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変わる
しおりを挟む夏休み明け、永井の突撃に構えていた慶介は肩透かしを食らう。
永井は、教室で慶介の席の前に座って、ゆったりと鷹揚に構えたまま「よぉ、久しぶり」と片手上げた。
いつ飛び付いてくるかと、ドキドキしながら教科書の類を仕舞うが、永井は用意が終わるまで見ているだけで何もしてこない。動き出したのは準備やらが全部終わったあとで、手を取り甲に軽いキスを、挨拶をしただけだった。
「服もいいけど、温度を感じるとなお一層いい匂いだ。慶介は俺の匂いはいらねぇか?」
あまりにおとなしいので、まるで別人のようにも感じていたけど、この発言で相変わらずだな。と思った。手にキスをされたオメガが、キスを返すということは、告白に「Yes」と答えるということだ。
ピッと手を引き、小さく舌を出して拒否を示すと、永井も小さく首をすくめた。
それからも永井はおとなしいままだ。
前のように「番になろ?」と迫ってこないのだ。
まずは目が違う。求愛の熱量を感じない。目が合わない訳では無い。水瀬から受ける視線と同じくらい、冷たいというわけでは無いけど熱がない。今は酒田からの視線のほうが「問い詰めたい」という気持ちが籠もっていて逸したくなる時がある。
求愛の言葉もなくなった。その口から出てくるのは本当にくだらない雑談か、お互いに関心がある事柄についての話だけ。
なのに、体の接触は多い。休み時間になると慶介を持ち上げて、永井が慶介の椅子に座り慶介を膝に座らせる。腕はしっかりとお腹に回されるのに、項の匂いを嗅ぐこともないし、耳に頬を寄せる事もない。椅子がないから、仕方なく、膝に座らせてるだけ。みたいな、自然なんだけど不自然なかんじだ。
肩を組んで来ることも増えたが、以前のような、手放し難い!みたいな感情がない。ちょっと位置の高い肘置きみたいな扱いで、スマホを見せ合うのにちょうど良いから、慶介がフォローしている面白SNSでよく話すようになった。
部活前は、あんなにしつこくしてきたキスはなくなって、教室で「じゃ、あとでな」と一言で去っていく。慶介は収まりが悪いので「あんまり酒田をいじめるなよ」とか「今日は遅くてもいいぞ」とか一言返すようになった。
学園グループの一大イベントである大文化祭の準備は夏休み明けから始まる。
慶介たちは準備に係るような余裕が一切なかったので何も知らないおまかせ状態だが、4月には大文化祭委員が決まって、話し合いを重ね、計画が着々と進められていたらしい。夏休みには「出店」をかけたプレゼンやコンペもあったらしい。
「カフェ出店が決まりました~!」
おぉ~!!と拍手喝采のなか、慶介はよくわからないまま拍手だけはしておく。
分かっていない慶介に酒田が耳打ちしてくれた。
「屋台みたいな模擬店じゃなくて飲食スペースのあるカフェ風の模擬店の事を出店って言うんだよ。去年のフワフワかき氷食べた店の並びのやつだよ。」
「あれ、生徒がやってんの?企業とかお店だと思ってた。」
「企業スペースだよ。企業が生徒のアイディアに乗ってお金出してくれたらあのスペースにいけるんだ。」
なるほど、それがコンペか。
机を後ろに移動させて、スペースを作った教室の中央に机を9つ並べ、上から見た図面とか店内のイメージ画像、カフェに出すメニューなどのカラー印刷された紙がバサバサと並べられる。だが、人数分はないらしく、関心ある人だけがとって隣の人たちと見せ合うスタイルらしい。
永井が店内イメージとメニュー画像の紙を持ってきて見せてくれた。もちろん、バックハグで。
「和カフェか~。抹茶わらび、このグラデーションあんみつゼリー、すげぇな。初期案はあんみつゼリーだけだったんだー。へぇー。」
皆が紙に集中している中、委員会の一人が注目させるために、拍手を2回した。
「発表~、和カフェの給仕衣裳は大正ロマン、着物エプロンと書生さんです!」
そして、わざわざ光沢紙に印刷された衣裳を着た写真が机に広げられた。こちらはコピーがないので覗き込むしかないらしい。
慶介は興味がないし、見たくなくて踏ん張るが、永井に持ち上げられて連れて行かれた。着物の柄や色はまだ思案中らしい。色んなパターンがある中、男オメガの一人が着物エプロンで女装しているのを見つけて嫌な予感がした。
「本多君のも用意してあるよ!」
文化祭委員会のオメガ女子が広げた写真を数枚つかみ、慶介の前に突き出し、目を輝かせて言った。それに慶介はジト目を返す。脳内では、いらね~。とゲロ吐くモーションをした。
「なんで慶介の分?」
「去年の女装知らないの?すごく似合ってるんだよ?」
衣裳担当らしい大文化祭委員の女子がスマホで画像を永井に見せた。それは慶介が削除したはずの女装アカウントと化したSNSの画像だった。いくらアカウントを消してもスクリーンショットで各個人が保存していてはどうしようもない。
見たくもないし、見せたくもないので、永井の顔をひねり上げて逸らせようとするが、逆に両手を塞がれてしまう。なら次は逃げようとしたら、片手で両手首を掴まれ、片腕で抱え込まれるようにあっさり捕まってしまった。
永井は女子のスマホを操作して女装写真に見入っている。そして、彼女がどこで手に入れたのか知らないが、春休みのお見合いの着物姿まであった。
「慶介!見たい!」
その目は、意外にも性的な感情が含まれない純粋な好奇心だけだった。
酒田がやってきて永井の腕から慶介が助け出された。
「止めてやってくれないか?去年は男衣裳が無かったから仕方なくしただけで、慶介は別に女装好きじゃないんだ。」
「えー、本多くん用に選んであったのにー。」
酒田からのお断りと、本多くん用の衣裳があった事実に慶介は二重にホッとした。
出店が決まったということは、企業が関わってくるので逆に生徒がすることがなくなる。
調理も衛生管理の事情から企業側がやってしまうし、カフェスペースの内装やらもデザインさえ出せば印刷や準備もやってくれるし、デザイン担当とレシピ担当、文化祭委員会のメンバーは忙しいが、それ以外はぶっちゃけ暇。生徒ができる役割は当日の給仕係と呼び込み係くらいだ。
その少ない役割分担を決めるのだが、嫌がらせみたいに給仕係はオメガと同じ人数で、慶介が手を挙げないから枠は1つ余ったまま。
慶介が、呼び込みで良いと言えば「着物エプロンで呼び込みしたら注目してもらえるよね!」と言われ、ウェイターベストと黒エプロンの格好をする、レジ打ちならやると言えば「アルファの仕事取らないであげて」とか言われるし、なんとしてでも慶介を給仕にしたいらしい。
抵抗も虚しく、周りの「サッサと決めろよ」という空気に負けて、慶介は諦めた。
「・・・給仕すれば良いんだろ。その代わり、衣裳は書生さんしか着ないからな。」
昼飯のアメリカン・バーガーで満腹になって、残ってしまったアイスティーを永井に助けてもらいながら飲んでいた時、ふと、思ったことを聞いた。
「そういや、永井は俺の女装知らないんだな。」
「大文化祭の時なんだろ?その頃は、もう出席停止されてたからな。」
「え、出席停止、長くね?・・・半年以上?」
「まぁ、そうだな。」
「じゃあ、俺が大運動会初めてだったのと同じように、永井は大文化祭、初めてって事?」
「ベータ育ちの慶介と違って、話は聞いてるから、何もかも初めて、とは言わねぇけど?」
「そっか、じゃあ、3人で回ろうぜ。」
「酒田と3人で、か?・・・俺がいて、いいのか?」
「何だよ、そこまで行くと卑屈っぽいぞ。俺らと一緒じゃ嫌かよ。」
「いいえ~、オメガ様のお望み通りに~。」
永井のおふざけに慶介は蹴りで返そうと思った。
酒田ほどの事は出来ないが、永井の怪我した足の甲を蹴ろうとしたのだが、目測を謝って足の小指を踏んづけてしまった。「いでぇ!」と永井が声出して痛がったので、やっぱ、小指は鍛えようがないんだと知った。
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