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慣らし・R

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 景明と水瀬の監督の元でフェロモンの慣らしを行う。誘引フェロモンの拒否の仕方をおさらいしてから、チャック付きの密閉袋から永井の服を取り出した。

 もう、それだけでダメだった。完全に、即、発情状態に陥った。抑制剤という盾のない状態で脳がダイレクトにフェロモンを受けて、ホワイトアウトした。


 翌日、慶介の誘惑フェロモンはヤバかった。と水瀬が教えてくれた。

 端的に言えば、正気を失って疑似ヒートに入った。ということらしいが、慶介が放出した誘惑フェロモンは、薬を飲んでいた2人でも誘惑されそうになるほどの濃いフェロモンだった、と言った。オメガがヒート中の誘惑フェロモンを悪用したアタックにも対応も可能な薬だったというのに。耐えられた理由は慶介が誘惑で誘おうとしていたのが「永井」だったからだ。
 そして、そのフェロモンを察知した信隆が威圧フェロモンを出したので、酒田と重岡は部屋の中でガクブルと震えたらしい。しかも、その威圧は朝方まで続いた、とか。


 おかげ、いや、そのせいで今日の送迎は重岡ではなく水瀬だ。寝不足の重岡は危ないということらしい。

 下駄箱から待ち受けていた永井、すかさず酒田が間に入って、力なく頼み込んだ。

「永井、今日は問題を起こさないでくれ。俺が万全じゃないんだ。明日も明後日も慶介と学校で会いたいだろ?だから、今日も、頼む。」
「・・・まぁ、わかった。でも、放課後はいいんだよな?」
「昨日よりは長い時間取れるはずだ。」


 インナーを使った慣らしの効果は十分に出ていた。
 追加の薬を弱いものに変えたが、同じ教室内にいてもゾクゾクとする危うい予感も、症状も出ない。時折、フェロモンにうっとりと浸ってしまうことはあっても、誘惑フェロモンを出してしまうようなことはなさそうだ。
 フェロモンの存在を自覚したときのほうが薬の副作用の嘔吐感があった分しんどかった。

 今日の授業中は弱い抑制剤で乗り越え、放課後は永井と接触があるため、強めの薬を飲んだ。


 昨日に引き続き、カウンセリングルーム。
 永井に、手にキスの挨拶をされたあと、その手を離して貰えないまま会話が続けられた。
 昨日よりも近い距離で、永井が事前に仕入れた情報についてより突っ込んだ質問を受けていた。
 猫より犬が好きな理由は山口の家の犬が懐いてくれたからで他の犬が好きな訳では無い、とか。うっかりこぼした山口という名前に、昔の友達で詳しくは話せないと正直に答えたちゃったり。米よりパスタが好きだけど、カルボナーラとペペロンチーノは名店シリーズのソースが好きで、ミートソースは自分で作るの方がウマいと思ってる、酒田もウマいって言ってくれた、と言ってしまったり。自分にも作って欲しいと頼まれて、家にお招きはできないけど、タッパに詰めて持ってくるくらいなら。と、うっかり昼飯を一緒に食べる約束をしてしまったり・・・フェロモンの匂いに気を取られて、やや迂闊なことばかりしでかしたが、ギリセーフ・・・かな?


 帰り際、また服を脱ぎだしたので、昨日、借りた服を渡す。

「カーディガンでも良かったんだけど、インナーのお陰で慣らしは進んだと思う。助かったよ、ありがとう。」

 今日はインナーを受け取っても、理性が溶けることはない。やはり、フェロモンの慣らしは進んでいる。

「俺も、慶介のフェロモンが欲しい。」
「え?やっぱ、永井も薬切れたら過剰反応になんの?」
「いや、ちがーー、その、っ・・・」

 よく分からないが、何となく、既視感がある光景だ。ヘルプが欲しくて振り向いて酒田を見るとバツの悪そうな顔をしていた。そして、思い出した。

 夜のオカズに使いたい。と、そういうことか。

「アホかッ!こっちはガチに深刻なんだよ!」

 水瀬と景明を足して2で割ったような、美しく完璧に鍛え上げられた腹筋になるだけ力を込めてパンチした。


 初日は即ホワイトアウトで、一切の記憶がない。今日こそは!と挑むが、やはり全然ダメ。
 袋のチャックを開けた瞬間から慶介の体は発情を起こして誘惑フェロモンを放つ。白とピンクの靄の中で幸せな気分に浸り、何をしていたとかは全く覚えていない。

 3日目の挑戦でついに記憶が残った。だが、精神的ダメージは大きい。
 発情状態で誘惑フェロモンを放ちながら、慶介は情欲の波に飲まれ、監督をしている2人の存在もすっかり忘れて自身を慰める。前を扱き、後ろに指を入れ、気持ちよさに喘ぎ、脳が見せる幻の永井に名前を呼び、好意を伝え、触ってと訴え、誘う姿を見せつけ、達する快感を求めて貪欲に追いかけた。フェロモンの慣らしは進んだが、慶介は一日でも早く終わらせたいと強く思った。

 決意の現れか、ついに誘惑フェロモンを抑える事ができた。
 慶介は、体の内側から膨れ上がる感情を否定し続ける。運命の番なんて知らない。このフェロモンは不利益ばかりを押し付けてくる。慶介を檻に閉じ込めようとする敵だ。と、甘い幻想ばかり見せようとする脳と闘った。それでも慶介の理性を嗤うように性欲を煽られた体は、些細な刺激に激しく反応しフェロモンに負けて自慰に耽る。そして熱を放ってから我に返り、悔しさと恥を重ねた。

 誘惑フェロモンを抑えることができた成功体験を胸に、意気込みは良かったが、この日は精神的に落ち込んだ。
 誘惑フェロモンも性的興奮もほとんど起こらなかったが、慶介はボロボロと涙を流して、泣き言を言った。慶介の理性とは真逆の言葉ばかりが口からこぼれた。「なんでフェロモンだけなん」「永井がいない」「さびしい」「すき」「あいたい」しまいには、監督している景明に「抱きしめて」と言うくせに匂いが違う!と怒り、最終的に永井のインナーで口元を覆った状態で景明に抱かれて眠った。
 翌日、慶介は「違うから。あれはフェロモンのせいで、俺の本心とかじゃないから。ホント、違うから」と言い訳をした。


 放課後。メンタルまで削られ、連日の慣らしで寝不足だった慶介に、永井がスルッと目元を撫でながら言った。

「慶介、目のクマすげーな。その顔もそそられるけど、ちゃんと休めよ。」

 慶介はたったそれだけで胸がキュンとして、離れる永井の手を掴み、すりすりと頬を寄せ、匂いを嗅ぎ、トロンと放心した。
 おもむろに、永井の股間に顔をうずめようとする慶介を酒田が慌てて引き離すと「うぅ~~」と半泣きになって酒田に抱きついた。次は永井が酒田から引き剥がす。

 警護アルファと婚活アルファの殺伐とした相談の結果、永井の膝の上抱っこに落ち着く。
 慶介は永井の首筋に顔をうずめて眠る。その慶介を永井がうっとりとしながら眺める。しかし、髪に手をのばしたり、項の匂いを嗅ぐ素振りを見せるだけで、酒田が顔面めがけて、輪ゴムを指鉄砲で飛ばしてくる。


 眠り込んだ慶介が起きたのは、部活動も片付けの準備を始める頃。
 すっかり正気に戻った慶介は永井に抱き抱えられた状態に対して、

「おい。なんで、こんな事になってんだよ。」
「可愛かった。」

 半ギレで永井を睨んだが、永井はニヤニヤしながら抱きかかえた腕にこっそりと力を込めた。コイツっ!と引き千切ってやろうかという気持ちで爪をたてるが腕は解けない。苛立ちが貯まり、理不尽だと解っているのに矛先を酒田に向けた。

「警護のくせに何させてんだ!!酒田ぁ!」

 酒田が一歩踏み出ただけで、降参とハンズアップされる。開放されて苛立ちが解消される反面、離れた温もりが寂しくてすがりたくなり、慶介は理性と乖離する心と体が腹立たしくて仕方なかった。


 だが、それを機に慣らしは格段に進む。

 薬が切れた状態でも体の症状は出なくなり、理性を保つ事ができるようになった。「通常の抑制剤だけで十分だろう」と景明からOKを貰い、フェロモンの慣らしは終了した。







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