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警護の心

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*酒田視点です。
ーーーーーー


「酒田!聞いてんのか!」
「っ!!?」

 椅子の脚を蹴られた衝撃でやっと補佐仲間の板倉いたくらの呼びかけに気づいた。昼飯に誘われていたらしい。

 コイツとは幼稚園からの付き合いだ。
 同じ3男で、ある意味、産まれた時から補佐役が決まっている人生が同じで。
 将来は警察官と公言していた酒田は、決められた人生のレールに納得がいかない反抗期の板倉の愚痴をよーく聞いてやった。
 今は、海上保安庁・・・いや、海上自衛隊だったかな?どっちかを目指しているはずだ。


 酒田は、慶介がヒートの期間、板倉と行動を共にする。そして、昼の弁当は人気のいない自転車庫のアスファルトにあぐらをかいて、弁当を食べるのだ。

「おうおう、この裏切り者め。オメガひでりの人生を誓い合った仲のくせに、ぽっと出のオメガなんかにコロッと靡きやがって。普段は目も合わせねぇくらいに無関心なてめぇの、聞きたくもない惚気をわざわざ聞きに来てやる俺の律儀さに感謝しろ。さぁ、今日も聞いてやるよ。童貞男の気持ち悪い語りをよぉ~」

 板倉には秘密を話している。慶介の出生も生い立ちも、そして、酒田の慶介に向けるささやかな好意も。
 まぁ、板倉に言わせれば「ただの恋」らしいが。

「童貞はお前もだろ。」
を馬鹿にしてるんじゃねぇよ。を馬鹿にしてんだよ。分離すんな。ーーんで?」
「慶介が・・・、慶介は今、永井の服を届けてもらっているらしい。永井のフェロモンが無いと腹痛になるんだ、と・・・。」
「はぁ、それが羨ましい。と?」

 終始、うざってぇな。という投げやりな喋り方なので信頼厚き親友だが、ちょっとムカつく。

「そうじゃなくて、今回は学校だから永井の服も届けてもらえるし、永井をシャットアウトも出来る。でも、次のヒートも同じ様に腹痛が起きたら、どう対処したら良いんだ?永井の服がないと腹痛になるのだとしたら、永井は提供してくれるだろうか?ヒートの相手をさせろと言って来るんじゃないか?それをあの人信隆が許すとは思えない。そうなったら苦しむのは慶介だ。俺は・・・、何もしてやれない。」
「そーですねー」
「いっそ、永井と番になるように誘導すべきかと思ったのに、本多さんは『ニュートラルでいろ』って言うんだ。何なんだニュートラルって!警護は依頼主のアルファの従者になってはならないし、オメガに惑わされてはならない。って。俺はただ、慶介に、・・・慶介が困ることが無いようにと配慮しているだけなのに。俺は慶介に惑わされてるか?」
「えーえー、惑わされてると思いますよ、に。」
「そういうんじゃなくて、」
「友達ごっこで必要もないのに、頭ナデナデして、こっそり項の匂い嗅いで、気分は恋人ですかー?」
「2回しか嗅いでない!」
「2回もやれば十分だよ!」

 箸がすすんでいない酒田に、食えと促し板倉が喋る。

「ただ、まぁ、ヒート中に腹痛になるのは問題だよな。それが運命の番のせいだとするなら、解決方法は2つ。永井に頼るか?別の相手と番うか?ーー別の相手と番ってしまえば、腹痛もさすがになくなるだろ。・・・お前さ、期待したいなら、そういう顔をしろよ。『別にボクはそんな事考えてませんケド?』みたいな顔すんな。キショいな。」

 そんな顔してない。普通だ。と反論したいが、口の中の米を飛ばすわけにはいかないので、睨むにとどめる。

「本多が、すんなり永井を番にすりゃ解決する話なんだが?様子を見るに、照れ隠しで拒否ってるようには見えねぇしな。」


 その通りだ。
 家に帰ってきた慶介は、まず玄関の壁に一発、頭を打ち付け「クソッ」と悪態をつく。そして、シャワーを浴びて永井のフェロモンを洗い流す。
 酒田は慶介の脱ぎ捨てた制服と自分の制服を、永井対策のために購入したホームクリーニング機に入れて脱臭を重点的にする。

 そして、風呂から上がった慶介は、テレビ前の筋トレスペースで横になって寝る。自室のベッドで寝ろと声をかけたが「ここが良い」らしいのだ。ストレッチマットがあるから硬い床という訳では無いが、ストレッチポールを抱きまくらにして夕飯まで横になっている。
 夕飯後は授業ノートの確認に酒田のと自分のを見比べる。時々、フェロモンに気を取られて授業が聞けていないのだ。抜け部分は、酒田の記憶で出来る範囲で説明をして書き写す。

 こんなことなら抑制剤を強めれば良いのでは?と思ったが「慶介の薬は常用薬の中でも十分に強いものを使ってるからなぁ。追加分を常用すると、トラブルが起こった時に使える薬が減ってしまう」と、言われた。
 本多さんに任せていた薬関係を自分も把握しようと思った。


「まだ、オメガになって1年だ。しかも、性自認を変えろ、なんて強制されて。すぐに出来るものじゃない。ゆっくり慣れさせてやりたかった。」

 ある日、突然、常識をひっくり返されて、たった1つしか無い選択肢を選ばされてバース社会に連れてこられて、色んなものを捨てさせられた。

「俺たちだって、君は誤判定オメガでした。とか言われても困惑しか無い。バース社会で生きてきた俺たちですら困惑するのに、慶介は社会も常識も違うところから来たんだ。もっと困惑するに決まってる。なのに、それをだれにも頼れないんだ。慶介はベータの頃も孤独を耐えてきたのに、今も孤独なままだ。なんとかしてやりたいのに・・・、」
「友達ごっこも禁止されたし?」

 あの一件は堪えた。板倉は「友達ごっこ」と茶化すけど、酒田自身も慶介と友達みたいな気兼ねない距離感を一緒に楽しんでいた。
 距離感の指摘を受けた時、酒田は慶介と違って、それとなく匂わせた上での「警護に戻れ」だったからまだ耐えられるショックだったけど、突然言われた慶介は本当に辛かっただろう。あのときの慶介を思うと、今でも、本当に心臓に堪える。

「必要なのは分かるけど、警護の域を越えてるのもわかってるけど、・・・っ。」
「いや~、恋ッスね~。そんなんで警護ができるんですか~?」

 スン、と真面目な警護モードに入る酒田。

「それは大丈夫だ。」
「俺、お前のそういう所、尊敬してる。」

 ごみを1つにまとめながら、板倉は続ける。

「だからって、警護を辞めてアプローチをかけたくても、運命の番が現れたんじゃなぁ~。あの永井ですし?勝ち目ありませんし?挑む度胸もないですし?」

 ぐうの音も出ない。
 酒田は子供の頃から、あの永井に勝てた試しがない。永井が東京に行っていた中学の間、連絡をとったことなどないが、鍛えた筋肉と柔道の技のキレは格段に上がり、今では片手で捻り潰される実力差になった。それに、永井が現れなくても、やっぱり警護を降りるなんて事はできなかっただろう。
 板倉の指摘通り、度胸がない。


 確かにオメガが欲しいと思う気持ちはある。項を噛んで自分のものだけにしたいアルファの欲望もある。
 でも、手が届くかも知れないとチャンスに飛びつくよりも、警護の立場を選んだ。慶介が本当に欲しい物が友達だったから。

 結果的に、警護のままにしておいて良かったと思う。
 板倉の言う通り、酒田は永井に勝てない。でも、守るのは体だけじゃない、むしろ慶介みたいに体つきの頑丈な男は、心こそ守るべきだ。心さえ守れば体は自分で守れるかも知れない。

 もし、慶介が心から運命を受け入れたなら、誰よりも祝福する。

 だから、それまでは、例え運命の番であっても、慶介が決心するまで邪魔させない。ゆっくり、納得して、自分で選び取れるように、その時間を俺が守って作る。


 慶介はすぐ無理するし、隠すから。
 辛いのを我慢して飲み込む暗い顔はさせたくない。
 作り笑顔も見たくない。









***

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