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9 リッチ討伐

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 ディランから借りた武器と装備の慣らしをするため、1人で街の外に出てきた。

 数ヶ月、牢に入れられていたせいで訛った体はウォーミングアップだけでも息が上がった。


 あの日は、毎朝の鍛錬をするために俺と父は着替えと準備を澄ませたところだった。
 荒々しく叩かれたドアを開ければ、騎士たちがドカドカと家に上がり込んできて「王からの喚問である」の一言で囚人馬車に入れられて王都へ連れて行かれた。
 最初は、父と2人きりで使用人の部屋だと思われる小部屋に足枷つきで監禁された。
 何もわからないまま、何の情報も得られないまま、1ヶ月、2ヶ月と過ぎて、唐突に父だけが連れて行かれて帰ってこなかった。
 1週間ほど経って、部屋から出された俺はまた囚人馬車に乗せられて、いかにもな石造りの監獄に収容された。
 そして、俺の足枷は鉄球の重りから壁に繋がれた鎖にかわった以外に変化はなく、飯を運ばれる以外に物音のしない牢に1人放置され、1ヶ月ほど過ぎた時、唐突に「恩赦により釈放である」と言われた。
 俺は恩赦で追放される2日前まで、反逆罪で投獄されていたことも、父がもう2週間も前に処刑で死んでいた事も知らなかった。


 ディランから借りた剣は刃渡り60cmの比較的短めの剣なのに、それでも一振りするたびに腕や肩に重さがズシッと疲労として溜まっていく。踏み出す足はもたつくし、踏み込むとグラつく。体幹もぶれて背中の筋肉が痙攣している。戦闘の勘は抜けていないのに、筋力の低下で頭で思っている結果に体が付いてこない。

──これでは、子どもの運動会でいいところ見せようと空回ってコケるお父さんになってしまう。

 焦る気持ちを落ち着けて、体が出来る範囲を冷静に見定め「今はまだコレくらい」と認識の微調整を繰り返した。


 だいぶ体の動きが滑らかになって、スケルトンを叩き折るイメージも出来た頃合い、俺の練習場所を突き止めたらしいディランが現れた。

「手合わせするか?」
「いや、確認は終わった。むしろ買い物に行きたい。」

 体の装備はベルトで調整が出来たが、靴と膝当てと手袋はサイズを合わせる必要を感じた。

 ディランに案内され、駆け出し冒険者が買うような安物を購入した。ちゃんとした装備は次の街で買う方がいいと言われたからだ。

「お、肉の串焼きあるぞ? 食うか?」
「・・・奢りなら。」
「食え食え、肉つけろ。思いの外、痩せててビビったわ。」

 ついさっき、鍛錬後に軽く水拭きしようと服を脱いだら、ディランが「あばら浮いてんじゃねぇか!?」と驚かれたのだ。
 まぁ、ここぞとばかりに肌を撫でてセクハラしてきたのでみぞおちに拳を入れてやったが。

「投獄されてる間はまともな飯じゃなかったからな。でも、筋力については、奥の手があるから心配しなくていい。」
「奥の手?」
「身体強化魔法だ。体のあちこちに魔具の媒体を埋め込んでるんだ。」
「うげぇ・・・」
「皮膚硬化魔法に鉄のプレートと、筋肉強化魔法にアラクネの糸を・・・どこに入れたか覚えてないくらいに入れた。」

 俺は体に入れた媒体を示して説明したが、アラクネの糸は大きい筋肉だけじゃなく、手の甲や指、足の裏とか、不足を感じるたびに入れてしまったから本当に覚えていない。

「うぇ・・・魔物素材入れてんのか・・・戦闘狂かよ・・・」
「ハハハ、師匠はそうだったな。治癒魔法が使える修行僧だったんだ。」
「修行僧って教会の反対勢力のアレだろ? 『魔力を高めれば肉体を捨て精霊に昇華できる』とか言ってる頭がおかしい連中。昔、そう言って魔物の血とか魔石砕いて飲んでる奴がいたけど、結局死んだぞ。」

 それは死ぬわ。と、俺も顔をしかめた。
 生き物には魔素を貯めるか循環させるための臓器があって、生まれつき許容量が決まっている。酒が飲める量が肝臓で決まっているのと一緒だ。
 回復薬なんかも意味なく飲みすぎると急性アルコール中毒のように急性魔素中毒で死ぬ。

「師匠は精霊になれることは信じていなかったけど、洗礼式を受けなくても加護魔法はつかえるようになると信じていたよ。」
「その師匠は加護魔法、使えたのか?」
「正直、わからない。魔道具も媒体もなく治癒魔法を使っていたけど、俺みたいに体に埋め込んでる場合は見た目じゃわからないし。」
「へぇ、疑うねぇ。」
「俺に師匠を紹介した父自身から『盲信するな』と忠告されてたんだ。実際、戦闘とサバイバル以外の知識はめちゃくちゃな人だった。」

 懐かしくも思い出すだけで血の気が引く過酷な修行を、頭を振って追い払った。

「師匠を頼ろうとは思わないのか?」
「俺は、師匠に見限られた。『もうお前に教える事はない』とか意味深なこと言われて、俺も、もう一人前だとか褒められるか? と思ったら『限界が見えた。所詮はCランク止まりであろう』って、ある日突然、終了宣告された。・・・まぁ、事実だった。Cランクに上がった時のキマイラも用意周到に準備をして、罠に嵌めまくってようやく倒せた。俺自身の力で倒したとは言い難い。」
「小細工だとしても、それも実力の内だと思うぜ?」

 ディランの言葉は慰めではなく本心からの意見に感じた。俺も、別に悲観しているわけではない。一騎当千の英雄を目指してるわけでもないし、国中で引っ張りだこにされる勇者にもなりたくない。

 父のように騎士として出仕しながら小さな領地を少しでも豊かになるように治め、同じ男爵位の令嬢を妻に迎えて、領民からは頼れる領主、子どもからは尊敬される父になりたい。そして、爵位と豊かになった領地を子どもに託せたらいいな、と、そんな将来を想像していた。


 前世のような無意味な人生を繰り返すまいと、目標を定めて努力してきた。

(でも、もう、爵位も領地もなくなった。)

 失ってしまった目標を自覚した今、俺の胸に迫りくる感覚は『空虚』だ。

 今までは、何も知らされず放置され、何もわからないまま追放されて、目の前に迫る問題を解決するだけで精一杯だった。

 でも、もう、何もかもがどうでも良くなってくる。

 見上げた空の青さに心が動くこともない。悲しみで涙が流れることもない。本当は自分の命だってどうでもいい。この命、今すぐ終わらせたって構わない。

 だけど、死なずに済む方法を知っているから本能はそうしてしまう。つい、抱えてしまった子どもたちもいるし、仕方なく色々と頑張ってはいるけど、正直なところ、託せる相手がいるなら手放したいと思っている。

 ヒュッと目元に突きつけられた串焼きの串に、俺の本能が回避行動をとった。

「おお、ちゃんと動けるねぇ。どうしたアイザック、鍛錬だけでお疲れかー? 討伐中はシャンとしてくれよー。」

 中断された思考の続きを考えるのはやめておいた。きっと、それは無意味なことだろうから。



 リッチ討伐を終えた俺は、赤子の夜の世話をカトリーヌに頼みディランの部屋にお邪魔した。

 いかがわしい理由などではない。
 ただただ、疲れたのだ。


 アンデッドリッチの討伐は事前の計画通りに運び、討伐に成功した。なんだったら、楽な討伐だったと言ってもいい。

 ただし、だ。

 墓地に着いた俺たちはリッチの前に躍り出て戦闘が始まる。
 ディランはリッチを挑発して火の魔法を使うように誘い、俺は邪魔してくるスケルトンを叩き割ってディランを援護した。

 ここで想定外のことが起こった。

 火の粉を撒くまでスケルトンに命令を出さないだろうと思っていたリッチが、魔力に余力がある内に突撃命令を出したのだ。しかも、リッチの周りに控えていたスケルトンだけではなく、墓地全体のスケルトンが大挙して襲ってきた。

 一応、雑魚は俺という役割だったので、俺はディランを庇ってスケルトンのヘイトを集めた。すると、スケルトン共は集団全体の総意として俺を潰そうとしてきたのである。

 剣を振るう隙間もないほどに群がってくるスケルトンに俺は慌てた。
 使う予定のなかった皮膚硬化魔法を発動させ拳で骨を叩き折り、隙間を作り逃げ出し、その後は四方八方から襲ってくるスケルトンをひたすらに叩き割って、捕まらないように逃げ回った。
 ディランがリッチの火の魔法を避けながら魔力を消費させている間、俺は、逃げる・叩く・逃げる・叩く・振り返って薙ぎ払うを繰り返し、まるで休み無しのシャトルランを走り続ける羽目になった。

 本当に・・・何度、戦線を離脱してやろうかと思ったことか。

 ディランがリッチを倒せば命令のなくなったスケルトンは少しずつ瓦解して、目的もなく徘徊するスケルトンに戻っていった。
 余裕綽々のディランが迎えに来たとき、俺は地面に倒れ込んで喉をヒューヒュー鳴らして、息苦しさに口をパクパクさせて喘いでいた。
 汗だくで、泥だらけになって、湧き上がる怒りは息切れで言葉にならず、この世界では通じないけどディランに向けて中指を立てた。
 それをディランは「なんだそれ」と笑った。


 当初、想定していたものとはかけ離れた討伐は、はからずも、報酬を全部貰う俺がそれ相応に疲れる討伐内容になった。
 カトリーヌは赤子の世話をもとより引き受けるつもりだったと言ってくれたので、俺はディランが取った部屋で、ディランを床に蹴り落としてベッドを占拠して眠った。




 翌日、筋肉痛で動けない俺を労ってディランが子どもたちを外に連れ出してくれた。
 俺は赤子と2人でお留守番、というかお休みだ。

 赤子はベッドの上でハイハイの練習なのか、手足を突っ張るような四つん這いや仰け反ったりをして、疲れると泣く。でも今日の俺は筋肉痛なので抱っこは短時間だけだ。
 しかし、暇になるとしがみついてきて抱っこを要求されるので、俺はショッピングモールのキッズ・ベビー・玩具部門で仕事をしていた時の知識を活かして即席の玩具を作った。

 コップを2つとノズの実を使ったガラガラと、空き箱にオシメの布を結んで繋げたティッシュ箱もどきだ。
 刺激に飢えていた赤子は俺の作ったおもちゃで夢中になって遊び、最終的にはティッシュ箱にしていた木箱にガラガラを入れて、ガタガタ揺らして音を鳴らす遊びを作り出していた。

 最初は「目が離せない」だったのが、いつの間にか「ずっと見ていて飽きない」になり、前世の童謡を歌って手遊びをしたり、筋肉痛なのに高い高いなどのアクロバットな遊びまで提供して「おもわず、お休みを満喫した。」と、思っていたが、休日を満喫したのは俺だけではなかった。

 帰ってきたダミアンとステファンは晴れやかな笑顔で「久しぶりに野原を走り回ったよ!」と喜びを表し、カトリーヌですら「パンと水だけだったけど、外でする食事は格別だったわ。」と報告してきた。

(ああ、ずっと牢の中だったもんな・・・)

 俺は子どもたちの事を考えているようで考えていなかったことを突きつけられて愕然とし、今後は子どもたちの心のケアもちゃんとしなければ、と己の至らなさを反省した。


 ディランに奢ってもらったご飯を食べたダミアンは、部屋に戻りベッドに転がった直後に寝落ちした。
 一応、寝る前は体を拭くのたが、今日だけは免除してやろう。

 カトリーヌが体を拭う間は部屋に入れないので、俺とステファンは外の洗濯場で水をかぶって体を洗う。

「ステファン、ずっと留守番ばかりさせて、外に出る自由を奪っていたことに気づいてなかった。すまない。・・・今後は外に遊びに行く時間を、なんとか作るよ。」
「大丈夫です。アイザックさんが僕らのために色々してくれているのわかっています。僕たちこそ、足手まといになってごめんなさい。見捨てないでいてくれてありがとうございます。」
「あぁ、ステファン・・・。君、良い子すぎるだろ。少しくらいワガママ言ったって良いんだぞ?」
「じゃぁ・・・」

 ステファンの健気さに胸打たれた俺は、ステファンの髪を拭きながらステファンの言葉を待った。


「・・・僕・・・お父様たちが、処刑された理由が知りたいです。」








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