【改稿版】それでも…

雫喰 B

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8. 横領事件

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 その日、これまで殿下から送られてきた物等の証拠品の運び出しや簡単な事情聴取が終わったのは、時計の短針が10の所を指し示した頃だった。

 宰相閣下とのお話が終わった後のお父様は精も魂も尽きた様に、10歳以上更けて見え、お母様も眼の下に隈ができ、疲労の色が濃かった。
 そして、お父様は、「近い内に王宮に召喚され、聴取される事になるだろう」とだけ言った。

 私は意を決して、この機会に婚約解消(破棄)をして欲しいと両親にお願いした。
    流石に今回は、お母様もそれに賛成してくれたのだった。
 そして、お父様はというと、渋々ではあったが、「王家からの申し入れでの婚約であった為、難しいだろうが、陛下にお願いするだけはしてみる。」と言って下さった。
    しかし、私が喜んだのも束の間、苦渋に満ちた表情で続けたお父様の言葉は、私の希望を打ち砕くのに充分な威力を持つ物だった。

「王家が強硬に出て、王命が下された時は諦めてくれ…。」

    全身から血の気が引いた。が、辛うじて悲鳴を呑み込んだ。

    その可能性を考えていなかった。けれど、殿下がそこまで自分に執着するとも思えなかった。
    だから何処かでその可能性を否定していたのだ。恐らく、願望もあったのだと思う。

    後日、自分の読みの甘さを思い知る事になる…。
    

 
    以前、エミリー様が姉から聞いたという話は本当の事だったらしい。
    私に贈られた物と一緒にに宝石やアクセサリー、ドレスや靴、骨董品など様々な物が請求書に書かれていて、その金額は、婚約者に割り当てられた予算の内で、一月分の上限ギリギリの金額が請求されていたらしい事も分かった。
 因みに、私に贈られた物の金額は請求書に記載されていた金額の10分の1にも満たなかったという。

 そして、身の安全と、精神的な負担を考えると、暫くは(少なくとも、この件が片付くまでは)学園を休んだ方がいいだろう。との事だった。

 結局、それらの話が終わって就寝できたのは、日付が変わった後だった。



    我が家から横領の証拠品が運び出された3日後、宰相府から王宮への召還状が届いた。

    そしてその日、王宮にある宰相府へ出頭するとと、国王陛下の執務室に案内された。

    執務室には、国王陛下と王妃殿下が宰相閣下や側近達とお話し中だったみたいです。

    そして、執務室の隣にある応接室へと通され、4人掛けソファーに座るように促され、私達親子は並んで座りました。

    宰相閣下は、斜め前にある1人掛けのソファーに座り、向かい側にある4人掛けソファーには、国王陛下と王妃殿下が座られました。

    王太子殿下は、まだ事情聴取がある為、此方にはいらっしゃいません。

    侍女がお茶を淹れ、国王陛下と王妃殿下、私達親子の前に置きました。

    それが終わると陛下は人払いをされ、王妃殿下と2人、私達親子に謝罪されました。

「へ、陛下!妃殿下も、あた、頭をお上げ下さい!」

    お父様…噛み噛みですね。私でもそうなると思います。

「いや、こんな事になっているのに気付かなかった余にも責任がある。すまなかった。」

    陛下と妃殿下は、再び深々と頭を下げられました。
    恐縮し過ぎたお父様は、オロオロと泣きそうになりながら、「頭を下げないで…」「お止め下さい!」等と言っています。

    そして、宰相が止めに入るまでそれは続きました。

    コホン!と宰相閣下が咳を一つしてから口を開きました。

「まず、簡単にこの度起きた横領事件の概要をお話いたします。」

    全員、閣下に注目して続く言葉を待ちます。

「横領事件に発展する切欠になったのは、殿下が辺境伯令嬢への贈り物を、侍従であるハリー・クリムトに全て丸投げにした事です。」
「え…クリムトとは…クリムト侯爵家の…」
「ええ。クリムト侯爵家の三男でした。今回、この様な事件を起こした事で、侯爵家から追放されました。」
「なんと…!」

    お父様の顔色が悪くなりました。勿論、陛下と妃殿下も…。

「全てを任された侍従であった男…ハリーは、以前から好意を寄せていた、リビルド伯爵家のローザリンデ嬢に振り向いてもらいたいが為に、王太子殿下の婚約者の為の予算に手を付け、5年ほど前から横領していたそうです。」
「そ、そんなにも前から…?」

    驚きを隠せませんでした。陛下と妃殿下は更に顔色を失くし、俯いておられます。

「故に、本当に侍従が単独で横領したのか、王太子がそれに関わっていたのか…今も調査中でな…。リンジー嬢に会わせてやる事も叶わぬ…。寂しい思いをさせてすまぬ。」

    また頭を下げられる陛下に、慌てた私は千切れそうなほど首を横に振り、

「い、いえ…あの…お、お気遣いなく。」

    と、ワタワタしながら言った。

    そして、学園でいつも寄り添っていた2人の姿が思い浮かんでしまい思ったのだ。

    やっぱり、王家から申し入れられた婚約だからと、殿下は無理をしていたのね。ひょっとしたら、侍従は殿下の代わりに彼女に贈り物をいているうちに、彼女に同情していたのが、好意に変わっていったんじゃ…?

    だとしたら、やっぱりこんな歪な婚約なんて解消(破棄)した方がいいのよ!

    そして、父親の耳元に口を近付け、婚約解消(又は破棄)の話をしてくれるように言った。

    父親の顔を見ると、小さく頷いたのが分かった。

「…陛下、学園での殿下の噂をご存知でしょうか…?」
「それは…どういった?」

    両親と私は顔を見合わせた。やはり、ご存知なかったのだ。

「不敬だとお怒りにならず、お聞き頂きたいのですが…その…殿下と幼馴染みのご令嬢は…その…学園では生徒達は皆が、“運命の恋人”だと周知している様な関係で…」
「な、なんと!真か?!」
「はい。なので…娘との婚約を見直して頂きたく…。」
「そんなっ!?」

    王妃殿下が酷くショックを受けたようだった。
    勿論、陛下も…。

「実は、以前から何度も娘からお願いされておりました。ここからお話する事は、推測でしかないのですが…この度の横領が始まったとされる頃から、娘と殿下の関係が上手くいっていなかったようで…その、娘も殿下から幼馴染みのご令嬢といる方が楽しい。等と言われていたりしておりました。そして、この横領事件…。娘も、もう殿下の婚約者でいるのは無理だと…」

    お父様の話を聞いた陛下と王妃殿下は、青ざめた顔を見合わせています。
    恐らく、私達と同じように推測されたのだと思います。

「…王太子本人からも話を聞いた上で結論を出したいのだが…いいだろうか…?」
「はい…。」

    そして、婚約の件は後日、改めて話し合いの場を設ける事になったのだった…。

    

~~~~~

*犯罪は普通は法務府で扱うのですが、今回は王太子とその婚約者、幼馴染み、侍従が絡んだ犯罪の為、宰相自ら動くように王命が下された。というご都合設定です。
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