【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

文字の大きさ
上 下
19 / 102

大文化祭

しおりを挟む
*酒田視点です。
ーーーーーー



「なんで俺にだけカツラがあるんだよ?!」

 文化祭直前、短縮授業で準備は最後の大詰め。
 ヒートで居なかった間にどれほど作業が進んだのか楽しみにしていた慶介を、衣裳チームの出した衣裳が裏切る。

「女装やんっ!いやや。化粧なんてしない。もうテンション下がる。男オメガの衣裳あったじゃん?あれは?!」
「作ってみたけど、毛色があってなくてやめる事になったんだ。ーー見てみるか?」

 教室の空気は白けムードだ。慶介と酒田がやっているやり取りはもう1週間前に他の男オメガと散々した2度めのやり取りなのだから。
 慶介が嫌がるのも想定済みで、あらかじめ着替えてもらっていた男オメガにお出まし願う。

「な?ちょっとあってないだろ?他の男オメガも同じの着るからーー」
「他の奴ら170ないじゃん、おれ180やぞ?悪目立ちするやんけ!」
「だから、せめて長身の美人に化粧しようって言ってるんだよ。」
「それがヤダって言ってんだよ!!」

 やだやだ言ったってどうしようもない。他の男オメガで短髪の子もカツラを付けるから、と説得され慶介の納得は得られないまま、強引に衣装合わせは行われた。
 化粧中、ふてくさる慶介に、アルファの衣裳を見せた。途端、カッケ~!!と、目を輝かせ、みんなを褒め称えた。慶介が着る衣裳のサイズ合わせは酒田で確認済みなので、大した問題はなかった。
 一応、場を執り成せただろうか。
 実はまだ、アルファ衣裳の仕上げが終わっていなくて、クラス総出で作業中。と聞けば慶介はせっせと手伝いを始めた。


 大文化祭は2泊3日。東京で行われる。

 大阪校のスケジュールはこう、前日の昼に新幹線で移動。会場で準備という名の前夜祭があり、ホテルに宿泊。当日は9時開会、17時閉会、その後20時まで後夜祭がある。3日目は後始末をして昼頃に新幹線で大阪に移動。学校で解散。

 酒田の心配点はホテルだ。
 ホテルでは、アルファはオメガの部屋のフロアに入ることができない。医師が常駐し、警護が出入り口をがっちり監視する。
 オメガは全員1人部屋なので引き籠もってくれればいいが、他のオメガに誘われてパジャマパーティでもされてしまえば慶介のベータ育ちが露呈してしまうかも知れない。
 僅かな安心材料はその警護を本多さんの会社が請け負っているので、景明と水瀬がいる。
 あと、本多さんは慶介の保護者として入場出来るので、当日は警護を途中で抜けて見に来る予定だ。


「はぁ~、ここにいるのが全員、アルファとオメガだと思うと壮観だなぁ~。」

 新幹線の半分が貸し切りだ、と聞いた慶介が感嘆のため息を吐くが、

「こぉの、アホ!・・・ベータみたいな事言うな・・・っ!」

 慶介の発言を聞いた近くのやつが、何言ってるんだ?みたいな顔をしている。
 少し離れたところで慶介を叱りつけた。

 アルファとオメガは産まれた頃からバース社会の柵の中だけで育つ。幼稚園も小学校も中学校も、全部バース性だけが入れる学園グループの私立の学校に通う。バース性が未確定の小さいうちは家と学校をドアtoドア。ベータでよくある、近所の公園で遊ぶ~!みたいなことは無い。
 公園で遊ぶ時は、自然公園という入場料が必要な公園にわざわざ遊びに行く。小学校低学年までは家と学校しか知らないくらいだ。小3で「街を知ろう」という授業で初めて外歩きをする子もいるくらいなのだ。だから、特に引きこもりがちなオメガのために中学校までは月1で課外活動があった。
 だから、バース性が団体行動をとるのは当然珍しい事ではない。慶介の発言はまさに、団体移動するバース性を外から見るベータの反応そのものだった。

 その後も、移動途中にある土産物屋に反応したり、10台並ぶ輸送バスにまた、圧巻~!とか言う。
 移動中は「規律正しくよそ見や無駄口を叩かない」を子どものころから徹底されているバース性たちから浮くようなことを繰り返した。
 酒田はベータ社会の勉強の足りなさに肩を落とした。だが、後から考えると、この慶介の行動は現実逃避だったのかも知れない。

 準備兼前夜祭は野外ステージで生徒個人の出し物、ダンスやミュージックライブ、漫才コントがある。芸能人のゲストを招く事もあり、今年は有名らしいミュージシャンが超絶技巧のギター演奏をして大盛りあがりだった。


 いざ当日。
 会場で衣裳に着替えた慶介は、化粧から逃げた。

 自販機の陰に隠れてしゃがみ込む。

「・・・お前は行けよ。俺、もうトイレに引き籠もってるから。」
「そんなん出来るわけないだろ・・・」

 なんで、こういうトラブルを当日の直前に起こすかなぁ?と、酒田は頭を抱える。
 学校で化粧も含めて衣装合わせはしている。化粧をすれば男顔は隠せたし、長身の慶介はモデルスタイルで、カツラも用意したことからデザイン画に最も近い見栄えになった。イメージ通り、よく似合ってる。と高評価だったが・・・

「・・・おれもそっちがよかった・・・。」

 体育座りでスマホを握る指先が白く力が籠もる。

(・・・そうだよな、いくら似合ってるって言われても、本人が嫌なら・・・)

「制服に着替えるか?」
「・・・・・・いいのか?」
「ああ、集合写真だけ撮ったら、俺も一緒に制服に戻るよ。もし三位以内に入賞しても表彰式には出られないけど、元より貢献してないんだからいいだろ?」

 パッと期待で上げた顔が、再び俯向き暗い顔をする。

(・・・迷ってるなぁ。好きにして良いのに。・・・他の男オメガから聞いたんだろ?男オメガの衣裳は最初から削られる予定だったって。男オメガを黙らせるためにわざわざテイストの違う衣裳の試作を作ったって言うんだから、タチが悪いよな。・・・お前がアルファの衣裳気に入ってるの知ってるよ。学校のことを話すなって、禁止されてるのに谷口と山口に写真送って自慢してたのも気づいてるからな。次はゆるさないぞー・・・。・・・はあーぁ、我慢、するんだろうなぁ。)

「・・・やっぱ、スペース、戻る・・・。」

 ベータの家にいた頃の様な、そんな顔しないで欲しい。逃げちゃ駄目だなんて、誰も言っていないのにどうして戻るんだろう。やっぱ我慢することに慣れてんのかなぁ。

「そうか。・・・なぁ、慶介。」

 面倒そうに目線だけ合わせる慶介。

「俺だけは知ってるから。・・・お前が本当はアルファと同じ衣裳が着たくて、女装が嫌で、化粧が嫌で、でも嫌なの我慢して、みんなのために我慢するのを知ってるから。・・・俺だけは、分かってるから。」

 慶介の目に涙が滲んだ。鼻をすすり、泣きそうなのを誤魔化すから、気づかないフリをしておこう。
 酒田は手を差し伸べず、慶介の心が整い立ち上がるまでたっぷり待った。立ち上がった慶介は出会った頃の固い表情をしていた。


 戻った慶介は「いっそガッツリメイクして」と言って、女子たちが「病み系メイク」と呼ぶ化粧をすると、沈んだ表情が色っぽく強調されて目が合うとドキッとするような美人になった。
 想像以上の仕上がりに盛り上がり始める女子たちが「胸にタオルを詰めて完璧にしよう?」と言い出した。NOと言えない慶介に代わり酒田はストップをかけた。


 その後、慶介は殊更明るく振る舞った。

 背景セット前の写真撮影のポージングもノリノリで応じて、いつも2人行動をしていた俺たちだが、この時の慶介は他のオメガらと集団行動をとり「飛び抜けてデカい女は実は男オメガの女装」という悪目立ちをあえてしてウケを取っていた。模擬店を回っている間も、女に間違えられると「あらぁ~、アタシ、男オメガよぉ!失礼しちゃうわ!」とオネェ言葉で返し、投票ヨロシクね☆と宣伝までしていた。

 誰の目にも、慶介は、文化祭を満喫しているように見えただろう。みんな、慶介が女装を気に入って機嫌が良くなったと思っているのだろう。
 それくらい慶介の作り笑顔は自然体だった。酒田も夏のプールを知らなければ、慶介の笑顔に騙されていただろう。現に、昼休憩で警護から抜けてきた本多さんと水瀬も、慶介の女装の仕上がりを褒め、トラブルなく楽しめているようで良かった。と言って、作り笑顔に騙されていた。

 やっと、閉会式。
 ウチのクラスが「テーマにそぐわないとして入賞を逃したものの、奇をてらったモチーフのインパクトだけに甘えることのない高い完成度でした。特にアルファの衣裳は手間をかけたことがうかがえる最も高いクオリティでした。」と、功労賞で表彰された時だけは、慶介も本当の笑顔を見せて喜んでいた。


 閉会後、早く着替えたいだろう、と声をかけたが、慶介は断り衣裳のまま後夜祭に出た。

「着替えて良いんだぞ?」
「このあと、仕事終わりの社会人が来るんだろ?時間がない社会人は賞を取ったクラスの衣裳だけ見に来るはずだから。」

 その判断は正しく、賞を貰ったことで見物人は増え、長身の女装オメガを見に来る人も多かった。


 慶介は、ホテルでも、帰りの新幹線でも繕った笑顔を剥がすことなく、楽しげに振る舞い続けた。
 文化祭終了の達成感に満ちた浮ついたムードのみんなに「お先~!」と言って早めに切り上げて、学校に送迎にきた重岡の車に乗った。
 その途端、深く重い溜息をついて貼り付けた笑顔を捨てて、怒りと諦観の暗い顔を見せた。
 重岡が当惑していた。
 それも車の中だけで、家に戻る頃には普段どおりの顔を作った。これに重岡はますます当惑してオロオロとしていた。


 酒田は自分の胸の内に収めるかどうか迷ったが、本多さん達と溝が出来るのは良くないと思い、慶介の気持ちや文化祭での行動、トラブルを報告した。


 結果、ウチでは文化祭の話題は禁止になった。








***

    
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

処理中です...