【改稿版】それでも…

雫喰 B

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42. 失態

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    その日の深夜、兄が泊まっている客室にキースと俺は呼び出された。

    部屋に入った時、怒っているかのように鋭い眼で睨まれた。が、それはほんの一瞬で、すぐにいつもの表情に戻った。

「こんな時間にすまない。二人とも座ってくれ。」

    そう言われ、キースと俺はソファーに座った。

「兄さん、こんな時間に呼び出すなんて、何かあったのか?」

    途端に兄は眉間に皺を寄せて俺を睨み付けた。

「何か … だと? お前は自分が何をしたのか解っていないのか?それとも、惚けているのか?」

    そして、俺に向かって書類の束を投げて寄越した。
    30ページにも及ぶそれは、ある少女についての報告書だった。
     
~~~~~

 リーゼロッテ・クロイツェルについての報告

    今から19年前、北国・ノーザンアーク聖王国、リライア村で、ライオット・クロイツェルとサビーネ・クロイツェルの長女として生まれる。

    その4年後、次女シャロン、6年後に長男アレクサンダーが生まれたが、アレクサンダーは生後1年ほどで死亡。死因は不明とされるも、不審点が多く、当初、母親のサビーネが疑われたが、証拠不十分でそのまま、死因不明で処理された。

    長男が死亡した頃から、夫婦仲が悪くなり、その2年後に父親のライオット死亡。
    ヨモギとヤマトリカブトを間違えて食べたと思われる。

    13才の時に母親サビーネが領主アーサー・ヘクトの邸で下女として雇われるが、3日後に死亡。死因は父親と同じヤマトリカブトを食べた為と思われる。
    尚、凶作が続いていた為、この国では同じように、ヤマトリカブトを誤って食べた事による死亡が多かった。
    
    母親の死亡後、姉妹の姿が村から消える。

    その1年後、砦の防衛戦の時に捕えた捕虜の中に姉妹の姿があった。
    (リーゼロッテ14才、シャロン10才)

    この時姉妹は、ローランド・アーリントンとキース・バルトロイに保護され、ヤコブ村の村長ヨーゼフ・ヨハンセンの養子となる。

    その5年後、リーゼロッテは家出。
    現在に至る。

    姉妹が村に来て以降、5年間で村民の子供(何れも男子)が死亡している。
        死因は全て、ヨモギとヤマトリカブトを間違えて食べたとみられる中毒死。

    尚、死亡した男子がリーゼロッテに付き纏っていた事も目撃されている。

    そして、これまでの死亡者の傍にリーゼロッテがいた、若しくは最後に一緒にいたのが目撃されている。

    それらを踏まえ、今一度、ご令嬢リンジー様の身の安全に配慮、用心(警戒)されたし。

~~~~~

    報告書を読んで愕然とした。
    が、彼女が押し掛けて来て以降、俺の勘が警告していた事に、納得がいった。
    
    彼女と再会した直後、キースに言われた時は半信半疑だった。が、それでも…彼女はそんな事をしないと信じたかった。

    そんな俺にキースは、リンジーがリゼに対して怯えていると言ったのだ。
    「あの事件の時、自分に危害を加えた王太子とリゼが同じ眼で自分を見ている。」
    そう言って、怯えていたと…。
    
    その事もあって、俺はリンジーから脅威を遠避け、リゼを監視する事でリンジーを護ると共に、リゼの無実を証明したかった。
    でも、数々の状況証拠が“リゼは危険”だと告げていた。

    そして今、ここにキースがいる事にも納得がいった。
    やはり彼は“草”か“雑草”と呼ばれる暗部の人間だった。

    俺が領都に帰る事が分かった時、彼は既にリゼの周囲で死亡者が出ている事を知っていたのだ。
    そして、その事を上に報告した後、俺に付いて領都に戻る指令を受けていた。

    俺の想い人であるリンジーが、リゼから危害を加えられないように、護る為に…。
    そして、キースと俺の隙を突かれた時の事も考え、スージーに「万が一の時に…。」と、暗器を渡していたのだ。

    ショックを受けている俺に兄は

「落ち込むのは後にしろ。大体、お前は誰の護衛なんだ? 何の為の専属だ。その位置にいる意味が解らないなら降りろ!」

    と叱責を受けた。
    
    当然だ。俺はリンジーの専属護衛なのだから、彼女の安全考え、リゼそれ以外の事は切り捨てなければいけないのだ。

    そして、今後の事を話し合った。

    キースが言うには領都に戻る時に話した、俺の“想い人”がリンジーである事は、彼女と対面した時に、リゼにバレていると考えて間違い無いらしく、俺がリゼと一緒に行動しているのも、監視目的だとわかっている筈だと…。

    わかっている。これは俺の失態だ。

    彼女が押し掛けて来た時に、そのままヤコブ村まで送り届けなければいけなかったのだと、今なら分かる。

    そう判断してリゼを切り捨てられなかった俺は、仕事に私情を挟んでしまった。

    その事によって、リゼを救う事が出来なくなった。

    恐らく、俺の“想い人”が分かってしまった彼女は、リンジーの命を奪わない限り、退く事は無いだろう。

    それが、兄とキース、俺の一致した見解だった。

    これを解決する方法は、リゼを誘い込んで嵌めた上で、捕えるか、排除するか…。
    その二択しかない。

    そして、失態を演じてしまった俺には、リンジーを護り抜いて、リゼを切り捨てる道しか残されていなかった。


~~~~~
*ヤマトリカブトとは、一般的にトリカブトと言われる植物の事らしいです。
    山菜採りに行かれる方はくれぐれもお気をつけ下さい。
    あと当然ですが、他者や自分に、に使用する事は絶対に駄目です!!

    

    




    

    



    
    

    
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