【改稿版】それでも…

雫喰 B

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44. 姉妹

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    「こんな…こんな事って…。」

    椅子から崩れ落ちた私は、同じように床に転がり、のたうちまわる養父母を見て、何とか手を伸ばそうとした。
    けれど、涙で視界が歪み、喉の奥が焼けるように熱くて痛いくて苦しくて、息が出来ない。

    目の前の養父母の身体が痙攣しだした。二人とも白眼を剥いていたが、やがて動かなくなった。

    ウソ!そんなッ?!

    言葉を紡ぐ筈の唇から出たのは、「う”ぐゥッ…うぐぉぁ…。」という呻き声のような音だった。
    そして私の身体も痙攣しだしたのか、小刻みに震え、ビクッ!ビクッ!と時々身体が跳ねた。

    視界が完全に黒く染まる頃、誰かが私の名前を叫んでいるのが聞こえたような気がしたけれど、私の意識はそこで途切れた。

~~~~~

    目の前で、床に転がり、白眼を剥いて痙攣している養父母がいる。

    二人に手を伸ばした時、その姿が 7年前に死んだ母親に変わり、誰か分からない男性に変わり、最後は小さな赤ん坊に変わっていった。

    私は何も出来ず、ただジッとそれを見ている事しか出来なかった。



    どのくらい意識が無かったのか分からないけれど、私が目を覚ました時、無機質な感じの白い天井が見えた。
    記憶に無いそれは、私の部屋の天井じゃなかった。

    ぼんやりとその天井を見ながら、何故、自分がここにいるのか考えていた。
    目の前で椅子から崩れ落ちた養父母…。

    その光景を思い出し、起き上がろうとしたけど、頭が痛くて、視界がグラリとした直後、嘔吐した。

    自分の身体に何が起きたか分からず、酷く狼狽えた。

『何? 何なの?!』

    酷い頭痛と、誰かに頭を力一杯、無理矢理揺らされているかのような眩暈、そして嘔吐…。

    ベッドの上に起き上がる事も出来ず、養父母や姉がどうなったかも分からない。

    と、そこで養父母や私が床でのたうち回っていた時に、姉が居なかった事を思い出した。
    何処かに出掛けていた?…いや、違う。なんで居なかったの?…頭が割れるように痛い。

『お姉ちゃん…何処に…?』

    記憶に混乱が生じている。そう思ったけど、頭痛と眩暈が酷くて、何も考えられなくなり、私は意識を失った。



    次に眼を覚ました時、白いワンピースに大きなエプロンをした女の人が、私の傍にいた。

「良かった。眼が覚めたのね。気分はどう?」

    答える事が出来なくて、ゆっくりと首を左右に動かした。

「そう。…じゃあ、自分の名前はわかる?」

    小さく頷いた。

「ここはね、村から一番近いヤハヴェっていう町の診療所なのよ。だから安心してまだ寝てていいわ。」

    また小さく頷くと、その女の人は、ホッとしたように微笑んだ。

    そして、色んな事を一気に思い出した。

    姉が、ローランドを追いかけて家出した事や、それと同じ頃に、村で立て続けに人が何人か亡くなった事などを…。

~~~~~

    村では、姉が居なくなる前日の夜に、何人か亡くなった。
    その事で養父母も忙しく  、姉が残していった手紙で、家出をした事が分かっても、追いかける事もどうする事も出来なかった。
    それでも、何とか警備隊に届け出て、領邸の家令であるアーリントン様に手紙を出したのだった。

    その時、何で家令のアーリントン様に手紙を出したのか聞くと、ローランドがアーリントン様の息子なのだと説明された。
    そして、彼の不在時に何かあった時、連絡してくれと言っていた事も…。

    姉はその事を知っていたのだろうか?

    恐らく知っていたのだろう。どうやって知ったのかまでは分からないけど…。
    姉の性格だったら何も知らない相手を追いかけるなんて無茶はしないで、諦めると思う。

    そして、姉は私を置いてきぼりにして、彼を追いかけて行ったんだと思うと、悲しくて涙が出てきた。

    この世で血の繋がった家族は、姉だけなのに…。

~~~~~

    ローランドに会えた私は、その時養父母や妹がそんな事になっているなんて知らずに、彼に会えた嬉しさに舞い上がっていた。

    優しい彼のことだから、追いかけてここまで来た私を追い返したりしない。
    このまま、彼の傍で暮らしていれば、彼と関係になる機会もあるだろうから。

    既成事実があれば、優しい彼は私と結婚してくれる。
    それにいつも一緒にいれば、私に対して情も涌なんて甘く考えていた。

    だって、彼はいつも優しかった。本当は私の事が好きだけど、いつか実家に戻らないといけないから、その気持ちを抑えていただけ。

    私は彼の気持ちを汲んでここまで来た。
きっと彼は私を受け入れてくれると思って…。

    なのに、お嬢様だか何だか知らないけど、まともに歩けなくなる程の大怪我をした時に、近くにいた彼の罪悪感を利用して、事ある毎に、牡蠣のようにへばり付こうとするあの女…。

    あの女さえ居なければ、彼は私の物になる。

    そんな事で頭がいっぱいになっていた私は、ヤコブ村にいる妹が、とんでもない事になっているなんて知らなかった。

    自分が幸せになる事だけしか頭に無かったから…置き去りにされた妹の気持ちを考えなかったから、こんな事になってしまったのだろう。

    彼女の顔を見て、そう思った私は、馬鹿だった。
    彼女が、何もかも分かっているなんて思ってもみなかった。

    だから、こんな事に…。

    

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