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23. 雪
しおりを挟む真夜中過ぎ、ベッドから出て眠気眼を擦りながらモゾモゾと厚手の服を着込み、剣帯をつけ、マントを羽織る。
同室の人間を起こさないように、そっとドアを開けて廊下に出た。
なるべく足音を立てないように静かに歩く。仮眠室のある建物を出ると、歩哨任務の為の塔に向かう。
総石造りの建物と塔を結ぶ渡り廊下には窓など無いから、吹き晒しで今の季節だと体感温度はかなり低い。
塔の上で歩哨任務で立っていると、凍えそうだ。
鞣し革のマントの内側には毛布の様な内張りがあるが、それでも…寒い。
塔の中の階段を上りきると、歩哨の為のスペースがある。
そこにいる男二人に交代を告げた。
すると、一人の男が俺の方に中身が半分ほど入った酒瓶を差し出してきた。
「ありがとう。いつもすまない。」
「いいって事よ。じゃ、あとは頼んだぜ。」
そう言って、寒そうに肩を竦めると階段の方へと消えていった。
俺と一緒に歩哨任務に着く奴ももうすぐ来るだろう。
そして暫くするともう一人、男が来た。俺よりも3~5才ぐらい上だろうか?
短く刈り込んだ黒い髪の男だった。背は俺とあまり変わらない。が、体格はその男の方が、がっしりとしていた。
「遅くなってすまん。」
「いや、俺もさっき来たところだ。」
酒瓶を傾け、一口飲んでから相手に差し出した。
「ありがてぇ。寒い時はこれに限るな。」
同じように、酒瓶を傾け、一口飲んだ。
「キース・バルトロイだ。」
「ローランド・アーリントンだ。よろしく。」
再び、酒瓶を傾けて飲んでから、ローランドに差し出した。
「若いな。いくつだ?」
「19だ。あんたは?」
「26。傭兵上がりだ。」
「長いのか?」
「あぁ、10年になる。お前は騎士上がりだろ?」
「何でわかった?」
「ふッ。騎士だった奴はお上品だからな。ッと、馬鹿にしてる訳じゃないぜ。」
そう言って、手を出すから酒瓶を渡した。すると、また瓶を傾け一口飲むと、ローランドの方に戻した。
「何だって、こんな所に来たんだ?結婚は?」
「結婚はしていない…。ここへは…志願して来た。」
「志願って…失恋でもしたか?」
「なっ!?」
「図星か…。多いんだよな…特に騎士の場合…。」
思わず、口に入れた酒を吹き出しそうになり、噎せた。
そんな俺をキースは、ニヤニヤしながら見ている。
少し癪に障った俺は、同じ質問を返す事にした。
「そう言うあんたは?恋愛なんてした事も無いのか?」
目を大きく見開いた後、口角を片方だけ上げると言った。
「アレを恋愛と言うのかどうか分からないが、会いたい女はいる。」
ローランドは驚いた。無粋な傭兵がまるで物語に出て来る、“純愛を貫く騎士”のような顔をしたからだ。
そして、反撃を食らう。
「俺の事よりも、お前の話を聞かせろよ。失恋の話を。」
「…ぐッ。」
心の傷を抉るな。と言いたいところだが、誰かに苦しい想いを吐露したかったのかもしれない。
溜め息を一つ吐いた後、口を開いた。
「口約束だったが、婚約者がいたんだ。けど、“鳶に油揚げ”とばかりに横からかっ拐われた。なのにそいつは、他の女に入れ込んだ挙げ句、彼女の身も心も傷付けた。その時、俺は彼女を護る事ができなかったんだ。それでも…俺は彼女に結婚を申し込むつもりだったが、フラれたって訳さ。」
「悪かったな…辛い話をさせちまって…。」
キースが、しまった。といったような顔をして黙り込んだ。
酒瓶を傾け、一口飲んで息を吐く。
あれから一年半近く経った。
リンジーは、今どうしているのか。
寒くて、身震いした。
ふと見上げると、白い花弁が舞い落ちてきている。
雪だ…。
手の平で受けると、それは直ぐに溶けた。
まるで、この手に掴もうとしたのに、手に入れられなかった彼女のように。
~~~~~
カスペラード辺境伯領・別荘 ━━
国境地帯の最前線に行ったローランドの生死が分からないまま、一年半近くが過ぎた。
今も、彼が生きているのか、死んでいるのか分からない。
国境地帯の最前線と言われている場所は、この国の北部になる。
国境よりも北にある国は、殆どが豪雪地帯で冬は雪に閉じ込められると言っても過言ではない。
当然、その国にとって、冬を越せるかどうかは死活問題になる。
だから冬になり雪が降りだす前の、秋~初冬や雪解けが始まり出す頃の晩冬~初春は特に国境地帯での小競り合いが活発なのだ。
冬を乗り切る為の、そして冬を乗り越えた後の食料を求めて、奪いに来る。
交渉を持ち掛けても、彼らにとっては、その場だけの事ではないから、交渉に応じないのだ。
このルーベンス王国は、北国との国境になっている山脈がある為、雪は降るが北国ほどの豪雪にはならない。
だから彼らは、“暖かい土地”、“雪に閉じ込められない土地”を求め、何度も我が国に戦いを仕掛けてくる。
そして、今年は不作だった所為もあり、北部の国境地帯では、例年に比べて頻繁に小競り合いが起きていた。
婚約者としての地位を捨て、彼の気持ちを踏みにじった私に、彼の事を心配する資格など無いと分かっている。
けれど、それでも…彼の無事を願わずにはいられなかった。
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