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番外編 ④
しおりを挟む別荘内、灯りは全て消されていた。
一階にある厨房から忍び込んだキースは、暗闇の中音を立てないように進んで行く。
玄関から入って正面に二階に行く為の大階段があり、階段を上った先は左右に別れて廊下が続いており、部屋が並んでいる。
リンジーの部屋は右側の奥だった。
厨房からも大階段の下にある納戸に行く事が出来る。
そこまで行き見張りがいないか様子を窺うが誰もいなかった。
まるで、別荘内に入った盗賊達全てが二階へ向かったかのようだった。
だが二階からは物音一つ聞こえない。
『スージー…。』
キースはリンジーの専属侍女である妻の名を口にした。
最悪の事態を想像し、嫌な予感に心臓がドクドクとその鼓動を速める。
息苦しさを堪え、足音を立てないように二階へと向かった。
途中、階段や廊下に盗賊の死体が転がっていた。
全て一撃目か二撃目で殺されているようだった。
新入りの護衛騎士ではこうはいかない。恐らくローランドだろう。
知らぬ間にそこまで腕を上げた後輩に舌を巻く。
この先もずっとリンジーの傍にいる為に、並々ならぬ覚悟と努力で腕を上げたのだろう。
とはいえ、多勢に無勢。
警備隊から逃げおおせてここまで来た輩を相手に、如何に腕を上げようと無事では済まないと思う。
事実、無事であるならその姿を見せてもおかしくはない。
それは盗賊にも同じ事が言える。
だが、どちらも姿を現さないという事は双方とも斃れたのか。
否定するかのように首を振った。
腕を上げたローランド、お嬢様の為と剣術の訓練を頑張った妻。
あの二人がそう易々とやられたりはしない筈だ。
皆生きている。そう信じたいのに、この静けさは何だ。
様子を窺い一つ一つ部屋の中を確かめる度に不安ばかりが募っては打ち消すのを繰り返した。
そしてとうとうリンジーの部屋を残すのみとなった。
ドクドクと自分の鼓動が煩い。
部屋の中からは物音一つしない。
覚悟を決めると、祈るような思いで息を詰め部屋の中を見た。
何人か転がっている死体の顔を一つ一つ確認していく。
その中に新入りもローランドもいなかった。勿論、リンジーとスージーも。
隣の衣装部屋を覗いたが誰もいない。盗賊の死体が二つ転がっていただけだった。
残るは寝室のみ。
と、そちらの方から何か聞こえたような気がした。
そっと忍び寄り中の様子を窺う。
扉とベッドの間に置かれた応接セット、そのソファーの後ろに凭れるような形で床に座る人影が見える。
『誰だ?』
暫く様子を窺うも、動く気配がないので近づき、喉元に剣を突き付けたところで新入りの護衛騎士だとわかった。
「大丈夫か?」
声を潜めて聞いた。
薄く目を開け、少しこちらに顔を向けると小さく頷く。
「お嬢様は?」
そう聞くと、ゆっくり右手を上げ左の肩越しに後ろを指差した。
『隠し部屋か!』
天蓋付きのベッドと壁の間にサイドボードがあり、それを退けると隠し部屋への小さな扉がある。
中は狭いが二重扉になっており、二枚目の扉は金属製で鍵も二重。
金属製の扉の装飾にしか見えない模様の一つをずらすと鍵穴があり、その鍵はローランドとスージーと自分が持っている。
だが、その鍵を開けても内鍵を開けないと扉が開かない仕組みだった。
まさか……?
隠し部屋に入られてしまったのだろうか。
足音を忍ばせ素早くベッドの向こう側へと移動した。
「…っ!?…」
そこには折り重なるように死体が転がっていた。
下になっているのは革製の額当てをした短髪の男で、恐らく盗賊達のリーダーだろう。
その上に重なっているのは……。
「ローランド!!」
思わず隠し部屋の扉の方を見た。
そこにはサイドボードがあるだけだった。
リンジーとスージーの姿が無かったという事は二人とも隠し部屋に居て無事だという事だろう。
ローランドの体を抱え上げ仰向けに寝かせた。
顔も全身も血で汚れ、最早彼の血か返り血かわからないほどだった。
彼も深傷を負っているのは間違いない。その証拠に呼吸は浅く、顔色も悪い。
だが、命に別状は無さそうだった。
キースはバルコニーに出ると連絡用の花火を打ち上げた。
直に護衛騎士達が邸内に入って来るだろう。
次にキースはベッド横のサイドボードを退けると一枚目の扉を開け、二枚目の扉をノックしてから外鍵を開けた。
金属製の扉の内鍵を開ける音がした後、ゆっくりと開いた。
先ずはスージーがそこから姿を見せ、続いてリンジーも姿を現した。
「ローランド!!」
キースが声を掛ける前にリンジーがローランドに気付いて駆け寄った。
血で汚れているのも構わずに名を呼び体を揺する。
「リンジー様、出血が多くて意識を失っていますが命の別状は無いと思われます。」
不安そうに見上げる彼女に頷いて見せると少し安心したようにローランドの手を握り、顔を覗き込んでいた。
隣に立って涙ぐみながらその様子を見守っていたスージーを抱き締めた。
「ち、ちょっ……?!」
驚いている彼女の顔を覗き込んだ後、頭をワシャワシャと撫でた。
「ちょッ、何すんのよ。」
腕の中から逃れようと暴れるが構わず抱き締め、無事で良かったと言うと大人しくなった。
震えているスージーを抱き締めながら、恐ろしい思いをしたのだと再認識した。
「お嬢様を護って、偉かったな。」
我慢していたのだろう。
声を押し殺して涙を流していた。
皆無事で良かった。
本当にそう思った。
そして、胸の内だけでこの先もローランドがリンジーの傍に居る事が出来る事を喜んだ。
恐らくお館様も認められるだろう。
この後、リンジーとスージー、負傷者達は無事だった客間で休む事になり、それ以外の者は別荘の周囲で野営する事になったのだった。
そして夜明け前にお館様、カスペラード伯が到着した。
事後処理は、マーカスとタークスがする事になり、キースとスージー、ローランドは休暇を取るように命じられ(でないと三人とも仕事をするから。)、領都の邸に戻された。
勿論、リンジーも一緒だった。
そして、キースの予想通りローランドがリンジーの傍に立つ事に異を唱える者はいなくなった。
数年後、キースとスージーの子供達はローランドとスージーの子供達に仕える事になるのだが、それはまた別の話である。
── 完 ──
長い間更新出来ずにすみませんでした。
【感謝御礼!!】なのに……。
本当に申し訳ないです。
他の更新が滞っている物語も読んで下さる方がいる限り更新、完結させる予定ですので長い目で見て頂ければ幸いです。
物語を紙に書き留めておければいいのですが、入力する時になって登場人物達が好き勝手に暴走して話が全然違う方向に……。
で、書き直しになったのがこの物語で、他の物語も紙に書き留めると同じ事に……。
なので、登場人物の名前や設定、プロット、決まっている台詞等以外は紙に書き留めていません。
入力するだけなら楽なんですけど……。
物語に没入して書く為、二千字~三千字を書くのに二~三時間掛かります。
なので、少しずつ書いていったりしています。
おまけに他の事も掛け持ち、読み専状態……。(しかも、最新話になかなか追いつけない。でも、お気に入りの作者様の作品は面白いので読みたい!我が儘ですみません。;)
また物語でお会い出来る日を楽しみにしています。
お読み頂き本当にありがとうございました
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いつも感想をありがとうございます。
(っ´ω`c)
ローランド、成長するんでしょうか?
まぁ、本編は完結してて、リンジーと結婚してるんで、成長しているとは思いますが、どの程度やら……。
長い目で見てやって下さい。
(^◇^;)
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なのに娘婿にまでするなんて、余程娘が可愛く無いみたい。
この父親は人を見る目がない上に親として能力も無いみたい。
いつもお読み頂きありがとうございます。そして、この物語や、他の物語でも感想を頂き、ありがとうございます。
以前、他のスペースで、この物語の番外編を書く事をご報告しました。
その時に、リンジーとローランド二人の事を何処まで書こうか悩みました。
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なので、ありがとうございます。
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本当にありがとうございました。