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しおりを挟む「きっとどんな人物に出会っても彼女以上に本気になれる人は居ないと思っていたし、二度と己の存在に落胆したくなかったから、 独りで生きてくと決めたんだ。それなのに」
俯いた彼が、小さく声を漏らす。
「見てしまったんだよ」
「...?」
ソファーから立ち上がり、カウンター越しに俺の顔を覗き込んだ黒田は、穏やかな表情を浮かべていた。
「ここからは社会人の話。3年前の3月...、咲き始めた桜が雨に打たれ春雷さえ轟いていた日に、オレは3-Aの教室で1人佇む君の姿を見たんだ」
「俺を...?」
その日のことはよく覚えている。
前日までの暖かな陽気が嘘のように、酷い天気だった。
自分は、生徒に対して言った言葉を後々に後悔しながらも、決して親しくせず、優しくしない。
生徒のためを思っての行動は、勿論好かれるものではなかった。
それでも社会に出れば、嫌な人物と付き合っていかなければならない場面も、理不尽に厳しいことを言われて腹が立つ場面も出てくるだろう。
そんな場面に出会しても、碓氷の理不尽さやウザさに比べたらマシだな、と思って貰えるような、乗り越えられるべき対象であり続けたいと常々感じていた自分が
「そう...教卓に手を着いて、教室中を見ながら涙を流す君をね」
初めて3年間受け持ったクラスを
卒業させた日のことだ。
「接点が特になかったオレは、他の先生から「怖くて、冷たくて、つまらない人間」って言う評判しか聞いていなかったから、ああ、この碓氷と言う男は見た目通りの人間なんだろうな、と思ってた」
彼が目を細めて笑う。
「でも、あの日泣いている君の姿を見て
きっとこの人は、誰よりも生徒との別れを惜しんで、誰よりも生徒のことを考えているんだって直感的に感じた。人を見た目で判断しないように生きていたはずの自分が、いつしか...外見やタイプに囚われていたことに気付いたんだ」
黒田の指が俺の頬を優しく包み、身を乗り出した後にキスを落とされる。
ペンダントライトの柔らかな灯りで彼の頭髪やルビーのような瞳は、キラキラと煌めいた。
「桜が雨風で舞う中、生徒たちを思いながら涙を流し、春雷で輝く君を見た時...こんなにも美しくて儚いものがあるのだと知った...」
「な...、なんだよ...それ...」
まさかあんな現場を見られているとは誰も思うまい。
鍋が沸騰していることにも気付かず、頬を赤く染める。
「それからは君のことばかりを目で追ってしまうし、表情を表に出さない君の泣いている姿を思い出しては、抱き締めてあげたくなった。その時は自分のセクシャリティを本気で疑ったよ...」
苦笑を零しながら身を離した黒田は、真っ赤に染まる俺の頭を優しく撫でる。
「じゃあ、...ずっと...俺のことが好きだったのか...?」
「んー...、最初から明確な好意があったわけじゃない。
興味があったんだ。友達になりたかった、って言うのかな...?だから、話しかけるタイミングを伺っていたのは本当。そして運良く酔っ払った君がオレに絡み酒してきたから、そのまま持って帰ったんだよ」
「なっ...」
人生の過ちを掘り返され、メンタルが抉られる。
「君と初めて身体を繋げた日、ベッドの上ではやけに積極的だったのに...その表情はどこか悲しげで、翌朝は酷く素っ気なかった。
しかも、オレとのセックスは1回だけ、と言っておきながら東條と言う男には何度も抱かせていることには流石に腹がたってね...。独りで生きていくと言う信念すらも捻じ曲げて君をモノにしようと決意したんだ。その意味、わかる...?」
「...、...?」
恥ずかしさで彼の顔が見れない。
こちらに歩み寄った黒田は、赤くなる俺の腰を抱き寄せながら甘い声で囁く。
「この先、君以外の人間を愛するつもりはないと言うことだよ」
その言葉が彼から発せられた時、酷く高揚したからこそ
「だから君が、オレの過去に嫉妬する必要は...」
自ら
「っ...!」
彼の唇にキスをした。
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