雫喰 B

文字の大きさ
上 下
1 / 4

1.

しおりを挟む
 ここはかささぎ忠部ただのぶってお殿様が治めている鵲藩の鷗城がある城下町。

 小糸川という川が町中を流れ、その川縁を一人の男が鼻歌交じりに歩いている。




 俺ぁ夜兵衛。この先にある路地を入った所にある“お化け長屋”って呼ばれている長屋に住んでいる。

 え?
 何で“お化け長屋”なんて名前なんだって?

 そりゃあ、今にもお化けが出そうなほどボロいって事さ。

 そんな事なんざ、どうだっていいじゃねぇか。

 ……ッと!?

 今にも夕立が来そうな蒸し暑い夏の日、川縁の柳の木の下に佇む一人の女を見かけた。

 小股の切れ上がったいい女だねぇ。男と待ち合わせか?
チキショウ!
羨ましい限りだぜ!
 一度でいいから俺もあんな女とお近づきになってみてぇもんだぜ。

 そんな風に思いながら見ていた所為か、その女と目が合ったような気がした。
 
 え?!
 今、俺を見て艶っぽく誘うように笑ったんじゃねぇか?

 いやいや、そんなこたぁねぇか。
 見た目でわかるぐれぇ、金なんざ持ってねぇし、色男でもねぇしな。

 けど、いい女だぜ。
 ま、俺には一生縁がねぇだろうがな。
 とっとと、けぇるか。

 
~~~~~


 ところがその日を境に、毎日夕方頃にそこを通ると、その女が立っていて俺を見ると軽く首を傾けて艶っぽい笑みを見せるんだ。

 勘違いだと思いながらも、期待しちまわぁな。
 
 そして、とうとう夜兵衛は覚悟を決め、思い切って声を掛けた。

「よぉ、姐さん。男と待ち合わせかい?」

 上目遣いに俺の顔を見て微笑む女に、俺ぁ惚れた。惚れちまったんだよ。

「やっと声を掛けてくれた。あんまり釣れないから、脈が無いんだと諦め掛けてたんだから。」
「そいつぁ……。」

 嬉しい事言ってくれるじゃねぇか!
 チキショウめ!

 と、女が俺の左肩に両手を置き、その上に頬を乗せて撓垂れ掛かってくる。

 ち、近い!近い!近すぎるって!
 俺の心臓が、これでもかってぐれぇ早鐘を打ちやがる。

 え……ほ、本当に?
 本当の本当に、俺に“ほの字”だってぇのかい?

 もう、俺は本気にしちまった。
 が……確かめといた方がいいよな?

「またまたそんな事言って。どうせ……アレだろ?美人局。金なんざ持ってねぇぜ。」

 すると、上目遣いに俺を見て、着物の袖で口元を押さえて吹き出した。

「ぷッ。やだもう。そんなの一目見ればわかるわよ。」

 そして、くすくす笑う。

 か、可愛いじゃねぇか。
 っていう事は、本気って事か。
 なんだかムズムズしてきやがった。

 まだ暴れるには早いぜ

「もう、本気にしちまったぜ。今更、違うなんて野暮な事は言いっこ無しだ。」
「なら、あんたの家に連れてってよ。本気だってあげるから。」
 
 流し目で言うから、期待しちまうぜ。

「もう、後戻りは出来ねぇがいいのか?」
「ここまで言ってる女に恥かかせる気?」

 耳に息を吹きかけるみたいに言うから、頭がクラクラしそうだ。

 女の肩を抱いて俺の家まで並んで歩いた。
 
 この時の俺は、浮かれて鼻歌でも歌いたい気分だった。



 次話に続きます。
~~~~~~~


 お読み頂きありがとうございました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

命の番人

小夜時雨
歴史・時代
時は春秋戦国時代。かつて名を馳せた刀工のもとを一人の怪しい男が訪ねてくる。男は刀工に刀を作るよう依頼するが、彼は首を縦には振らない。男は意地になり、刀を作ると言わぬなら、ここを動かぬといい、腰を下ろして--。 二人の男の奇妙な物語が始まる。

愚鈍(ぐどん)な饂飩(うどん)

三原みぱぱ
歴史・時代
江戸時代、宇土と呼ばれる身体の大きな青年が荒川のほとりに座っていた。 宇土は相撲部屋にいたのだが、ある事から相撲部屋を首になり、大工職人に弟子入りする。 しかし、物覚えが悪い兄弟子からは怒鳴られ、愚鈍と馬鹿にされる。そんな宇土の様子を見てる弟弟子からも愚鈍と馬鹿にされていた。 将来を憂いた宇土は、荒川のほとりで座り込んでいたのだった。 すると、老人が話しかけてきたのだった。

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

暗闇から抜け出す日

みるく
歴史・時代
甲斐国躑躅ヶ崎に、春日源五郎という者がいた。彼はもともと百姓の身であり武田信玄に才を買われて近習として仕えた。最終的には上杉の抑えとして海津城の城代となる。異例の大出世を遂げたが、近習時代は苦しい日々だったという。 そんな彼の近習時代を中心に書いてみました。 ※いつも通り創作戦国です。武将のキャラ設定は主観です。基本的に主人公視点で物語は進みます。 内容もあくまで筆者の想像にすぎません。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大将首は自分で守れ

俣彦
歴史・時代
 当面の目標は長篠の戦い。書いている本人が飽きぬよう頑張ります。  小説家になろうで書き始め、調子が出て来たところから転載します。

処理中です...