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婚約話

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 本多の家の住人たちは休日の朝も早い。日課のランニングは欠かさないし、朝の弱い重岡も8時過ぎに起きる。土曜日の朝で一番遅いのは慶介だ。

 時計の針は10時15分前。
 シパシパする目を擦りながら入ったリビングに見慣れない姿を見つけた。

「おはよう。起きるの遅いね。」
「お、おはようございます。・・・金曜はジムに行くから、その疲れで・・・。」

 スーツ姿の信隆がいた。
 ノートパソコンとB4サイズのタブレット、スマホが2台、それらが信隆の前にあり仕事なのだと理解した。


 コーヒーメーカーに3人分の粉を入れて、スイッチを入れてから、充電しておいたスマートウォッチを腕に着けて現在の状態を『起床』に切り替える。パンを焼いている内に、起床の通知を見た重岡がやってきて、コーヒーが沸き次第、慶介の席まで持ってきてくれる。そのタイミングでみんなの予定や今どこにいるのかを教えてくれるのだ。
 今、景明と酒田は月に1度か2度ある手合わせに道場行って、水瀬は会社じゃないけど仕事中だそうだ。

「重岡さんは仕事じゃないんですか?その服、外行きの仕事着ですよね?」
「え?ええ、まぁ。仕事は仕事ですが、外には行きません。信隆さんから指示があった件が完了したのでその報告を。」

 重岡の視線がパソコンの機器に向かうので、信隆は会社の仕事をしていたのではないようだ。
 慶介が入れたコーヒーが信隆にも出された。慶介の食後の二杯目のコーヒーが無くなってしまった。と、内心しょぼんとすると「お出したのは僕の分だから残ってるよ」と苦笑いされた。
 俺、そんなに顔に出てた?


 景明たちが返ってくると、リビングは会議室に早変わり、朝のダラダラ感が緊張感で引き締まる。

 指示があった件とは、本家の3男の事だった。
 警護に関わるアルファの会議だと思って自室に行こうとすると、信隆に「君の話だ、座りなさい」と言われた。
 重岡から本家の3男の経歴と人となりの説明がある。本家当主からみて孫に当たる3男は次期当主の3人兄弟の3番目のアルファのようだ。
 上の2人はいづれは当主になるべく競わせ、教育をされ、長男が継ぐと決着がついたらしい。次男はすべての結婚話を蹴って長男の補佐につくと決めたようだ。少し年下だった3男はその競争に入ることもなく補佐の役目が決まっていたが、不本意だったようで大学に行ってから一人暮らしを始めたり、大学内でもバース社会から反れた行動をとるなど、少し勝手をするようになった。

「3男はベータ女性と交際中だとわかりました。3男は上手く隠蔽していましたが、女の方から確証が取れました。」

 慶介が見ていたタブレットの画面が遠隔操作され、SNSのスクリーンショットが表示された。「アタシの彼ピ♡」のコメントと供に3男の寝顔と一緒に撮った女の自撮り写真がアップされている。女の顔は隠しているのに3男はモロ出しだ。「彼氏アピールなら寝顔もスタンプで隠してやれよ」と慶介は思った。

「3男の隠蔽はかなり徹底していました。電話やメール、一般的なSNSのアドレスを交換しておらず、大学での接触も他のベータと同じ扱いで。基本的なやり取りは消えるトークアプリでやっているので、僕も女のサブ垢を見つけるまで物証を得られませんでした。」

 やや興奮気味に重岡が自身の戦績を語りだした。要するに女のサブ垢を見つけるのに苦労したという話だ。
 景明が手をあげて、重岡を止めた。

「本家が3男のこの件を把握しているか?については不明だ。元より本家でも3男は期待されとらん。大学卒業後はきっちりしてくれれば良い、くらいの扱いで、婚約話も分家に周知されてなかった。俺から話を聞いた東京と九州から『あの3男にやるくらいならウチから打診する』と言われて釣書を渡された。」
「釣書は放置しろ。ーーともかく、本家の末の婚約を潰すネタは出来た。重岡、良くやった。本家には僕から話をしに行く。・・・だが、兄が言ったように3男を退けても婚約話はいくらでも転がり込んでくる。」

 居住まいを正して信隆が言う。

「慶介の結婚の条件が知りたい。ーー僕からの条件は2つ。1つ、僕が原因の遺恨が残る家は駄目だ。2つ、それに関係して北海道に嫁に行くのも出来れば止めて欲しい。僕は北海道に行けないから何かあった時、手が出しにくい。」

 条件と言われても、そんなの考えたことがないから全然出てこない。北海道が駄目だというなら、慶介的には関西が良い。ここから離れたくない。

 ーーそれは、どうして?

 とてつもない不安が襲ってきた。

 ・・・あと何年だ?
 居心地の良いこの家にあと何年いられるのだ?
 ここにいる皆は慶介のために集められた。
 バース社会に不慣れな慶介をフォローするために。
 バース社会に慣れてしまえば彼らはいなくなってしまうのか?
 婚約話は彼らにどう影響する?
 現状を維持したいなら婚約はしたほうが良いのか?しないほうが良いのか?
 婚約したら、・・・変わってしまうのか?
 

「よく、わかんないけど、関西がいい、かな。」

 慶介は乾いた口で答えた。

「急に言われて出てくるものでもないか・・・。オメガの補佐を入れたいところだが、そうすると酒田がいられなくなるんだったな。ーーコレがそんなに重要なのか?」
「ああ、重要だ。今、慶介から酒田を取り上げたら殻に籠もって心を開いてくれなくなるぞーー」

 大事なものを取り上げられる寸前だったのか、と慶介は肝が冷えた。ハッとして酒田を見た。酒田は姿勢良く座ったまま動揺は見えない。「お前、コレ呼ばわりされて怒らないのか?」と思いながら表情を伺うと、酒田が良くする、僅かに口角を上げた微笑みを返された。

「ーーそうなれば、それはそれで扱いやすいが、そうなれば俺は降りるからな。物言わぬお人形オメガを俺は好かん!」
「はぁー、オメガが入れられないなら、花嫁修業は僕がするしかないか。4月から大阪勤務に戻るのは確定だな。」

 ついに実の父親と同居か。と思うと同時に、あの一番狭いゲストルームにこの人が入るのか?と思うと想像出来なかった。

「ゲストルームは狭いから、そこの仕事部屋にしている部屋を僕の部屋に出来る様に空けといてくれ。」
「ーー重岡、すまんが3月中に頼むわ。」
「はい。」

 狭い部屋で仕事をする重岡は想像出来た。








***

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