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5. ランディ Side
しおりを挟む「はぁぁぁ。」
思わず大きな溜め息が出てしまった。片手で口を覆い、チラリと侍従の方を見ると、苦笑している。
「そんなに憂鬱ですか?婚約者殿に会うのが。」
「お前は何も知らないから、そんな事が言えるのだよ。何の感情も宿っていない人形の様な眼で、一度見られてみたらいいよ、俺の気持ちが解るから。」
「そんなものですかねぇ。」
今度は此方が苦笑する番だった。
「今回も、ちゃんと贈り物は届けてくれたんだろ?」
「ええ。届けましたよ。可愛いイヤリングを。」
「そうか。いつもありがとう。」
「いえいえ。お忙しい殿下の代わりというか、仕事なのでお気遣い無く。」
ここ何年かは、公務をしていない時など、プライベートな時間は、学園の生徒会の仕事や、友人達との交流、ローザリンデの買い物等に付き合わされたり、何かと忙しくて侍従をこき使ってしまっていた。
俺だって、本当はリンジーの為にプレゼントを選んであげたい。けれど、「趣味が悪いからいらない。」とか「使う気になれない。」等と、ローザリンデに八つ当たりしながら言っていると聞くと、選ぶ気にはなれなかった。
優しいローザリンデは、こんな物いらない!とリンジーが彼女に投げつけた物(プレゼント)を、俺が可哀想だからと、使ってくれているのだという。
初めてその話を聞いた時は信じられなかった。けれど、その中には俺が選んでいた物もあったのだ。
婚約をした当初の優しくて、可愛いらしい彼女は、偽りの姿だったのだろう。
それ以降は、選ぶのも贈るのも侍従に任せてしまっていたが、俺が選ばなくても、俺から贈られた物というだけで身に付けるのも嫌なのだろう。
「殿下~!」
扉を開け、ローザリンデが両手を広げて抱きついてくる。
彼女を抱き留め、顔を見ながら、これがリンジーだったら…。と、つい思ってしまう。
リンジーは、頼まれたってこんな風に甘えてくれる事は絶対に無い。
彼女の代替えの様にローザリンデを扱っている事に罪悪感を覚える。
けれど、リンジーが俺に甘えたりして癒してくれたら、こんな事をしなくてもいいのに…。
そこまで考えて首を左右に振る。
考えても仕方の無い事だからだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「は~い。」
そう言って、庭園にあるガゼボに向かった。
庭園へと続く回廊から庭園へ、そして今日のお茶会の場所がある一画、ガゼボの入り口に近衛とカスペラード家の護衛騎士が立っていた。
その護衛騎士は、初対面の時から親の敵を見るような眼で、俺の事を見てくる。
おまけに、リンジーの幼馴染みだからと、彼女との距離が近い。それに、いつも彼女の笑顔を独占しているのが腹立たしい。
そして、リンジーの専属侍女にしても、俺に対する態度は、護衛騎士のそれと変わらない。
リンジーと会う時は、いつもこの2人から睨み付けられる。
そして、リンジー…。
今日も美しく、可愛いい。
けれど、彼女が俺に(心からの)笑顔を向ける事は無い。
いつも無表情で、俺に笑顔を向けたとしても、張り付けたような笑顔だけだ。
せめて、ローザリンデを見習ってもう少し笑顔を見せて欲しい。と、以前は思っていたが、最近は諦めている。
俺に(心からの)笑顔を見せたら、減るとでも思っているのかもしれない。
俺にも見せてくれたっていいじゃないか。
そう思って、つい彼女の事をじっと見てしまった。気を悪くしただろうか?
不意に彼女が、首をこてんと傾げた。
か、可愛い!可愛すぎてツラい…!
緩みきった顔を見られたくなくて 顔を逸らした。
そして、今回も確認してしまう。俺から贈られた筈の物を身に付けているかどうか。
リンジーの耳を見たが、イヤリングなんて付けていなかった。
隣にいるローザリンデの耳を見たら、今まで見た覚えが無いイヤリングがぶら下がっていた。
彼女の耳に口を寄せ、
「そのイヤリングって、今回のお茶会の為に、リンジーに贈られた物?」
と、聴くと
「いらないから、使うならあげる。と言って、投げて寄越された物です。」
という答えが返ってきた。
あまりにも腹が立ったから
「お前は、何故俺から贈られた物を身に付けないんだ?」
「 … 」
今まで聞きたくても、聞けなかった事を聞いたら、黙りである。
それどころか、睨み付けているように見えてしまう。
しかも、出てきた答えが、
「それ、本気で言っておられるのですか?」
なん…だと?
思わず眉間に皺が入ってしまったのが分かったが、もう、どうでもいい。
何を言っているんだ、コイツは?
「もういい!行くぞ、ローザリンデ。」
彼女の手を取り、踵を返した俺の背中に
「ご機嫌よう。」
と、投げ掛けてきた。
だが俺はそれを無視してローザリンデをエスコートすると、そこから離れたのだった。
ガゼボから見えない位置まで来ると、ローザリンデから少し離れた。
「…ランディ様ぁ、どうかされましたぁ?」
少し舌足らずに喋る彼女の話し方は、甘え好きではない。
けれど、気を遣って言ってくれたのだろう。
「済まないが、少し1人になりたいんだ。悪いが、今日はここで…。ハリー、馬車まで送ってやってくれ。じゃ。」
そう言って、後の事を侍従のハリーに頼んで、自分の部屋へと向かった。
部屋に入ると、扉に鍵をかけた。
万が一、ローザリンデが入って来ても困る。それ以外の者にも1人の時間を、今だけは邪魔されたく無かった。
ここ何年も、こんな状況が続いているのに、リンジーの両親は、何とかしようとは思っていないのか?
俺だけが両親から、「リンジーに気を遣ってやれ。」だの、「リンジーに優しくしてあげなさい。」等と注意を受けるのだが 、納得いかない。
父上も母上も、リンジーがどんな態度を取っているのか知らないから…。
俺は、充分気を遣っているし、優しくしている。なのに…。
何で、父上も母上も、リンジーも解ってくれないんだ。
俺の事を理解してくれているのは、ローザリンデや侍従や側近達だけだと思ってしまったのだ。
この時にちゃんと話し合っていれば、あんな事にはならなかったのだろうか?
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