秘めやかな色欲

おもち

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「ご馳走様でした。凄く美味しかったです...夕食を誰かと食べるのなんて何年ぶりだろ」

彼は、俺と黒田と夕食をする中でよく笑って、よく喋った。
それは学校での姿とは程遠い。

ただひたすらに楽しそうで、いつもの大人びた姿は夢だったのではないかと思う程に、無邪気だった。


「吉野くんだって、1人で食事をしたくない日もあるだろうからね。またいつでもおいで」

警戒していた黒田も、俺のことを恋愛対象として見ていないことが分かれば、すっかり気を許したらしく、気さくに吉野と会話を交えている。

「父さん、好き」

「ありがとう。吉野くん、お茶は?」

「...いや、夜も遅いしそろそろ帰る準備しないと...」


そう言いながら寂し気に食器を下げる吉野を見ると、男には無いはずの母性すら溢れてきそうだった。

「家の電気つけてくればよかった...」

どうにかして孤独を紛らわせてやりたい。

「暗い家に帰るのって寂しいですよね...」

なんだか妙にわざとらしいが、しゅん、と肩を落とす姿を見ただけで心臓を鷲掴みされるのは、どうやら黒田も同じだったようだ。


「吉野くん、今日は楽しかった?」

完全に我が子を心配する父親の目で吉野のことを見ている。

俺は、食器を洗いながら黒田の声に耳を傾けた。


喫茶店で聞いた話が頭を過ぎるのだろう。
吉野の顔を覗き込みながら、穏やかな声で囁く彼の優しさに思わず胸がときめいた。


「はい...楽しかったです」

「そっか」

吉野の黒田を見上げる姿は雨の日に捨てられた子犬そのものだった。
身体はやけに小さく見えて、か細い声が喉から出る様は再び俺の母性を擽る。

「椿さん...、今日は吉野を...」


「泊まってく?」

真っ先にそう提案した黒田に、俺も吉野も軽く目を見開いた。

俺が意地でも今日は一緒に居てあげようと頼み込む前に、黒田は口にしたのだ。



「いや...でも、迷惑になるし...」

「歳が近くて頼りないかもしれないが、オレでよければ沢山甘えていいんだよ」

つ、椿さん...!!
なんて優しいんだ、こんな彼女が隣に居るなんて鼻高々...。
しかも彼女のはずなのに、めちゃくちゃパパの顔してるじゃねぇか...。

「ほんとに?」

目を輝かせ黒田に飛び付いた吉野は、嬉しそうに足をパタパタと動かした。

「学校の人には内緒だよ」

ソファーに倒れ込む黒田が頭を強打し、片手で抑えていると、吉野はちゅっ、と音を立てながら彼の頬にキスを...



「っておい吉野てめぇ...!今椿さんにキスしたろ...!」

「はい」

「...んでキスしてんだ...っ、返せ!」

「返せ、とは。家族はキスするって聞いたんすけど」

いや、だとしても...実際には違うし椿さんは俺の彼女だし...。

ジト目で吉野を睨み付けていると、彼は照れた様に笑った。

「ごめんなさい...、こんな父親が欲しかったから...嬉しくてつい...」

ぐ、ぬぬ...。

その無邪気な笑顔と本当に嬉しそうな姿を目の当たりにすれば、怒る気すら失せてしまう。


「だめ!...椿さんにキスするの禁止!」

「わかりました。寝る前と起きてからだけにします」

「おい、そう言う問題じゃねぇぞ」



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