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しおりを挟む黒田と光悦がテラスで酒を飲みながら話している中、俺と菫は少し離れた場所で並んで座っていた。
「あのね...私、鏡夜さんに伝えたいことがあったの」
光悦が買ってきた花火セットに手を伸ばし、ススキ花火に火をつけた菫が、小さく呟く。
「...椿は、貴方と一緒に過ごせてとても幸せみたい。凄く、安心した...」
「....」
バルコニーの縁に上品に座り、先から出るピンク色の火花に視線を落とす彼女の横顔は、とても穏やかだった。
談笑する黒田と光悦に視線を送れば、その視線に気付いた黒田が軽く手を振ってくる。
「...椿は私が傍に居ても駄目だった、光ちゃんが傍に居ても駄目だった。感情を殺して、笑顔すら見せなくなった椿を見る度、自分の無力さを痛感して辛かったの。
椿の妹として生まれて来なければ、椿のことを生涯愛せる女で居られたのにって、何度も思った」
あんなによく笑う彼に、笑わない日々があったことが未だに信じられなくて。
菫の姿が自分と似ていたことにも驚いた。
男に生まれて来なければ、と恋愛観で悩んだ自分に。
「だけど...例え私の恋が叶わなかったとしても、今の椿に愛する人がいて、幸せに暮らしてくれていればそれで十分なの」
目の前で儚く散っていく火花。
夏の空に舞い上がる煙が、風に吹かれて静かに揺らめいた。
「鏡夜さん...椿にかけられた悪い魔法を解いてくれて、本当にありがとう」
こちらを向いた彼女は、そう言いながら涙を零した。
ギュッと拳を握り込み、履いていたサンダルに視線を落としてから
「いや......俺は、何もしていない」
彼女の頬に指を滑らせる。
冷たい涙を優しく拭い、菫にしか聞こえない声で、言葉を吐き出した。
「ずっと、自分を殺し続けてきた人生だった」
俺は真っ暗な夜の中でしか生きられない。
星の輝きや月の光なんかも届かない、冷たい闇夜の中なら、己の存在に幻滅しないから。
夜なら、男を誘惑する大胆な自分にも、生娘のように恥ずかしがる純粋な自分にもなれた。
例え幾度となく男に抱かれた身体であっても
例え汚れた身体であっても
夜が本当の俺を隠してくれる。
「鏡夜さん...?」
早く夜が来ることを願う自分と
朝なんか二度と来ないで欲しいと祈る自分に
「日の下を歩いていいと、手を差し伸べてくれたのは椿さんなんだ」
彼と過ごす中で、自分を隠す必要なんてないのだと知った。
身体に付けられた痕や、彼の背中に残した引っ掻き傷は勿論、大好きな彼の存在を夜は隠してしまう。
彼と過ごすようになって、早く朝がくることを願う様になったのは
「きっと、俺が悪い魔法にかかっていたんだろうな...」
「ふふ、お互い様だったのね...」
ボソリと呟き、Tシャツの上から心臓を抑えた俺は、線香花火に手を伸ばした。
「だから...もう男同士だからと言ってとやかく言うつもりはないの。最初にした無礼な言動は謝罪させてもらいたい...ごめんなさい」
「あ、いや...全然大丈夫...!こっちこそ、驚かせてごめん」
足下に落ちる線香花火の火玉が鮮やかなオレンジから黒へと変わっていく。
「ありがとう...鏡夜さんって優しいね...。私、貴方たちを見てこう言う恋愛観もあるんだなって思って」
菫がまたしてもススキ花火を掴んだ。
その姿がやけに靱やかで美しい。
「うん...」
軽やかな動作で火をつけ、花火見る彼女に目を奪われていると、彼女がこちらを上目遣いで見つめてきた。
「ぼーいずらぶ、と言うものに着手したわ」
ぼーいず、らぶ...?
「正直あまりハマらなかったのだけれど、攻×攻のジャンルが凄く良くて...あっ、分からないかしら...?そうね、どっちも男役を譲らない光ちゃんと椿みたいな感じ」
「は、はぁ...」
「今度漫画本貸すから、是非語り合いましょ。光×椿について」
「え?」
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