【改稿版】それでも…

雫喰 B

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33. スージーとキース ①

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    俺の両親は、辺境伯領内にある男爵家の邸で働いていた。というか、今も現役だ。
そして、親父と俺は馬丁、お袋は下働きをしていた。
    
    その男爵は、カスペラード辺境伯の従兄で、貴族にしては珍しい、偉ぶらず、話のわかる御仁だった。
   
    子供の頃から体格が良かった俺は、13才の時、旦那様に剣を習ってみる気はないかと聞かれ、騎士に憧れていた事もあって、是非習いたいと答えると、辺境伯家の私設騎士団への推薦状を書いてくれた。
    
    その当時、俺には好きな女がいた。
とは言っても、告白なんてしてないし、相手の気持ちも分からない。
    まず、身分が違ったから告白できるような立場じゃなかった。

    だから、俺にとっては、ある程度の身分を手に入れるチャンスだった。
    何せ、男爵家の三女のスージー様が、俺の好きな人だから…。

    そのスージー様も行儀見習いの為に、辺境伯領の領主である、カスペラード家の長女アンジェリーナ様の部屋付き侍女として仕える事が決まっていた。

    貴族の邸に行儀見習いに行くと、結婚する時に役立つらしい。何でも、良縁に恵まれるとか何とか…。
    まぁ、俺にもよく分からなかったが、そうお袋が話していた。

    俺は焦った。彼女には俺の嫁さんになって貰わなきゃいけない。
    騎士団に入った俺は、がむしゃらに頑張った。ただでさえ、馬丁の息子で剣なんて握った事の無い俺は、他の奴に比べてかなり不利だ。

    同じ時に入団した奴らは、親が騎士団の奴ばかりで、大人と変わらないぐらい筋肉が付いている。しかも、騎士になる為の訓練を小さい時からやっている。
    男爵家では体格がいい筈の俺が、華奢に見えるのだ。     

    だから、最初の二年ぐらいは、生傷が絶えず、飯を食うのも、奴らに比べたら遅い所為で、いつも横から肉を取られて食えなかった。

    けど、がむしゃらに頑張ったお陰で、腕が上がるのも早かった。

    スージー様とは、騎士団に入って暫くしてから知り合った。
    お袋が、俺への手紙や衣服、食い物なんかを旦那様に預けていたらしく(個別で送ると料金がばか高いから、旦那様が気を利かせてくれていた。)、スージー様宛の荷物と一緒に届いていたのだ。

    だから、お袋には感謝した事は言うまでもない。
    お陰で、スージー様と話が出来る関係になれた。しかも、騎士団で小隊を任される事になった時に、告白したらOKして貰えたのだ。

    おまけに、領主様に後押しして貰えたから、旦那様にもすんなり交際を認められた。
    このまま、結婚して幸せになれると思っていた。が、それまでが順調過ぎたのかもしれない。

    アンジェリーナ様が隣国に嫁ぐ前に、俺は騎士団から“草”と呼ばれる、諜報活動が仕事の暗部への配属が決まった。

    “草”にも色々あって、俺が配属されたのは、領都にある領主邸の家令に仕える“雑草”だった。
    仕事内容は同じだが、“草”は主に王都周辺が活動の場であるのに対し、“雑草”は主に国境周辺が活動の場である。

    しかも、潜入や情報集めが主な仕事で、手紙を出す事すら難しい。あまり頻繁に手紙を出したりすると、怪しまれるからだ。

    その頃には彼女をスージーと呼べる関係になっていたのだが、彼女の方もアンジェリーナ様の嫁入り準備等で忙しくなり、彼女と会う時間も持てないほどだった。

    そしてとうとう、彼女から別れを告げる手紙が来た。
    俺は何とか同僚に頼み込んで、何通か手紙を出した。勿論、内容は“別れたくない”だ。
    だが、その何通かを出すだけで手一杯だった。

    だから、アンジェリーナ様が隣国に嫁ぐのに付いて行ったと思った俺は、隣国との国境周辺への配属を希望した。彼女に会えると期待していた俺は、失望した。隣国にスージーはいなかったのだ…。

    それ以後は北部の国境地帯に配属され、彼女を探すどころか、手紙を書く事すら出来なくなった。

    アンジェリーナ様が隣国に嫁いだ後、スージーは、年の離れた妹のリンジー様付きの侍女になったらしいのだが、彼女の消息はそこから判らなくなってしまう。

    後日判ったのだが、リンジー様が王太子殿下の婚約者になった事で、リンジー様に仕えている侍女達の情報が伏せられた事が理由だった。
    
    王族や王太子妃になるリンジー様の身辺を警護する為に、警護の任務に就く者以外に、それらの情報が伏せられた。
    侍女達経由で、命を狙われるのを防ぐ為だった。

    その所為で、スージーの消息が判らなくなり、自棄やけになった俺は、色々な女と関係を持ったりした。
    が、彼女を諦める事など出来なかった。

    そして、俺は北部の国境地帯にある砦に配属された。傭兵上がりという経歴で、砦の警備隊に入隊した。勿論、北国の状況を調べたり情報を集める事が“雑草”としての主な任務で、砦での戦闘は“ついで”だ。

    その北国だが、凶作や不作続きな所為か、死に物狂いで国境の砦に攻めて来るのだ。何度追い返しても…。

    だが、本当に飢えているのは農民や平民達で、貴族は暖炉の前で温温ぬくぬくとご馳走を食べて冬を越している。

    農民や平民達は、暖炉に入れる薪さえ買えず、食料も無い中、冬を越す。
    そんな事は無理に決まっている。

    砦に攻めて来ている攻撃隊は、そんな彼らが「食料にありつける。」という噂を信じて入隊しているのだと知った。

    北国の冬は、不条理が満ち溢れている。
    
    俺達も仕事だ。戦わない訳にはいかない。砦で戦闘している者達は皆、遣りきれない思いを抱えて戦っている。

    せめて夢の中だけでも、そんな思いから解放されたい。そう思っているからか、気が付けば昔の夢を、出会った頃の、恋人同士だった頃のスージーの夢をよく見るようになった。

    赤毛で色白だけど、そばかすがある彼女。彼女は、赤毛もそばかすも嫌いだと言っていた。
    だけど俺は、赤毛でも、そばかすがあっても、スージーが大好きだった。
    夢の中で会えた時は幸せだが…その分、目覚めた後は、彼女が居ない現実に、胸が締め付けられて、声を上げて泣き出したくなるぐらい苦しかった…。

    

   

    

    
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