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5 ギルドカード再発行
しおりを挟む赤子の名前はウィルフレッド=ダールデン、俺の従兄の子ども──従甥に当たる子だということがわかった。
俺は乳母から赤子のお世話の仕方を教えてもらい、必要なものは全て物資に含まれていて本当に助かった。
兵士の一人が次の街まで同行してくれて、俺は幸先の良いスタートを再開できたと思っていたのだが・・・
「ギルドカードの再発行に大銀貨2枚ですってっ!?」
カトリーヌがイラッとするようなキンキン声で叫んだ。
街に着いた俺は、親切で安い宿をとったあと冒険者ギルドに仕事を探しに行ったところで、冒険者ギルドの登録カードを持っていないことを受け付けに指摘された。
ギルドカードの再発行はランクによって金額が変わる。それこそ駆け出しのFランクなら一日飯を我慢すれば済む大銅貨程度、一般的な冒険者のEランクDランクは銀貨1枚か2枚だ。
紛失すれば痛手を喰らうと覚えさせる程度の罰金がわりなのだが、俺のCランクが再発行するには大銀貨が2枚も必要なのだと言われてしまったのだ。
大銀貨1枚とは大人が1ヶ月働く給金と同じくらいの価値である。
なので大銀貨2枚というのは、一般的な平民家庭の2ヶ月分の生活費でもある。乗り合い馬車を使って移動すれば目的地の半分くらいまで進める金額が、カード一枚でパァになると聞けば憤慨するのも分かる。
(今から王都に戻ってギルドカードだけでも返して欲しいって言いたい。たぶん、返してもらえないけどさ。)
恩情の騎士から頂いた金は大銀貨2枚と銀貨2枚と銅貨がちょっと。
ギルドカードを再発行すれば今日明日を生きるための金がなくなり、俺が冒険者として稼がなければ目的地には絶対にたどり着けない。
俺たちの旅は出だしで再び躓いた。
「わ、わかったわ。まずは再発行しましょう。それで貴方が大銀貨2枚分を稼げばいいのよ。」
「簡単に言うなっ。大銀貨なんて、貴族からの指名依頼か、よほどの強敵の討伐でなければもらえるような金額じゃない。それも十分な装備を備えてこそ出来る討伐だ。シャツ一枚とナイフ一本でマッドベアと戦えってか? 死ぬっつーの。」
「なら、いくら稼げるのよ?」
「好調に稼げたとしても、1週間で銀貨2枚ってところだな。」
シャツ一枚とナイフ一本で出来る仕事なら、1週間で銀貨2枚が最大値だろう。
1週間の宿代と食事代で最低でも銀貨1枚と大銅貨5枚が消える。1ヶ月に銀貨8枚を稼いでも出費があるので銀貨2枚が貯まれば上出来、という計算になる。
これに俺の装備を整える出費や赤子のミルク代やどこにあるか分からない保育所の料金、病気や怪我のアクシデントに備えた予備費の確保。貴族らしい格好の俺たちは旅装も整えないといけない。
(──旅装はいま着ている服を売れば何とかなるかもしれない。でも、問題は宿だ。今日のところは宿に泊まったけど、このレベルの宿に泊まり続ける金銭的余裕はない。早く決断しないと・・・)
ギルドカード再発行の金額で頭真っ白になっていたショック状態から回復して、ジワジワと焦燥感が募り、ガリガリと頭をかく。
(ギルドカード再発行して貧民街に住みながら金を貯めてから港町ポテンテを目指すか? そもそも、この街は冒険者が稼げる街なのか? ──単価のいい魔物がいる地域に行くべきでは? そのためには装備を整えないと。──いやいや、港町ポテンテに行くのが目的なのだから護衛依頼に食い込んで強行するほうが良いんじゃ? ──待て、子連れで強行なんて本当に出来るのか? ふーー、ダメだ。一旦、落ち着こう、ヤケになるのが一番いけない。良く考えれば、護衛依頼が都合よくあるとも限らないのだから、金銭の余裕は持つべきだな。であれば、まずは金を稼ぐことを考えよう。)
俺はオシメとミルクを用意し、ステファンに赤子の世話のやり方を復習確認して任せ、カトリーヌには古着屋に貴族の服を売って金に変えてこいと言いつけて、再び冒険者ギルドに走った。
1つの妙案というか、思いついたことがあったのだ。
「一旦、脱退して再登録でFランクからやり直すっていうのアリ?」
再発行の罰金が高いのなら、ランクを捨ててやり直そうと思ったのだ。
冒険者ギルドは偽名は許可されていても、特殊な事情がない限り重複登録は禁止されている。家名を失って名前が変わったから、別人ですよ~というていで新たに登録することが出来ないのだ。
「それは、素材の買い取りだけでもしてもらおうってことですよね? ご存知でしょうけど、冒険者ギルドの買い取りは手数料込みで買い叩きますよ?」
「解体屋は・・・?」
「この街の解体屋は提携契約が基本ですから、特別な素材でなければ持ち込みは拒否されます。」
「ですよねー。ギルドの買い取りと喧嘩しないように、街の解体屋が地元密着Eランクと提携するのはどこも一緒か。」
「それに、君、護衛依頼を受けながら南を目指すって言ってませんでした? Fランクからやり直しすると護衛依頼は受けられませんよ?」
「あぁ~っ! そうだったー・・・」
ガクンと落とした頭がカウンターにぶつかって地味に痛い。
だが、大銀貨2枚の出費を何とかしないとどうにもならないのだ。
「あのー、犯罪者ってことで、Dランクに降格処分してもらったりできませんか? それから再発行したら銀貨で済みますよね?」
「恩赦されたんだから元犯罪者ですよ。しかも、反逆罪でしょう? 冒険者ギルドは政治的影響を受けないのが信条ですよ? ・・・まぁ、一応、ギルド長に聞いてきてあげますけど、期待しないでくださいね。」
さほど待たされず、まさかのギルド長がおいでなすった。
ギルド長がギルドカード再発行のクレーム対応に出向いてくるとはフットワークの軽い人だ。
でも、見るからに堅物って感じの印象で、その口から出てくる言葉もルールに準じた形式張ったものだった。
「駄目だ。特例は認められない。」
「そんな・・・、あの、ホント、無一文で、差し迫って金がないんです。カードだって没収されて・・・」
「そんな奴はごまんといる。野盗に身ぐるみ剥がされたようなものだろう。罰金が払えないなら2年放置してEランク降格処分を待て。それから再発行すれば良い。今すぐ金がほしいなら日雇い労働をしろ。」
御尤もな意見だ、と俺は項垂れた。
金を稼ぐだけなら、手段はなにも冒険者家業でなくて良い。
港町ポテンテに行きたいから、冒険者として護衛依頼で金を稼ぎつつ移動できる一石二鳥がやりたかった。
普通の人らしく、真っ当に日雇いなんかで稼いで金を貯めて、乗り合い馬車で移動して、また日雇いで稼いで・・・と、地道に働けばいいだけのこと。
ただ、そうなると港町ポテンテに着くのはいつになるやら、だ。
(本当に港町を目指すべきなのか?)
俺の中で迷いが出てきた。
カトリーヌの教養の高さを活かすために港町を目指せと言われたが、カトリーヌ以外は港町に行くメリットが特に無い。赤子はともかく、兄弟も俺も元々住んでいた領地に戻って、元使用人たちを頼って平民と同じ様に生きるほうが楽なのでは? と普通に思ってしまうのだ。
(迷うのが一番良くない。早く、決めないと・・・)
夕飯のパンとミルクを買って宿に戻ると、宿の女将が赤子を抱きながら憤怒の顔で仁王立ちして待ち構えていた。
「あんたッ! 子どもに赤ん坊のお世話をさせるなんて、何考えてんだいッ! お世話の仕方を知ってるならともかく、赤ん坊を抱くのも初めてだって言うじゃないかッ!!」
「ひぃっ、す、すいません・・・っ!」
「訳アリだって言うからッ! 特別に1部屋で5人を認めてあげたってのに、赤ん坊の泣き声でこっちは大迷惑だよッ! 恩を仇で返すつもりかいッ?!」
「も、申し訳ありません・・・俺も赤ん坊の世話は初めてで・・・」
「わからないってんなら聞きゃぁ良いだろう! 子育ては1人でするもんじゃないんだよ!」
「・・・教えて、いただけるんですか・・・?」
「ああ、もちろんさ。ただし、タダで。って訳にはいかないよ。」
もう一泊の宿代とスープを4人分注文させられて、食事をしながら女将は街の子育てシステムを教えてくれた。
前世のように公的な幼稚園や託児所があるわけではなく、地区ごとに子持ちの親同士で子どもを預け合ったり、子守りをしてくれる婆さんなんかが託児所のように機能しているらしく、俺たちのような地域に根ざしていない人は労働市場に行って「子守りやってます」という一時預かり先を見つければ良いらしい。女将いわく、料金もそれほど高くないそうだ。
子育て経験者に預けられる安堵感はあれど、やはり出費が痛い。
ますます金の問題を早急に決断しなければ、と思った矢先、俺はカトリーヌが服を売った代金をちょろまかそうとしたことに気づいてブチ切れた。
「私もマナー講師として働けるわ。そのために少しはまともな服が必要なのよ。」
俺が怒鳴る姿に兄弟はすくみあがっていたが、カトリーヌは極めて冷静に、一応は道理にかなった主張をした。あまりに大人な対応をされたものだから、俺も大人の対応をするべく「何かするなら、相談してからしてくれ。」と怒りを鎮めるしかなかった。
夜は子守りを大失敗して自信喪失したステファンを励まして、留守番で退屈だったと訴える体力の余っているダミアンを憎たらしく思いながら寝かしつけ、やっとダミアンが寝たと思えば、無常にも赤子が泣く。
赤子はミルクやオシメだけでなく、特に理由がなくても泣くので「頼むから、考え事に集中させてくれッ!」と心で叫びつつ、ひたすら抱っこを続けた。
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