秘めやかな色欲

おもち

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朝まで抱き締めあった身体が熱い。


暇があれば彼のことを考えてしまう程には、心も身体も黒田一色で塗りつぶされてしまった。

それは何とも心地よく、幸福感に包み込まれている様なものである。

「...」

好きな人のために取っておいたファーストキスも、あんな形であれ彼に奪われたこと

神経質な俺が他人と寝ること

約束をしてデートをしたこと

外の世界で男の人と手を繋いだこと

家族以外の誰かと暮らすこと

好きな人から、指輪を貰ったこと

彼に出会えたこと


俺にとっては、全てが奇跡だった。

淡く煌めく毎日に、ドキドキしながらときめいた。

この世の全てから相手にされなくても
後ろ指をさされるような存在であっても
周りから嫌われていても

俺の人生には彼さえ居てくれれば、それでいい。

他には何もいらない。

もう俺は

彼がいない世界では生きていけないのだから。

ただ彼だけを思って、これからも...ーーー。




「あ、あの...碓氷先生...」

「...君は...」

廊下の窓際で外を眺めていると、ある日保健室で出会った桜井と言う女子生徒に声を掛けられた。

何やら顔を赤くして、腕を後ろに回したまま目を伏せている。

「...どうしたんだ、顔が赤い。熱でもあるんじゃないか」

心配になって軽くかがみながら彼女の顔を覗き込んだ。

「っ...、ぁ、私...」

大袈裟に震える身体に疑問を抱きながら首を傾げる。

「...?」

「こ、これ...!」

ずいっ、と差し出された手には綺麗に個包装されたクッキーの袋が握られていた。

「5時間目が調理実習で、作ったんです...先生に、食べて貰いたくて...。ぁ...でも要らなかったら遠慮なく捨ててください...っ」

「...これを俺に...?」

静かに頷く彼女の耳は真っ赤に染まり、微かに手が震えていた。

一瞬何が起こったのか分からなかったが、自分のために作ってくれたことに気付くと、何だか妙に擽ったい。


「...ありがとう、...嬉しいよ」

「わ...っ、笑うんですね...」

彼女の手からクッキーを受け取れば、桜井は驚いた様に目を丸くした。

「そりゃあ俺だって人間だからな、笑うだろ」

「......カッコイイ...」

「え?」

幻聴か?



「碓氷先生~!やっと見つけた~!」

「はぁ、はぁ...先生、これ!」

突然騒がしくなる一帯に眉を顰める。

そこまで親しい人物はこの学校に居ないはずだが...。

渋々振り返ると、吉野を含めたいつもの4人が笑顔で駆け寄って来た。

「何だ貴様らぞろぞろと。廊下を走るんじゃない」

「すんません...!3時間目調理実習でフィナンシェ作ったから、碓氷先生にあげようと思ってたんです」

島崎、川上、佐川がぽんぽんと無遠慮にお菓子の袋を押し付けるものだから、一気に思考がショートしてしまう。

教員生活において、今までこんなこと無かったんだが...?

「先生、俺からも...」

母性を擽る笑顔を浮かべた吉野も、手の上にそっとラッピングされたフィナンシェを乗せた。

撫でて欲しいのか、うずうずした様子を見て自然と頭に手が伸びる。

「ありがとう、大事に食べる」

なでなで

「先生すき...」


あまりにもナチュラルに吉野の頭を撫でたからだろう。
男3人が一気に俺へ詰め寄って、声を荒らげた。

「「「俺も...!!」」」

「あ゛?」

「ついでに腋見せて下さ痛い痛いっ!ごめんなさい!」

島崎の頬を思い切り抓る。


..........。


「分かったから、そんな目で見るな。順番だ、一列に並べ」

目を輝かせる男共の圧に押し負け、渋々横一列に並べた俺は、順番に頭を撫でてやった。

「もうこれでいいだろう、油を売ってないでさっさと...」

「「「先生~♡」」」

撫でられたのをいいことに、顔面を緩ませながら俺の身体を抱き寄せようとする3人は、一斉に手を伸ばす。

「わっ...!」

両手が塞がっている以上手を払うことも出来ず、吉野が俺の前に身体を差し込んだと同時に後ろへと倒れ込んだ。



あ、あれ...?

痛みが来ることを予想していた俺は目をギュッと瞑ったが、身体はふわりと香る大好きな匂いに包み込まれていた。


「...あまり碓氷先生にベタベタ触らないでくれる?オレ、こう見えてかなり嫉妬深いんだから」

「...!」

桜井の赤い顔をより真っ赤に染め上げた張本人は続け様に口にした。

「碓氷先生に触るの禁止」
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