秘めやかな色欲

245

｢シンくん？そこでコソコソと何をしている？｣

光悦に声を掛けられた進は、俺を睨み付けた後に静かに振り向いた。

｢...碓氷さんに挨拶を...。頭、お時間です...｣

｢ん、そうだね。椿、一緒に観光出来そうだったら連絡してよ｣

｢やだ、絶対しない｣

｢えーしてよー｣｢しませーん｣、と後ろではしゃぐ32歳児を横目に、先程よりも距離を詰めた目の前の男は髪の隙間から覗く青い目をこれでもかと言うほど光らせている。

｢は...こんなのを愛玩してるあいつ黒田も相当好き者だな...｣

｢シンくん、行くよー｣

｢はい、ただいま｣

わざとらしく肩をぶつけてきた進は、何事も無かったかのように光悦の元へ駆け寄り、タクシーに乗り込んだ。




..........む、ムカつく～...っ！！

俺だけのことならまだしも、あいつって椿さんのことだろ！？

椿さんのことまで悪く言われるのは心外だ...！


｢鏡夜、オレたちもお昼に...って、どうかした...？｣

｢いや、なんでもない。椿さんは何食べたい？｣

...いかんいかん、せっかくここまで来たのだから楽しまなくては。
どうせこれから進に会うことは無いだろうし、さっさと忘れちまおう。


｢んー...、鏡夜かな...｣

｢っ...ば、ばか...♡｣


生徒や保護者、教員に見られる心配もないのだから、ここにいる間は、しっかり羽目を外すぞ...！





黒田と昼食を済ませてから修学旅行のプランに含まれている複数の神社に足を運ぶ。

｢椿さんって京都来たことある？｣

｢ないよ。ずっと来てみたいと思っていたんだけど、1人で来ても楽しく無いかなって｣

案内板に沿って整備された道を進んでいくと、目前に現れた建物に黒田は｢おー｣と声を漏らした。


｢金閣寺って、本当にピカピカなんだね｣

｢ああ、金閣寺だからな。今日は天気がいいから、眩しい...｣

ギラギラと輝く太陽の光が金閣寺に反射して目を覆いたくなる。

｢確かに...目が痛いね。あ、鏡夜見て見て、池にも寺が写ってるよ｣

｢ん？ほんとだ。この池、鏡湖池きょうこちって言うらしい...浄土世界の七宝の池を模して作られたとかなんとか。姫神先生に1時間くらい話聞かされて地獄だったわ｣

｢あはは、あの人は歴史オタクだもんね｣


青々と広がる空さえ鮮明に映す池は、名前の通り本物の鏡のようだった。

観光客がこぞって写真を撮る中、黒田もスマホを取り出して内カメに変更する。

あれ、これって...

｢鏡夜、写真一緒に撮ろっか｣

｢！...う、うん｣

完全に恋人同士のデートだ...！

思い返してみれば黒田と写真を撮ったことは1度もない。

｢はい、撮るよー｣

家に帰ったらプリントアウトして、リビングに飾って、俺のスマホにも送って貰って...一生の宝物にしよう。


｢うん...綺麗に撮れてる。...写真でも凄く可愛いな...｣


写真を撮った彼がスマホの中の俺を愛しそうに見つめ、小さい声で笑う。

いやいやいや

可愛いのはどっちだよ...、あんたの方だろ...！
なんだその幸せ～♡って顔は...！

｢鏡夜の写真、ずっと欲しかったから嬉し...。大切にしよ...｣

｢はうっ...｣

｢鏡夜...！？｣

心臓を抑えた俺を心配する黒田が眉尻を下げる。

｢大丈夫？少し休もうか｣

体調が悪いんじゃない。

この甘過ぎる現実に胸がときめいて、目眩がしたんだ。

そう口にした俺を見て、彼はまた綺麗に笑った。