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「吉野...いつまでそうして突っ立ってるつもりだ?」
「...」
教室の中に響く自分の声。
黒板の前にぼっ立ちする吉野という男子生徒は、チョークを握ったままで動こうともしない。
数式を解くだけだ。
分からないのであれば俺に聞けばいいものを...聞きもしないし、書きもしない。
時間は刻一刻と過ぎるばかりで、俺の機嫌を伺うように生徒達の視線が飛び交っている。
彼も居心地の悪さを感じているのだろう。
指先が白くなる程、チョークを強く握り、長いまつ毛を伏せていた。
結局予鈴が鳴るまで何もしなかった彼に呆れ果て、大きなため息を吐く。
「もういい、戻れ。今日出来なかったところは明日進めていく。授業の冒頭で配った宿題は忘れずにやってくるように」
授業終わりの挨拶が済み、休み時間に入ろうとする生徒達の中から名指しで吉野を呼び付けた。
「教材持つの手伝ってくれ」
「...はい」
不服そうな顔。
全く、最近の若者は...扱いが難しい。
俺ほどではないんだろうが、こいつも絶対プライド高いだろ...。
彼に教材を持たせ、廊下を一緒に歩く。
「先生、こんにちは~」
「こんにちは」
行き交う生徒に挨拶を返し、少し後ろを歩く吉野に視線を投げかければ、彼はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「......さっきの問題、分かんなかったか」
「あー...まあ、そっすね...」
「吉野、君は授業に集中してないのバレバレなんだよ...。この前の数学のテストも結構点数悪かったし、他科目の内申の足を引っ張ることになるぞ」
他科目は普通に点が取れているのに、数学で内申を落とすのは非常に勿体ない。
「分かんないとこがあったら、気軽に聞け」
「え?」
「...?なんだ、その反応」
今まで吉野と目が合うことは無かったのに、そう伝えた瞬間驚いた表情を浮かべる。
「...そう言うこと、言わない人だと思ってたんで...」
「はぁ...?俺をなんだと思ってんだ、教師だぞ。勉強を教えるのが俺の仕事。教わったのに解けないのは、俺の教え方に問題があるからだろう」
「...」
「どこが分からないのかを教えてくれれば、こちらとしても勉強になる」
職員室の前で吉野から教材を受け取り、お礼を告げると、彼が口を開いた。
「じゃあ、今日の放課後...教えて欲しいです」
意外だった。
授業中も上の空気味だった吉野が、数学に向き合おうとしているのだ。
少し、嬉しい。
「ああ...、生徒指導室取っておくから」
「ありがとうございます。ホームルームが終わったら行きます」
表情を崩さずに言い放った彼は、さっさと踵を返してしまう。
「あれ、碓氷くん何か嬉しそうな顔してますね。最近私のクラスの生徒も「前より怖くない」って言ってましたけど、なんかいいことありました?」
通りすがり際に笑顔で話しかけてきた姫神に驚き、身体を震わせる。
ビックリして、また声出そうになった...。
つーか、この前の飲み会後から俺のこと「碓氷くん」って呼んでくるけど、なんで...?
「いいことなんて...別に、ありません...」
「碓氷くんって、すぐ顔赤くなりますよね。なんだか、可愛らしいよなぁ」
かわいい?
..........まさか、俺があまりにも魅力的だったから、俺とイチャイチャしたい...とか?
残念だが、ネコと馴れ合う気はない。
俺と姫神は職場の人間で、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
傷付けないように、やんわりと抵抗しよう。
「すみません、姫神先生。俺、流石にネコ同士はちょっと」
「......ネコ?にゃんにゃん言う動物の猫ちゃんですか?」
「いえ、違います」
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