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1. 婚約式と祝宴
しおりを挟むその日、私は初めて婚約者と顔を合わせた。それまで戦争をしていた国相手。レーベンドルフ王国、それが婚約者の生まれ育った国だった。
昔は一つの国だったらしい。
それが、約百年前に二つに別れ、それ以後、隣同士なのに、ずっと戦争をしていた。
と言っても、大きな規模の戦争も、小さな小競り合いもあったのだが…。
それがやっと終わり、和平を結ぶ事になった為、私達が結婚する事になり、それに先だって婚約という事になったのだ。
朝早くから、準備で忙しく、昨夜は緊張した所為か、あまり眠れなかったのもあって、すでに疲れ切っていた。
おまけに、これまで一度も見た事の無い相手なので、緊張感もハンパなかった。
顔も知らない婚約者。どんな人か分からない、断る事も出来ない婚約だけれど、せめて一緒に寄り添っていける人だったらいいな。と、それだけを強く願った。
「仕上がりましたよ。」
準備をしてくれていた侍女がそう言った。
ドキドキしながら、ゆっくり眼を開けると、鏡そこに映っていたのは、自分で言うのも恥ずかしいけれど、私であって、私でない少し綺麗で可愛い少女だった。
ツュプレッセ・バイデ・フランドール。薄い水色が掛かった銀色のウエーブを描いた髪、“アレキサンドライトの瞳”と呼ばれる珍しい瞳。アレキサンドライトと言う名の宝石と同じく、昼間、太陽の光の下では青緑色、夜は蠟燭の灯りなどの前では鮮やかなルビーの様な赤色に変わる瞳。
フランドール王国、エーリッヒ国王には、二人の子供がいる。エルガー王子とツュプレッセ王女。そして、妻はシャルロッテ王妃である。
支度が終わった私の方へ差し出された侍女の手を取り立ち上がると、姿見の前まで移動した。
幼い頃に読んだ絵本に出て来るお姫様の様に着飾られた自分を見て、驚くと共に恥ずかしい様な気がする嬉しい様な、何だかむず痒い思いで一杯になった。
「「「お綺麗ですよ。」」」
ほぅぅ。という溜め息混じりに、侍女達が口々に言った。
それを聞いて、更に嬉しくなった私は、彼女達に向けて笑顔で感謝を述べた。
「あなた達のお陰よ。ありがとう!」
彼女達も顔を見合せながら、笑顔一杯でウンウンと頷き合っていた。
と、コンコンと扉がノックされ、私が頷くと侍女が扉を開け、そこに立っていたのは両親と兄だった。
「まあ、とっても綺麗よ。」
笑顔でお母様がそう言ってくれました。その後で暫く見惚れていたお父様とお兄様は、首がどうにかなりそうなぐらい、縦に振っています。(そう言えば、止まるまでずっと首を縦に振っているオモチャありましたね。)
そして口々にお祝いを言って下さいました。
「とても美しいよ。これならフランツ王子もツェプレッセに一目惚れする事だろうて。」
「“馬子にも衣装”と言うけれど、見違えたよ。これなら、お転婆だとは誰も思わないと思うよ。」
「まあ、お兄様ったら憎まれ口ばかり。たまには素直に褒めて下さいませ。」
「冗談だよ。本当に綺麗で見違えたよ。兎に角、おめでとう。」
「お父様、お母様、それからお兄様、お祝いありがとうございます。平和の為、国民の為にも頑張りますわ。」
家族と周囲にいた、近衛騎士達、侍女達と微笑み合って、私は幸せの真っ只中にいたのでした。
************
***********
和平の調印式の時の取り決めで、婚約式は我が国で、結婚式とその御披露目は隣国で行われる事に決まったのでした。
そして、先に両親が婚約式の会場である大広間へと向かい、私は兄にエスコートされて入場しました。
両親と宰相、隣国の国王、王妃、婚約者達は、壇上で待っています。
婚約者は、遠目でも分かるぐらい、整ったお顔をしています。胸が高鳴り、顔に熱が集まっているみたいでした。
そして、目の前まで行くと、その姿がはっきりと分かって、更に心臓の鼓動が速まります。ドキドキと自分の耳に大きく響くその音が、相手にも聞こえていそうで、益々顔が赤くなっているみたいです。
婚約者は、私より頭一つ分ぐらい背が高く、スラリとした体格で、濃紺の髪で、短い髪を後ろに向かって撫でつけています。瞳の色は鮮やかな新芽の様な緑色で、思わず溜息が出ます。まるで幼い頃に絵本で見た王子みたいな方です。って、本物の王子様でしたわ。
二国の国王が立っている前に進み出て、レーベンドルフ国王の前に私が、フランドール国王の前にフランツ王子が並んで跪きます。
そして両国王が、二人の婚約を高らかに宣言すると、宰相が運んできた婚約式の為の小さな王冠とティアラを、王子と私の頭に順番に載せました。
二人とも、両国王から差し出された手を各々取り、立ち上がると婚約式の終わりです。
それと同時に場内に、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響きました。
私達は、壇上から臣下達の方を見た後お互いの顔を見詰め合って微笑みました。
第一印象では、緊張の所為か、冷たい印象を持ちましたが、微笑むと温かくて、柔らかい感じの人の様です。
この人ならば、一緒に寄り添って行けそうだと、私は安堵したのでした。
けれど、これは始まりに過ぎなかったのです。
これまで当たり前に有った、自分の世界が、ある日突然終わりを告げる事になるとは、この時の私は思ってもいませんでした。
婚約式の後に行われた祝賀会では、我が国の国民達も、隣国から来ていた来賓者達も、お祝いムードに浮かれて、彼方此方で何度も、祝福の乾杯が交わされていました。
そんな中、隣り合って座っていた私の婚約者、フランツ王子は、お酒が苦手らしく、殆ど口を付けていませんでした。
それはいいのですが、彼の父親のヴァルター王とカサンドラ王妃もお酒には、殆ど口を付けていません。
お酒が苦手な親子なのかもしれません。
けれど周りを見てみると、隣国の来賓者達もあまり口を付けていないように見えました。
まるで、飲んで騒いでいるのは我が国の人間だけのように思えました。
何となく違和感を感じましたが、すぐに気の所為だと思う事にしました。
お酒を飲み過ぎての失態を懸念しての事かもしれないからです。あまり疑うのも悪いですよね。
宴も酣たけなわといった感じだったのですが、そろそろ退室する事にして、自室へと向かっている時に、護衛に付いていた近衛騎士の隊長が、私と同じ違和感を感じていたようで、何かあった時には報せるから、何時でも動ける準備と心積もりをしておいて欲しい。と言われました。
彼は既に他の隊の隊長にも声を掛けているそうで、両親や兄にも伝えている。とも言っていたので大丈夫だと思う事にしたのです。
そして不安に思いながらも、部屋に戻ってから、何時もの様に湯浴みを済ませてベッドに入ったのでした。
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