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保護者達
しおりを挟むついさっきまで流血沙汰一歩手前の喧嘩をしていたというのに、2人とも、何もなかったかのような顔して、永井はいつも通り慶介を重岡の車に乗るまで見送りをした。
酒田も何事もなかったような顔をしていたのだが「手が腫れているような気がする」と言って、ランニングに行くフリをして医者にコッソリ行ったら、まさかの骨折をしていて喧嘩のことを隠せなくなってしまった。
その日の業務報告で、喧嘩の件を隠そうとしていたことまで打ち明けた酒田に「お前、アホなの?」と水瀬が本当に冷たい目で言ったのには、つい、慶介も「俺のためだったから、そんなふうに言わないでやって欲しい」とフォローに入った。
最後に、喧嘩をふっかけた理由を問われて酒田は言葉に詰まった。すると、慶介は自室に戻るように言われて追い出されてしまった。
**
「自分で決めろ。どうする?」
「警護を続けさせてください。」
「できるんやな?」
「はい。」
下がって良し。と手で払って下がるように命じた。
ふぅむ、と腕を組む景明は考え事に耽る。
景明にとって永井は一等優秀だが、酒田は一等特別だ。
オメガに「お母さんみたいな匂い」と言われた酒田の相談に乗った時、コイツは天性の警護かもしれないと、自分の後継者にすべく幼い頃から手塩にかけて育ててきた。
酒田は、常に景明の期待に答えてきた。警護対象を守ってこそ真の勝利を教え込み、勝てなくても負けない戦い方、オメガに対するに姿勢、警護としての危険予測能力と観察眼を身に着けさせた。最後は、手が届きそうなオメガの警護をさせて、自ら番になれる可能性を捨てて警護に徹すれば合格、という最後の試練を予定していた。
「良さげなオメガがいないか?」と探していたところに、たまたま手に転がり込んできた婚約者のいないオメガの慶介を使った。
そしたら、逆に慶介が酒田を気に入ってしまった。普通のオメガではないイレギュラーな慶介に、酒田は警護しての能力を伸ばしながら、ドンドン引き込まれて、恋心でなくとも信頼を寄せ合う2人は、はたから見れば十分に相思相愛。
1人の大人として若人たちの淡い恋を応援したい気持ちもある。だが、景明としては、酒田がここでオメガを求めるアルファの本能を抑え込み、警護に徹すると決意してくれる方が理想的だ。そして、やはり、自分の後継者としてあるものを引き継がせたいと思っている。
2人を「警護としての距離を保て」と引き離した所に、永井という運命の番が現れた時には、これで慶介も運命を選ぶだろう。と思ったらまさかの拒否。そして、夏にはハッキリと酒田を好きだと認識してしまった。今さら「酒田を諦めて永井にしろ」とは言えなくなり、だったら酒田に「引け」と言うつもりだったのだが、今回の喧嘩の件を見るに、想定以上に酒田の心がグラついている。
今もまだ、酒田を取り上げれば慶介は景明の嫌いな人形になってしまうだろう。それはあまり気が進まない。だが、しかし、酒田と番わせても腹痛という不調が続く最悪のリスクが残っている。
このリスクを避けるためにも、慶介には時間をかけて永井に寄せて番わせて、酒田のことは一時の気の迷いと切り捨てさせるか、プラトニックな愛人にでもすれば良い。と考えていたのだが、肝心の永井の方が引いてしまった。
(本当にこちらを振り回してくれる。)
慶介はどれもこれも、景明の想定を越えてくる。
こんなに楽しい警護は無いと、やりがいに燃えているが、景明も正直、悩ましい。
手塩にかけた天性の理想的警護と甥っ子の幸せ。
選べるのは片方だけ。
「信隆、お前はどう考えてるんや?」
「慶介の番はあのカスアルファだ。」
「ほお?リスクはどうする?」
「駄目だったときは、アレを殺す。そして番い直しをさせる。」
非常に稀な例だが、番と死別したオメガがフェロモン相性の良い相手と番い直しができることがある。おそらく、運命の番であろう慶介と永井なら番い直しは高確率で成功するだろう。
その手があったか。と感心するが、その場合、慶介は人形になる確率も高い。人形で良いなら最初から永井と番わせておけばよいのに、なぜ、酒田と番わせるのか?
「運命の番がそんなに気に食わんか?」
「慶介の望みを通しただけだ。」
つまり、酒田の命より、望むようにするという約束の方が大事という事か。アルファ性の気性が強いと極端なオメガ至上主義になりがちだな。
信隆なら、本当にやりかねない。手塩にかけて育てた天性の警護をそんな形で失うわけにはいかない。
「酒田が生きてる方が慶介は喜ぶんじゃねぇか?」
「その方法があるなら、そうすれば良い。慶介が薬を止められるならどんな結果だろうと、構わない。」
「いつまでと、期限があるなら、コチラでそのようにするが?」
「高校卒業までに薬を止めさせたい。20歳までには目処をつけてくれ。」
「承った。まずは永井が引いた理由を調べるか。」
「金は好きにしていい。」
さて、どの堀から埋めるか。と景明は自分の理想を実現すべく企てを夢想した。
**
「酒田、怪我、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。」
怪我をした手に視線を落とすと、見やすいように持ち上げてくれる。小指側の手の甲の骨にヒビが入っているらしい。
ヒビと言えど骨折。骨折と言えば石膏で作るギブスだと思っていたが、金属プレートがついたものを当てて包帯で固定するだけの処置しかされていないらしい。色々あるんだな。と、まじまじ見ながら聞いた。
「酒田、何であんな事したんだよ?」
「・・・女装、嫌がってると思って。」
だからといって、それが即、暴力につながるとは思えない。酒田らしくないし、別の理由があるんじゃないかと思って酒田の目を覗き込むが、そらされた。
教えてくれそうにはない。
「今回は、もう書生さん衣裳があるって分かってたから『仕方ねぇな』はあの場のノリだったんだ。」
「そう、なのか・・・。」
「でも、ありがとな。たしかに、あそこで言質とられてたら後で言い訳するのも苦労したかも。」
「そうか。」
酒田の雰囲気が暗くて、明るく言ってみたが変化はない。すぐに降りてきたけど、もしかして上で何か嫌な話とかになったんだろうか?
「あの、警護はどうなんの?怪我してる間は外れるとか・・・」
「いや、永井が大人しいままなら継続するはずだ。」
「はぁ、良かった。」
慶介の考える嫌な予測は外れてくれた。
「俺、警護は酒田がいい。」
「望まれる限り、ずっと警護だ。」
「ずっと、って。じゃあ、死ぬまでって言ったらどうすんだよ~。」
「ずっとはずっとだ。慶介がいらないと言うその日まで。俺は警護だ。」
冗談のつもりで言ったのに、酒田の目が暗いままだったから、ちょっと後悔した。
本当は、警護としてじゃなくて、友達以上の関係でいたいんだけど、まだ、その方法は思いつかない。
***
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