35 / 102
風紀委員
しおりを挟むあの後、慶介は風呂場で眠り込んでしまい、夜中に目が覚めた時、部屋からは、あの恐ろしい誘引フェロモンとその服がなぜか無くなっていた。
その次から届けられた服はいつもの永井のフェロモンだけで、理性が溶けていつもより性欲に素直になってしまっただけで、誘引フェロモンのときのような暴力的な情欲の波に飲まれるなんてことはなく、慶介の腹痛は4日後には治った。
慶介は「おつかれ」と言って迎えに来た酒田の顔が見れなくて、フイっと目を逸した。なんだか、涙が滲んできて「早く、家に帰りたい」とだけ言って無言を貫いた。
なぜだろう?酷く、背中が冷たい気がする。
ヒート後、慶介は信隆、景明、水瀬から威圧フェロモンをぶつけられながら怒られた。
医師から提示された2つの選択肢「永井の服」と「病院」のことを景明たちに相談する、という事を失念していたために、相談なく決めたことを、特に金を心配して「病院」の選択肢を消したことがダメだったらしい。慶介にとって20万は大金だが、景明たち、とくに信隆にとっては、はした金と呼んでしまう金額だったからだ。
次のヒートで同じことが起こったら、迷わず病院を選ぶことになった。・・・次のヒートは病院かも?
大人3人からのマジ説教でヘコんでいる慶介に、ちょっと気分が高揚しちゃってる永井からさらなる追い打ちを受ける。
「ピルを飲んでるのにヒートがずれるなんて普通はありえない。やっぱ、俺たち運命の番は特殊なんだよ。慶介の過剰反応も、ただのフェロモン過剰反応じゃなくて、運命の番だからこんなに強く反応するんだ。なあ、俺のこと少しは好きになってくれた?俺は好きだよ、慶介。慶介、好きだ。番になろ?せめて次のヒートは俺を呼べよ。」
永井の勢いに圧倒されて何も言えずにいたが、好きという単語に慶介の頭は真っ白になる。ヒート中に永井の名前を呼びながら、好きだと言いながら抜いた事を鮮明に思い出し、また、そのときのフェロモンに支配されていた感覚が恐怖となって慶介の体を硬直させ、心は激しく動揺した。
そんな慶介に気づかず、永井は、好きだ。番になろ。俺のオメガ。運命なんだ。と口説く。
酒田は、抱擁一歩手前状態だった慶介を永井から奪い取り、隠すようにかばった。
「止めろッ!」
酒田が大きな声を出すところを慶介は初めて見た。鋭く攻撃的な声だったが、慶介は頼もしさを感じて安心感を覚えた。だが、邪魔をされた永井は怒りを見せ、威圧を出した。酒田も対抗するために威圧を出す。
教室の中に緊張感が走る。
慶介は驚いた。酒田が威圧を出すのも初めてだ。ただ、ちょっと・・・全然、怖くない。なんというか、まるで「もぉー、怒っちゃうよ!?いいの?!」と言われているような気分なのだ。むしろ和んでしまうかも。慶介の頬がピクピクする。笑いを堪えなければ・・・
まぁ、当然、威圧勝負は酒田の圧倒的敗北。
永井が更に出した威圧で酒田の体がガチッと固まったのが目に見えてわかる。
それでも酒田は動かぬ体の代わりに口で応戦する。
「運命の番を語るくらいなんだから、自信はあるだろう。鷹揚に構えてろよ。」
「はぁ?アプローチは基本だろ。」
「オメガに選んでもらうまで待てないのか?」
「そのために押すんだろ。」
「オメガが自ら進んで、自分の腕の中に落ちてくるなんてのも良いものだろう。」
「俺は『勝ちは取りに行く派』なんだよ。」
酒田と永井の言い合いと威圧に巻き込まれた外野、クラスメイトたちが不満を言い始めた。
「威圧まで出して喧嘩しないで!」
「運命の番を求めるのはアルファの本能でしょ。」
「そうよ、アルファの求愛の邪魔するなんて。」
「永井の行動を止める権利はお前にはない。」
「どうせ、自分のオメガが取られるとか思ってんだろ、警護のくせに。」
「本多くんもさ、もっと素直になりなよ。」
「そうだよ、戸惑う気持ちもわからなくないけど、運命の番だよ?」
「知り合う時間よりもフェロモンの相性の方が絶対、大事だって。」
「まずは付き合ってから考えたら?」
「そうよ。きっと、悩んでたのがバカバカしくなるよ。なんてったって運命の番なんだから。」
**
酒田への批判から慶介に矛先が向かう事に酒田は内心焦っていた。もっと、自分に矛先を集中させなければ・・・。と考えを巡らせていたら、背中の服を掴んでいた慶介がクイクイと小さく引っ張った。
耳打ちしたそうに手を口に添えているので、体を捻って近づけると、慶介は小声で問うてきた。
「なぁ、運命の番って、恋愛関係の比喩表現とかじゃねぇの?」
「・・・・・・は?」
比喩表現?何の話?運命の番は運命の番ですけど?いや、今、それどころじゃなくて。そもそも、何で慶介はこの威圧の空気の中で平然としているんだ??
と、酒田の頭は思考が迷走した。
深く深呼吸をして、次々浮かぶ疑問を追い払う。慶介の言葉を曲解せずにそのまま受け止めるとするならば「貴方を愛しています」が「月が綺麗ですね」と言うように、何かの言葉か表現として「君は運命の番」と言われている。と、思っていた。ということか??
ヤバい。これは、ちょっと、精査が必要だし、勘違いなら今すぐにでも解消しなければこじれてしまう。
「永井!タイム!ちょっとタンマ!」
場違いに手でT字を作って一時休戦を一方的に宣言し、慶介を引っ張り、壁際で皆に背を向け、2人でヤンキー座りでおでこ突き合わせて答え合わせをした。
「何だと思ってたんだ?」
「あの、君チャーミングだね的な意味だと・・・フェロモンが魅力的な時に使うんだと思ってたんだけど、何かみんなの雰囲気からちょっと違うっぽい?って。」
確かに、フェロモンの相性が良いから運命の番と呼ぶので、微妙には、合ってる。
「えっと、そもそも、アルファとオメガにはフェロモンの相性というものがあって、相性がいい相手の匂いは総じて甘く感じるらしい。そのフェロモン相性が唯一無二とも言える相手を運命の番と呼ぶんだ。」
「番はフェロモンの相性で決めるものなのか?」
「バース性でフェロモン相性がとても重要視されているのは間違いない。」
「じゃあ、俺と永井は番にならなきゃダメなのか?フェロモンで既に決められたことなのか?」
「い、いや、そ、そういうわけじゃない。フェロモンは簡単に数値化出来るものではないし・・・」
痺れを切らした永井が威圧を強め、それに煽られた誰かが「おい!まだか?!」と吠えた。
酒田はこの状況を打開するすべが思いつかない。慶介には説明が足りないし、この場から立ち去ることも許されなさそうだ。時間が全然足りない。出来れば、この喧嘩は後日に持ち越し仕切り直し、にしてほしい。
助けが欲しくて周りを見回して、木戸と目があった。
そうだ、木戸に助けを借りよう。
木戸は酒田のヘルプ要請を読み取り、応えた。
「風紀委員権限で介入します。」
教室の興奮した空気が一気に冷めていく。皆が木戸に注目し言葉を待つ。永井の威圧が十分に薄れたところで、木戸は発言した。
「永井、君の行動は運命の番を免罪符にした行き過ぎた行動と判断する。ーー本多、君はヒート明けでもあるし、心身ともに休息が必要だ。また、運命の番に対してとても戸惑っている様に見受けられるので、学校のカンセリングを受けるように。ーー酒田、君の行動は警護として正当と判断する。警護というものは警護対象の意志を尊重し、あらゆるものから守るのが役目だからだ。」
酒田により過ぎた木戸の判断は、クラスメイトの納得を得られていない。露骨に「木戸は酒田の味方か?」という批判的空気を感じる。
それに対して、木戸はまだ続ける。
「しかし、今後も永井と警護の酒田が、威圧を出して喧嘩を繰り返すのは目に見えているし、この場の警告だけでは収まらないだろう。僕が立ち会うのでこの続きは会議室で思う存分させてやる。」
***
10
お気に入りに追加
482
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる