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34. スージーとキース ②
しおりを挟むスージーの消息が判らないまま、砦での任務が続いていた。
いい加減、異動を願い出て彼女を探そうと思っていたら、新しい指示がきた。
“砦の警備隊に新しく配属される、ローランド・アーリントンを陰から護衛して欲しい。”
そんな指示だった。
「貴族のボンボンが、こんな所に遊びに来てんじゃねぇ!クソが!」
指示書を地面に叩き付けて叫んだ。
それを持って来た男は、そんな俺を見て、
「お前の為にも、指示書に従って、恩を売っとくべきだぜ。」
「こんな馬鹿のお守りなんざ、ご免だね!」
貴族に媚びを売るなんて、まっぴらご免だ。
そう思って睨むと、その男は肩を竦めた。
「だが、お前の損にはならないと思うけどなぁ。なんたって、領都の邸の家令の息子だ。しかも、リンジー様の専属護衛を務めてたって話だ。まぁ、好きにしな。最悪死ななきゃいいんだろうし…。」
男はニヤリと笑うと、背中を向け、片手をヒラヒラさせて帰って行った。
リンジー様って、アンジェリーナ様の妹…。スージーが専属の侍女になったって言ってた…。
俺は、歓喜に震えた。スージーの消息が判るかもしれない。そう思って喜んだ。
が、既にこの時、リンジー様周辺の話には、箝口令が敷かれていた。
当然、ローランドに探りを入れたがお茶を濁されるだけだった。
彼自身、何か抱えているらしい事は明らかで、その事と箝口令には、何か関連があると感じた。
ならば、ローランドと親しくなれば何か聞けるかもしれない。
だが、その前にどんな奴か見極めないといけない。そう思った俺は、一緒に歩哨に立つ日を待つ事にした。
そして、一緒に歩哨をした後、少しずつ仲良くなっていった。
ローランドは、俺が思っていたような奴じゃなかった。一言で言うと、“お人好し”だ。しかも、馬鹿が付くほどの…。
気付けば、俺はスージーの消息を掴む為に仲良くした筈だったにも拘わらず、とうとう彼が領地に帰るまで何も聞けなかった。
けど、彼が領地に帰るのに合わせて、俺の異動も認められた。
そして今日、俺は会いたくて堪らなかったスージーに会えたのだった。
なのに、彼女は昔とは違っていた。やっと会えた彼女は、無表情で冷たい眼をした女になっていた。
何が彼女を変えてしまったんだ?俺の知らない間に何があったんだ?何でこんな所にいるんだ?
何で?何で?何で?
そんな疑問だらけな再会に苛立つばかりだった。
~~~~~
私から別れを告げた彼と、こんな所で再会するとは思ってもみなかった。
あんなに明るかった彼が、何処か陰を纏っているみたいに見えた。
それが気にならないと言えば嘘になる。
会いたかった。会いたくて堪らなかった。でも、それ以上に会いたくなかった。
だって、会ったからといって、どうにかなるような関係じゃないから…。
それに、きっと彼を傷つけてしまうから…。
だって、キースの事は少し噂で聞いた事があるし、侍女仲間の間では、ちょっと有名だった。
悪い意味で…。
簡単に言うと、「色々な女と寝ているらしい。」という噂。
そして、侍女仲間の間でも何人か「彼と寝た。」という話を聞いた。人伝に聞いた事もあるし、寝た本人から聞いた事もある。
彼女達が言っている事なんて、きっと嘘に決まっている。
キースは私に嘘を吐いたりしない!
その話を初めて聞いた時、そう思っていた。彼を信じていたの。
…でも、見ちゃったら…駄目だよね…。
その日、部屋付き侍女の私達は、アンジェリーナ様の身の回りの品物を纏めて荷造りをしていた。
そして、アンジェリーナ様が気に入っている、ネル素材の新品のシーツやピローカバーを取りに保管室まで行くと、扉がほんの少しだけ開いていた。
誰かが、扉をきちんと閉めなかったのね。なんて、考えていた私。
ドアノブに手を掛けようとした時、声が聞こえた。その声に何故か心臓の鼓動が速くなり、耳元でドクドクと煩いほどだった。
音を立てないように、扉を少しだけ開けて身体を中に滑り込ませるみたいに入り、声のする方へそぉっと近付いて行った。
棚の上に乗っている物の隙間から、様子を窺いつつ、覗いた私の眼に映ったのは、情熱的な口づけを交わす二人の姿だった。
一人は邸で働いている侍女で、もう一人は私が知っている男だった…。
裾を短く刈り込んだ黒い髪の…。耳に付いたピアスは、私の髪の色のようだと彼がいつも言っていた、珊瑚で出来たピアス…。珊瑚の中でも少し色合いの違うそれは…私が彼の誕生日にプレゼントした物だった…。
気付かれないように、その場を離れた。でも、あんなに熱中していたら少しぐらい音がしても気付かなかったかも…?
そんな事を考えたからか、笑いが込み上げてきた。人があまり来ない庭の片隅で、もう笑うしかなかった私は、それでも…笑った。そして、笑いながら泣いた。
手紙には、“仕事が忙しくて、会う時間が中々持てなくてごめん。”って書かれていた。書かれていた筈。
しかも、ここにいない筈の彼が、なんでここにいるの?
もう、彼の何を信じたらいいのか、分からなかった。
その後すぐに書いた手紙で、私は彼に別れを告げた。“私以外の人と幸せになって。”と…。
だから、今になって彼と再会した事に戸惑っている。
「なんであなたがここにいるの?」
思ったままを口にした。
けれど、彼も同じ事を思っていたみたい。
「 既に、私達には何の繋がりもない。
それに、今更会っても、私はあなたにとって必要じゃないでしょ?
私はあなたがいないのを、他の人で埋める事なんて出来なかったけど、あなたは他の人で埋める事が出来た。
それだけの事…。
少なくとも、お嬢様が幸せになれないうちは、多分…いいえ、きっと私は恋も出来ないと思う。
償いとか、そんなのじゃない。
あの時、血塗れで倒れているお嬢様を見てから、心の奥底にずっと、澱のようにどろどろと積もっていった物が消えない…。
消えずにそこに今もある。
どうやってそれを消していいのか分からない。
だって、未だに夢に見る。血塗れで倒れているお嬢様を…。
そして、汗だくになって飛び起きる。
なのに、そんな私に彼女達は言うの。「彼と素敵な夜を何度も共にした。」とか、「いい男だから、あなたも抱かれてみなさいよ。」とか…。
ねぇ、あなたは知ってた?
あなたが抱いた女が、自慢気に、私にその時の話をしてくるって事を…。
噂とか人伝に聞くぐらいだったらまだマシだったのに…。
私が夢で魘されてる時に、あなたが誰かを抱いていたなんて…知りたくもなかった。
例え、私から別れを告げた相手だったとしても…。
だから、これは八つ当たりだって分かっている。」
そこまで言って、彼の顔を見たら、苦しそうにしていた。
「ごめんなさい!」
あとは、それしか言えなくて、彼の前から逃げ出した。
勿論、彼は追いかけてこなかった。
自分の部屋に逃げ込んだ後、言葉に出来ない事が、胸の中にぐるぐると渦巻いた。
消息が判らなかった。と私を責められても、どうしようもない。
だって、王家が絡んでの話だから…。私には言い訳すら出来ないのに、どうしろって言うの?
ねぇ、教えてよ!
言葉にする事も出来ないのに…。
どうしたらいいの?
会いたかった。でも、会ったら怨み言を言ってしまいそうで…。挫けそうで、頼りきって寄りかかってしまいそうで…。自分が弱くなってしまいそうで…。
だから…会いたくなかった。
なのに…あなたと再会してしまった。
そして、私は…やっぱり、あなたを傷つけた…。
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