【改稿版】それでも…

雫喰 B

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35. 失意と希望

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    青い顔をして、まるで胸の中に溜まった物を吐き出すかのように、一気に捲し立てるみたいに、俺と会えなかった間の話をする彼女。

    失意のどん底にいた俺は、
「ごめんなさい。」 と言って走り去った彼女を追いかける事が出来なかった。

    お前に会えないのを他の女で埋めていたつもりなんてなかった。
    寧ろ、お前がいない辛さを他の女で埋められないと思い知らされた。

    お嬢様が血塗れで倒れてた。って、何だよ。わかんねぇよ。俺がいない間に何があったんだ?

    俺が…俺が寝た女が…お前に言った?あ”ぁ” ッ?!誰だよそいつ!二度とそんな事言えねぇようにしてやるよ!
    クソッ!? …誰だよ…。

    …分かってる…俺が悪いんだって事は…。あの時の俺は、恋人がいて、仕事でも認められて…調子に乗ってたんだ…。色んな女が寄ってきて、自惚れて、舞い上がってたんだ…。

    で…お前からの手紙に、“別れて欲しい”って書いてあるのを見て…どれだけお前が大事だったか…気付かされたくせに…。

    砦に配属されてからも、色んな女の間を渡り歩いてたなんてな…。お前が苦しんでたのに…。

    いや、苦しんでたなんてもんじゃないよな…。
車椅子に乗ったお嬢様を思い出して、彼女が言っていた事と関わりがあるとわかった。
    そして、箝口令が敷かれ、俺の所にも情報が下りてこなかった事も…。
    お嬢様と王太子の婚約が解消されている事も。
    全て繋がっている。

    王家からの口止め。

    そんなもんに巻き込まれてたなんてな。
    これ以上、彼女の傍にいても苦しめるだけだとわかった。
    そして、もう赦してもらえないのだと。彼女に触れる事も話をする事も…笑顔を見る事も…。

    彼女を笑顔にする事も、俺には二度と赦されない…。



    砦に帰るか…。 独り言ちると、別荘の建物の方へ向かった。

    執事にローランドへの伝言を頼み、俺は領都に戻る為に馬を走らせ、別荘からかなり離れた場所で止まる。
    彼女の泣き顔が眼に浮かび、苦しくて胸に手をやった。上着の内ポケットに入れていた物を取り出した。
    そっと握り締めた手を広げ、手の平に乗った物を見る。
    彼女に渡す筈だった物…指輪だ。真ん中にルビーがあり、その回りをサファイアが取り巻いて、花のように見えるそれを彼女に渡し、結婚を申し込むつもりだった。

    それを投げ捨てようと振りかぶった。

    …が、出来なかった。
    
    諦めきれない。
    彼女を諦める事など出来ない、無理だ。

    みっともなくたっていい。
    スージーをこのまま失うぐらいなら、カッコ悪くても、縋りついてでも、もう一度…。

    馬の頭を今来た方へ向け、駆け出した。

    もう、逃がさない。

~~~~~

    いくらお嬢様に二人だけにして欲しいと言われても、別荘の中に戻る訳にはいかない。

    遠回りをするような形で、遠目にテラスが見える位置まで戻って控えた。

    ついさっきの事を思い出していた。
    
    これまで彼に言えなかった事を、一方的に捲し立てた私に、言い訳も反論も何一つ言わなかった彼は、今まで見た事がないほど傷付き、苦しんでいた。
    そして、彼にそんな顔をさせたのは私だ。

    彼を赦せなかった。今更目の前に現れた彼に腹が立った。けれど、一番赦せなかったのは私自身だ。

    彼は、何も言えなかったのではなく、言う前に私が逃げ出したのだ。傷付くのが怖くて…。

    ふと、テラスの様子を見て不味いと思い、お嬢様の所へと駆け寄った。

「何やってるんですか!」

    お嬢様とローランドの間に、無理矢理割り込んで引き剥がす。
    赤い顔をして固まっているお嬢様を支えたまま叫ぶように言った。   

「ボーッとしてないで、車椅子をこっちに。早く!」

    慌てて押してきた車椅子にお嬢様を座らせる。まだ顔は赤く、両手で頬を押さえている。

「お嬢様、お話はお済みでしょうか?」
「… え?、ええ。」
「風も冷えて来ましたし、中に戻りましょうか。」

    そう促した言葉に彼女が頷いたのを見て、ローランドに車椅子を押すように言うと、破顔した。
    一瞬、彼のお尻に左右にブンブンと千切れんばかりに振っている尻尾が見えたような…。勿論、見間違いだ。

    少し後ろから二人を見ながら付いて歩く。

    良かった。
    
    二人が元の関係に戻れそうなのを見て、ひとまず安堵する。

    会話の内容までは聞き取れないが、楽しそうなので良かった。
    と、安心していたら、サロンに戻ってお茶を再開したあと、なんだか自分が“お邪魔虫”になったみたいで、居たたまれなかった。

    嵐の前の静けさとはよく言ったもので、スージーはこの後すぐ、恥ずかしさで、のたうち回る事になるのであった。

    


    





    
    
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