彼が見詰めているのは……

雫喰 B

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─ ラフィアside ─

 あれから後もヴィンセントとロザリーが絡んでくるけれど、シュライク様に軽く遇われ腹立たしげに去って行く。

 絡んで来ない時は、此方をジッと見ていたヴィンセントだけど、最近では粘着質なジットリとした視線を寄越してくる。

 その視線が気持ち悪くて嫌な思いをしていると、私の頭をポンポンとするようになったシュライク様。

 これって…やっぱり子供扱いされてる…?
 わかっているけど……なんか……辛いような……?


 そして何時からか、エスコートするように差し出されるシュライク様の手に自分の手を乗せると、顔に熱が集まりドキドキと胸が高鳴るように。

 でも…そんな風に赤面してドキドキするのは私だけなんだと思う…。

 恐らくシュライク様にとっては単に紳士的な、ごく当たり前の行動なのだから勘違いしないようにしないと…。

 でも、心はままならない。

 そう自分に釘を刺しても、切ないような胸が締め付けられるような想いは、日に日に増して戸惑うばかりだった。

 それでも、周囲に気付かれないように顔に出さずに振る舞う。
  
 正直、辛い……。

 今のところ、シュライク様が婚約したという話は無い。だけど時間の問題だと思う。
 シュライク様は侯爵家の嫡男だから卒業までに婚約者を決める事となるだろう。

 けれど、高位貴族は高位貴族同士の婚約が殆どで、身分差から低位貴族も低位貴族同士の婚約が殆どとなる。

 身分差がある為、子爵家令嬢の私は侯爵家嫡男のシュライク様の婚約者候補にすらなれない。
 というか、彼の周囲の人間が赦さないだろう。
 でしかない私はその時どんな顔をすればいいのだろう?

 その事を想像している今ですら胸が締め付けられるように痛いのに……。

 そして気付けば私達は高等科に進級し、来年の春には学園を卒業する年になっていた。


 △▽△▽△▽△▽△▽△

 その日 ──

 体調不良で早退したベレッタ様に付き添ってバート様も早退し、シュライク様は早退したお二人の代わりに生徒会の仕事に追われ、彼を待つ私は一人で図書室を訪れた。

 誰も居ない教室でシュライク様を待つよりも、利用者が少ないとしても人気がある図書室で待つ方が安心できるからだった。

 でも、そんな事は彼…ヴィンセントには関係無かったらしい。

 最近の彼の交友関係は、あまり評判の良くない令息達とも付き合いがあると噂で聞いていた。

 だからヴィンセントが、その令息達と一緒に図書室に入って来たのを見て、しまった!と思った。

 案の定、彼等は図書室に居た他の生徒達を追い出しに掛かり、それに気付いた私が図書室から出ようとしたのを止められた。

 彼等を迷惑そうに見る生徒や、私の事を気の毒そうに見る生徒達が、そそくさと図書室から出て行くのを見ながら、私はこの後の事を想像して血の気が引く思いだった。

 最後の生徒が出て行った後、扉は閉ざされ鍵を掛けるカチャリという音が図書室に響く。

 ヴィンセントとその友人達が、後退る私の方にニヤニヤと嗤う顔を向ける。

「そんなに震えて寒いのかな~?」
「温めてあげるからおいでよぉ。」

 などと陳腐な台詞みたいな事を言いながら、目だけはギラつかせゲラゲラ笑う。

「いやいや、寒くなんて無いしそもそもあなた達に温めて欲しいなんて思ってないから。」

 つい、うっかり本音を言ってしまった。

「ふ~ん。折角優しくしてやろうと思ったのに。僕ちゃん傷付いちゃったなぁ。」
「ってゆ~か、可愛くねぇ女。」
「まあいいや。ヴィンセント~?」

 彼の友人達がまたゲラゲラ笑う。

 ヴィンセントが私の方に足を踏み出したのを見て私は駆け出した。

 ピュイーッ!
 
 誰かが指笛を吹いたと同時に「ヒャッハーッ!!」という叫び声と共に男達の足音が響く。

 直ぐに追い付かれないように本棚を利用して逃げた。

「おい、そっちに回り込め!」
「そっち行ったぞ!」

 と、声が上がる。

 いくら図書室が広いと言っても、出入り口は押さえられ、体格も体力も上の男子生徒達から追われれば逃げ切れないのは端からわかっていた。

 けれど、図書室から追い出された生徒達の中の誰かがシュライク様か教師に報せてくれれば……。という思いで時間を稼げるだけ稼ごうとした。

 尤も、誰も報せてくれなければ体力の無駄遣いになってしまうのだが……。
 でも、誰かが報せてくれたと信じるしかなかった。

 ッ!?

 後ろを振り返り、まだ追い付かれないとわかって前を見たと同時に手首を掴まれると、そのまま引っ張られ転倒した。

 急いで立ち上がり逃げようとしたが目の前に男子生徒が居たので反対方向に逃げようとするも他の男子生徒が……。二人から距離を取ろうと後退るが後ろから抱きつかれた。

「い……や、離して!!」

 身を捩り腕から逃れようとするが逃れられない。
 前から人の気配を感じて、其方を見上げた。

 気不味そうな表情を浮かべたヴィンセントと目が合った。
 
 そんな彼と目を合わせ睨み付けると罪悪感からかヴィンセントが目を逸らす。

「ヴィンス、早く遣っちまおうぜ!」

 友人の言葉に促され、私に向かって手を伸ばしてくる。

「シュライク様!!」

 心の中で名を呼び、強く目を閉じた。

 バァーンッ!!

 図書室の扉がぶち破られ、扉の前に居た男子生徒ごと吹っ飛び、その男子生徒は扉の下敷きに。

 全身に怒気を纏ったシュライク様が室内に入って来ると、鬼のような形相でヴィンセントと彼の友人達を射殺さんばかりに睨み付けた。

「なっ……。」
「あっ……。」
 
 次の瞬間、私を捕まえていた男子生徒の腕を取ったかと思うと、その体が回転するように床に叩き付けられ、私はシュライク様の腕の中に。

 片手で私を抱き、空いた方の手で握った拳をヴィンセントの顔面に突き出す。

 その拳を鼻先で寸止めしたまま
「こんな巫山戯た真似を二度とするな!次は本当に叩き込むぞ!」
 と言うと、顔を青くしたヴィンセントが二、三歩下がって尻餅をつく。

「その顔、二度とに見せるな。」

 シュライク様は膝が震えている私を横抱きにして図書室を出て行く。

 忙しい中、助けに来てくれた。そんなシュライク様が頼もしく思えるのも無理はない。
 その騒動後、私とシュライク様の距離が縮まるのに然程時間は掛からなかった。

~~~~~~~~~

*いつもお読みいただきありがとうございます。
 お気に入り、しおり、エール等も本当にありがとうございます!!
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