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番外編 ①
しおりを挟むあの二人が亡くなって半年が過ぎた。
俺はまだ、お嬢様の信用を得られずにいる。
気づけば夏の暑さも何処かへ去り、朝晩が寒く感じられ、秋ももうすぐ終わりを告げようとしていた。
今年は、何処の領地も夏の日照りの所為で、作物の収穫量が少ないと聞く。
他領はこの冬を越すのは厳しそうだ。隣国でも同じ状況らしい。
お館様は以前から、不作に備えて十分な備蓄量を確保するように領内に通達をしていたから、この辺境伯領は多分、大丈夫だとは思う。
だから、隣国や他領で不作の影響が酷い所から流れてくる難民を警戒しなければいけない。
飢えた難民達が、備蓄のある領地に流れてきて、略奪行為を行うのを阻止せねばならないからだ。
お館様も、常日頃から周辺の領地を治める領主達に、備蓄の大切さを説いていたが、真剣に受け止めてくれる者は少ない。
大半が、「杞憂だ。」、「辺境伯は心配性だ。」と笑い飛ばしていたと言う。
辺境伯領に備蓄があると言っても、飽くまでも領民達に配給する量だけだろう。
備蓄分を放出した後に残っているのは、春になったら蒔く予定の種籾である。
だから、種籾まで放出する訳にはいかない。
各領地の領主が、不作に備えて十分な備蓄をしていてくれる事を願うばかりだ。
~~~~~
そして秋も終わり、冬が始まった頃、小麦を含む穀物類の値段が跳ね上がった。
不作の影響なのは明らかだった。
この辺境伯領にも、穀物類を買い入れる為に入領する商人が目に見えて増えてきた。
だが、領主であるカスペラード辺境伯は、商人の買い占めを防ぐ目的で、購入出来る量を定めた。
買い占めを許せば、値段が跳ね上がり、平民達が困窮するからだ。
だが、全ての業者に徹底させる事は難しい。
業者の中には、裏取引をする者が出てくる。
それはこの別荘地でも同じだった。
この町の警備に当たっている辺境騎士団が取り締まっていても、その目を掻い潜り裏取引をする業者と商人がいる。
そして、買い占めた穀物類を運ぶ商人が街道で襲われる事件が起きた。
それは、襲撃犯達がこの町の近くにいる事に他ならない。
“警戒を怠らないように”
という通達が、警備をしている辺境騎士団から出た。
~~~~~
何事も無く、二週間が過ぎた。
冬の寒さも本格的になり、この辺境伯領の隣の領地では、備蓄も無いまま穀物類が底を尽きかけていると、カスペラード辺境伯の所に、領主から備蓄を分けて欲しいと要請があったらしい。
だが、そこの領主は備蓄をしていたが、商人と裏取引をして儲けているという噂があり、お館様が“雑草”に調査させた結果、黒だった。
しかも、その領地では既に何件も暴動まではいかないが、小競り合いが起きているらしい。
だが、カスペラード家の“雑草達”は確りと調査していた。
隣の領地を治める領主が、自分達だけは飢えないように、邸内に備蓄が大量にある事を。
自分達の分を確保した上で、本来領民達の為の備蓄を、裏取引をした商人達に売り捌いて儲けていたのだ。
調べ尽くされている事を知らない領主は、厚顔無恥にも穀物類の支援を要請してきた。
それに対して、カスペラード辺境伯は、
「先ずは自分の懐に抱え込んでいる物を領民達に配給した上での支援ならばするが、現段階では支援対象に非ず。」
という返事を持たせて使者を送り返した。
にも拘わらず、再三再四、使者を送ってくる領主への措置として、
「どれ程沢山の備蓄を抱え込んでいるのか、領民達の目の前に積み上げてやれ。」
と命じた。
本来ならば、他領の事に口を挟む事などしないが、今のような状況で、相手の言うままに支援や援助をすれば、あっという間に共倒れする事になる。
領民達の備蓄を売り捌いて儲けたのなら、領主が抱え込んでいる物を領民達に放出するべきだ。
手荒な方法ではあるが、こちらとしても、自領の領民達の為の物を、簡単に右から左へと回せる訳では無い。
そんな遣り取りがあったと、マーカスから聞いた。
警護責任者のキースは“雑草”をしていた事もあるので、その時の伝手もあり、かなりの情報通だった。
(俺も最近では、マーカス達とも親しくなって、色々話す事も増えた。まだ気を許してはもらえないが……。)
襲撃犯達も付近に出没している。
更に警戒せねばならないと、キースやマーカス達とも確認しあった。
本題が終わった所で、マーカスに聞かれた。
「お嬢様はその後、お変わりないか?」
「変わりないというか、ゆっくりではあるが、支え無しで歩けるようになったよ。流石に走るのはまだ無理そうだけどな。」
それを聞いて、マーカスが何やら微妙な表情を浮かべた。
キースが苦笑しながら言った。
「ローランド、マーカスが聞きたいのは…その…あれだ。お嬢様とお前の関係というか、距離…?だな…。」
「……それに関しては、変わらず……だな。」
以前ほどの信用は得られていないし、リンジー…お嬢様が俺と以前のような関係に戻る事は無いとしか思えない。
それでも、彼女を護る為に傍にいる事が出来るだけでも有り難い。
「…そっか…まぁ、ガンバレよ。」
それだけ言うと、マーカスは部屋から出て行った。
一緒にいた相棒のタークスも、そんな彼を見て、ニヤニヤしながら一緒について出た。
扉の外で、タークスの笑い声とマーカスの雄叫びが聞こえた。
何やら戯れ合っているようだ。
「あいつらは、相変わらずガキだな。」
そう言って笑うキースを見て俺も笑った。
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