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アプローチ
しおりを挟むフェロモンの慣らしが、やっと終わった。
慶介の精神的な何かを失い犠牲にして獲得した平穏だ。今日からは日常が始まるはずだ。そうでなければ困る。
陰鬱なような、晴れやかなような、両極端な気持ちが混在する心持ちで学校へ向かう。
永井に「インナーはいらなくなった」と告げると「じゃあ、アプローチかけても良いのか?」「放課後だけの縛りはおしまいか?」と、目を輝かせ、グイグイと迫って来る。
慶介の想像していた今日の光景が、明日来るはずだった平坦な毎日の姿にビシリッとヒビが入った。
アプローチはかけてほしくないし、
縛りがなくなったら何されるかわからないし、
放課後はとっとと部活に行って欲しい。
と、思った事が口には出なかったが、顔に出た。慶介の不機嫌を察知した酒田がフォローに入る。
「慣らしが終わったとは言ったが、過剰反応が起こる可能性は依然として高いままだ。だから、誘引フェロモンは絶対に使うなよ。アプローチは軽いものから様子を見ながらにしてくれ。」
どの程度なら良いんだ?と細かい確認をする永井と酒田を横目に授業の準備をする。
準備と言っても大したことない、教科書とノート、筆箱・・・の横に置く水なしで飲める追加の抑制剤。少しでも悪寒を感じたらすぐに飲むこと。不安ならいつでも飲んで良いが、常用する薬じゃない事は記憶に留めておくように。と景明に言われた。
今、一番頼りにしているのは景明だ。永井が現れてからの信隆は「学校に行かなくても良い」「オンライン授業を受けろ」ばかりで話にならない。水瀬は景明の仕事を代わりにしてて、今、絶賛、秘書やってますって感じ。酒田は頼りにはなるけど、何かどこか一歩引かれてて、ここぞという時に永井から守ってくれてないような気がする。
「わかった、じゃあ、ゆっくり口説くわ。な、慶介。初対面だからだめなんだろ?これからはもっと時間取れるし、俺のことを知ってくれ。」
ほら、永井をブロックしきらない。俺としてはシャットアウトして欲しかったのにな。
あと、お前、世間はお前をポジティブと評するかもしれないが、俺にとっては面倒くさいの塊だよ。
「一緒に昼飯食おうぜ!」
後ろから永井が抱きついてきてビックリする。
休憩時間も慶介の前にやってきて、ヤンキー座りでニコニコとしていたが、唐突に、それよりも近すぎる距離で永井のフェロモンを受けて慶介はフニャフニャと体から力が抜けてしまった。「おっと」と一言。永井は崩れ落ちる慶介を難なく持ち上げ、スルスルと一瞬のうちに前抱きで抱え直していた。
「ははっ、俺の匂いで腰砕けになっちゃった?」
「・・・・・・・・・は?」
その腕の確かな力強さと、あまりの早業に、文句を言う暇もない。いや、文句がそのものが出てこない。いつもより見開いた目が現状を理解できないみたいに右に左に揺れている。
二拍三拍、と間を置いて永井の体温が移ってくるのに気づいて、バッと体を突き放す。しかし、柔道部だからだろうか、服の袖をガシッと掴まれて思ったほど距離をとれなかった。
「き、急に、抱きつくな!ーーってか、離せよ!」
「ふふっ、可愛い。猫パンチみたい。」
胸や腹をドスドスと殴りたいのだが、服の袖を掴まれたままなので上手いこと力を逃されている。
こうなりゃ足を踏んでやる!と思ったところで酒田が間に割って入ってくれた。
「そこまでだ、永井。俺たちはキッチンカーの予約してあるから、選ぶなら1人で行ってこいよ。」
その後も、トイレに行けば帰りを待ち伏せされて、壁ドンされた至近距離で「どこ行ったかと思った」とささやかれるう。永井の甘い声にウットリとして、その唇に目が惹きつけられて見つめてしまう。
あごクイされて今にも触れ合いそうな距離まで接近した唇を、親指でなぞられて、
「こんなとこではヤらねぇよ。初めてのキスはちゃんとしたいからな。」
と、言う永井の一言で、正気に戻り突き飛ばすが、サッと避けられて、後を追いながら「違うから!」「勘違いすんな!」と文句を言うが、その手はちゃっかり手繋ぎをされていて、教室に戻って初めて気づいて手を振りほどく。
部活動に行く前にはこめかみに「行ってきます」とキスされた。これには酒田も怒り、永井の脇腹にフックを入れて蹌踉めかせていた。
お茶会はなくなったが、永井がいる以上、自習室はやはり慶介の聖域だ。
部活終わりの永井は強烈だ。体から湯気が立つように、フェロモンが見えそうなくらい濃く感じる。
その状態で「あとは帰るだけ何だから良いだろ?」と後ろから羽交い締めにされて項の匂いを嗅がれてしまった。
心臓が激しく脈打ち、ゾクゾクと性的興奮が高まり震えた。尻の穴がジュワっと滴りそうなくらい濡れて溢れそうになる。慌てて穴を閉めると連動した腹の中がキュンと感じて、誘惑フェロモンを放出しそうになった。
「ーーぁ、ダメっ、離してっ、ぅ・・・~~!」
へたり込んだ慶介に酒田が制服を被せて、永井の胸ぐらを掴み凄む。
「永井ッ!!いい加減にしろよ。慶介が学校に来れなくなっても良いのかッ?!」
先が思いやられる慣らし後の初日だった。
確認しておきたかった誘引フェロモンの実験をすることになった。慶介の自宅に呼ぶわけにもいかないので、学校のヒートシェルターを借りた。
景明の監督の元、今日は、挨拶程度から少し悪意をもってナンパする程度までを試す。
景明が永井をいつでも取り押さえられるよう、酒田は慶介が疑似ヒートに入ったらすぐに緊急抑制剤が打てるよう、スタンバイして、実験開始。
永井が慶介の手を取りキスをすると、ジワリといつもより濃い甘い匂いが広がる。
「俺の運命、番になってください。」
「やだよ。誰がなるか。」
永井のフェロモンだとしても、これくらいなら軽くいなせる。べっと舌をちょっと出して拒絶の意志を固める。
フェロモンの存在を知るキッカケになった以前の一件を思い出した。永井のフェロモンを知った今は、なぜあんな誘引フェロモンに反応してしまったのか分からないくらいだ。だからこそフェロモン過剰反応だったんだろう。
「早く、その唇にキスがしたい。」
「手にキスして我慢してろ。」
少し強められた誘引フェロモンで、いつものフェロモンとの違いを実感する。さっきのが気を引くための舌打ちだとするなら、今は口笛で呼ばれている。気のせいだと無視する事ができず、明らかに自分に向けられている呼びかけに気が取られる。
手にキスしてろ。と言ったので永井はチュチュと遠慮なくやりまくる。それが少しずつエロく誘うように見せつけられて、下半身がピクリと反応してしまう。
「もう少し強めるぞ?・・・どう?俺的に20%くらいなんだけど。」
慶介の顔が赤く染まり、鼻息は荒い。Tシャツの裾を引っ張り、完全に勃ったソコを隠そうとしている。
「ーーくそ、なんで!?・・・なんで、俺だけ!」
慶介は、3人の男に囲まれて自分ひとり、性欲を煽られ勃起して興奮しているこの状況が情けなくなって、悪態をついた。
「俺だって、いつもお前のフェロモンに惑わされそうになってるぜ。慶介のフェロモンは甘い。口に入れていつまでも舐めていたいような、とびきりに甘い匂いだ。」
「・・・そうなん?・・・俺の匂い、イイ匂い?」
「ああ。今すぐ、お前を連れ帰りたいよ。」
永井は4段階目の実験、悪意を持ってナンパに使うレベルの誘引フェロモンを出した。
すると、慶介の様子がおかしくなる。手を振り払い、胸と腹のあたりの服を絞るように握りしめ、なるべく息をしないようにしながら体をこわばらせる。ハッ、ハッ、と浅い息をしながら耐えていたがついに堪えられなくなり、限界を告げる。
「ーーストップ!も、やめ!止めて!!・・・うぐー・・・」
永井は、実験の終了か?とアイコンタクトをとると、景明は首を横にふる。実験は継続だ。段階を上げないよう、誘引フェロモンを出し続ける。
危機感を感じた慶介は、誘引フェロモンから逃げるために物理的に離れようと椅子から立ち上がるが、その手を永井が捕らえる。
腕を掴まれた事が快感としてビリビリと全身に響き、床に崩れ落ちた。
「んあぁっ!だめ!いらない!もういらない!」
最後の抵抗として掴まれた手を振り払い、引っ張り、爪を立てて剥がそうとするが、その力はとても弱い。
涙で潤んだ瞳が永井を見上げて、瓦解一歩手前の理性で歯を食いしばるが、頬は上気して口元は緩んでしまっている。
「はぁ、かわいい・・・俺のオメガ・・・。」
「お前のじゃないっ、お前の匂いなんて、いらないっ。離せ、あっちいけ。もう、いらない、もういらねぇのっ、・・・いらないって言ってるのにぃ・・・、言わせんなよぉ!」
と、半泣きになりながらも、慶介は誘惑フェロモンを返さず、疑似ヒートにも入らなかった。でも、踏みとどまれたのは、かなりギリギリのところなので、今後も誘引フェロモンは禁止だ。
実験終了の合図で誘引フェロモンを引っ込めた永井の手が緩むと慶介はすかさず逃げ出す。それをまた永井が追いかけ捕まえると、慶介は腕を振りほどこうとジタバタと暴れて喚いた。
「う、うぅ~、番なんてならねぇもん~~ッ!!」
「わかったわかった、落ち着け。暴れるなって。あー、ホント、可愛いな。噛みてぇ~。」
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