言葉が出ない、警備員を含む3人の大人に酒田が説明した。「慶介は暗証番号で解錠する電子ロックタイプのネックガードの上から、八万ロックの鍵付きネックガードをつけることによって永井の牙から、項を、自分自身で守ったのだ」と。

 説明を聞いても、信じられない気持ちでいっぱいだった。

 アルファの禁じ手を、まさか、もう一つのネックガードで防ぐとは。しかも、暗証番号の聞き出しにおいては最強の防御の鍵付きネックガード。

 酒田から聞かされた状況下で、慶介がネックガードをつけるタイミングはアルファ用緊急抑制剤を打たれた後、酒田が暗証番号を聞き出されていた間だろう。それも、昏睡状態に陥るまでの僅か数分の時間。すでに正気を失っていたはずなのに、それほどまでに、慶介が運命を拒否する意志は固いのか。


ーーお前は、常に、俺の想定を越えてくるな。

 脱帽だよ。 
 あの企ても白紙だ。
 もう、全て、慶介の好きにさせてやろう。


 ふと、酒田の顔が晴れやかな事に不安がよぎって確認の言葉が出た。

「噛ませてないだろうな。」
「それは大丈夫。」

 慶介と酒田は同時に顔を赤らめた。

 何かはしたんだな、と呆れた。「実は手を繋いだんです」とかしょうもないこと言てくれるなよ。と頭の中でツッコミを入れた。


 帰宅して、弟に事の顛末を報告した。
 ネックガードの話には驚愕の顔をして、慶介が酒田を選ぶ意志は強固で、覆すのは難しいと伝えると、鬼の形相で言った。

「最悪だ。理解できない。ゴミクズ以下だぞ?」

 鬼の形相は一瞬で消え、まばたきの間に冷徹な表情にを取り戻していたが、

(おい、やめろ。「殺そう」と決意した目をするな。お前の息子が選んだアルファだぞ。殺しの手伝いはせんからな・・・。)

 景明は若い頃に味わった、苦労が再び舞い込んでくる予感に、懐かしさを感じて苦笑いの頬が引きつった。

 風呂でさっぱりした慶介を、救急箱を持った酒田が出迎えて、筋トレスペースで噛み跡や爪痕の傷を湿布やらで手当している。その光景は、警護とその対象者であるように見えて、婚約者同士にも見える。
 視線を横にずらせば、水瀬が慶介のネックガードの暗証番号を登録し直している。
 壁際に置かれた大きめのカバンは入院準備だろう。用意が良くて優秀な秘書だ。

 水瀬がもう少し、柔らかい性格をしてくれていれば後継者に出来たんだが、こいつも大概、性格悪いからなぁ。と、心の内で呟いた。



「酒田が好きだから、永井とは番わない。腹痛の問題がなくなれば酒田と番になりたい。」

 皆、察していたことだが、慶介は改めて、決意表明をした。
 それに、信隆と水瀬が反対した。

「ソレはゴミクズ以下だ。止めておきなさい。運命をほざく犬のほうがマシだ。」
「そうです。ミミズくらいは使えるアルファでしたが、今は害虫ですよ。クビにすべきです。今から永井を警護に育てましょう。ポテンシャルの高いアルファなので簡単に酒田以上にできるでしょう。」
「オメガ1人を養う力もなさそうな、補佐根性の染み付いたアルファではお前が将来苦労する。」
「全くです。永井と違って、番を得て伸びるタイプでもない。本多さんが師につかなければミジンコレベルだった補佐ですよ。」
「お前たちー、そのへんにしとけー。」

 景明は、手加減なしにボロクソに言う2人に、一応、注意を入れた。

「景明!コレを警護から外せ。他の警護を見れば慶介の目も覚めるだろう。」
「一応、俺はお前の兄だぞ?『兄さん』をつけろ。あと、酒田は俺の育てた超優秀警護だ。そのへんの警護と一緒にするな。」
「いえ、本多さん、酒田はもう害虫です。勤勉で優秀でもアリは害虫ですから。」
「水瀬ー、アルファを虫呼ばわりするのはやめろと言ってるだろー。せめて口に出すなー。」

 慶介が顔を真赤にして怒り出した。
 まぁ、そりゃそうだろう。

「う”ぅ”~~っ!酒田はゴミじゃねぇもんッ!アリでもねぇもんッ!!」
「ぃ、いいんだ、慶介。俺はいいから。」
「良くないッ!!酒田は優しいんだ。優しくて、安心できるところが良いんだ。ーーだから、酒田に養って貰わなくても良い!守ってもらわなくても良い!俺だって働くし、自分で自分のことくらい守れるっ!」


 ・・・慶介ぇ・・・。
 お前の発言は男らしさにあふれた、良い女房の鑑かもしれんが、それはベータ社会の話だからな。養うも守りも出来ないアルファなんて、バース社会では、それはもう見下される最下位の格下扱いだからな。不名誉の極みなんだぞ?

 警護の顔が保てない酒田が、慶介からそっと一歩下がって凹んでいる。・・・うむ、やはり、慶介の言葉が一番ダメージが大きかったみたいだな。


 慶介と信隆が感情的に、完全に対立する自分の意見を押し付け合う。聞く価値のなくなった親子喧嘩を右から左へ聞き流し、酒田を手招きして、今後の予定について話をした。


 想定通り、ヒートアップしてきた慶介から誘惑フェロモンが漂い始めたので、一日早いが、入院させた。










***

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