悲劇にしないでよね!

雫喰 B

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69. 戴冠式

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    罪人と雖も国王であり、王太子であった。だが、ユークリッドには父親であり、兄であった。
    彼女は周囲には何も悟らせないように喪に服していた。

    それは彼女が、女王として即位しなければならなかったから。

    この国では、直系の王子(子息)がいない場合、特例として王女(息女)を後継とする事が出来る。

    明日、彼女は即位する。

    戴冠式が行われる大聖堂には、近衛騎士が一晩中交代で警備の為に詰めていて、王都は王国騎士団が一晩中巡回警備に当たる。

    私とエヴァは、戴冠式で新女王の彼女が羽織るマントの裾を持つ大役を果たす為に出席するので、王宮に泊まり込みである。

    ゲストルームの窓から王都の街並みを見ていた。
    戴冠式が行われる大聖堂は、一晩中篝火を焚くので、ライトアップされていて幻想的で美しかった。
    
    扉がノックされ、誰かと思えばアルベルトだった。

「良かった。まだ起きていたんだな。」
「ええ。緊張している所為か、眠れなくて…。」

    彼は、ふっ。と優しく微笑んだ。

「入ってもいいか?」

    こんな時間に?と思ったけれど、何かあったのかと、取り敢えず部屋に招き入れた。

    ソファーまで案内しながら

「こんな時間に来るなんて、何かあったの?」
「…いや、特に何も。」

    何故彼がここに来たのか分からなくて、首を傾げると、見る見るうちに彼の顔が赤くなった。

    何だか酷く焦ったみたいに、私を見たり視線を逸らしたりしている。

『やだ、可愛いかも…。ふふふ…。』

    そう思った途端、外方そっぽを向いてしまった。
    けれど、耳の後や首が赤い。ひょっとしたら、照れているのかも知れない。

    立たせたままなのも何なので、座るように言うと、脱力したように座った。
    
    侍女を呼ぼうとベルを持つ。

「すぐ部屋に戻るから呼ばなくていい。」
「そうなの?」

    そういう事ならとベルから手を離した。

「フラン。王命だから仕方なく結婚するんじゃなくて、本当にフランと結婚したいんだと…信じてくれたと思っていいんだよな?」

    真剣な顔をしている彼にそう言われて、顔が熱い。これって、絶対に顔が赤くなってる!

    どうしよう…。恥ずかしくて彼の顔を見る事が出来ない。

「フラン…答えてくれ。」

    恥ずかしいけれど、ちゃんと彼の顔を見て答えないとダメだわ。
    覚悟を決めて彼の方に顔を向けて答えた。

「…本当に私でいいの?」
「フランだから…この先もずっと一緒にいたいんだ。だから教えて欲しい。フランの気持ちを。」
「…恋愛感情って、よく分からない。でも…あなたの腕の中は…凄く落ち着くの。居心地が良くてずっとそのままでいたくなるの。だから…私もあなたと一緒に…ずっと傍にいたい。」

    突然、抱き締められた。

「ありがとう。何か、愛してるとか好きとか言われるよりも、フランらしい返事でいい。」

    その後、抱き締められたまま、何故か膝の上に座らされた。
   
「明日はユークリッドの戴冠式だから、今日はこれだけで我慢する。」

    そう言って、何度も啄むように口付けたり、髪の毛を手で梳いたりしながら、「愛してる。」と囁いたりする。

    戴冠式のリハーサルで疲れていた所為か、いつの間にか眠ってしまった私をベッドに寝かせた後、自分の部屋に戻ったのだろう。
    翌朝、目覚めた時、彼の姿は無かった。


~~~~~


    そして、いよいよユークリッドの戴冠式が始まる。
    
    騎士の正装を着て、背筋をまっすぐ伸ばして立つ彼女は凛としていた。

    毛皮の付いた緋色のマントを羽織る。 

    振り返った彼女を見てその神々しさに震えた。

『やっぱり彼女は王になるべき星の元に、産まれてきた方だったのね。』

    隣にいるエヴァを見ると、彼女もユークリッド様に見惚れている。
    私の視線に気づき、満面の笑みで頷く。

    この後、大聖堂で教皇から王錫と王冠を授けられる。
    
「二人とも、今日はよろしくね。」

    私達は微笑んで頷き合った。

    けれど、私もエヴァも分かっている。彼女が王位など望んでいなかった事を。
    そして、父と兄を諫める事が出来ないまま、事が起こってしまった時に決断した事も。

    そう、ユークリッド様は、4年前の“センチュリオン平原の戦い”を止められなかった時から、ずっと水面下で根回しをして、ブレーンとなるべき人材や貴族家を集めていたのだ。

    これ以上、王国民達が戦などで害されないように。
    もし二人が再び戦を起こすようなら、今度こそ自分が止められるようにと…。

「ユークリッド様、お時間でございます。」

    扉を大きく開き、クリスが恭しく伝える。

「さあ、いきましょう。」

    胸を張って前を見て、威風堂々と進む。

    その後を私とエヴァがマントの裾を持って付き添い、私達の後にはアルベルトとクリスが、更に後を側近達が続く。
    
    そして、その周りを近衛騎士達が護っている。

    部屋を出る前に立ち止まり、後を振り返ったユークリッド様は…何を思ったのだろう?

    ほんの僅か、痛みを堪えるような表情にも見えた。

    けれど、彼女は再び前を向いて歩き出した。


    大聖堂の中では大勢の貴族達が、大聖堂の外では王国民達が、新王の到着を今か今かと待ちわびている。

    大聖堂に到着すると、空気が振動しているかのような大歓声が巻き起こる。

    その中を、時々軽く片手を挙げ、詰めかけた人達にの方に向けて微笑みながら進んで行く。

    
    そして、大聖堂の中、中央のレッドカーペットの上をゆっくりと進み、一段高くなっている手前で止まると跪くと頭を下げた。

    壇上の教皇から名を呼ばれ、ユークリッド様は壇上に上がり、教皇の前で跪いた。

    任命と宣誓がなされ、跪き胸の前で手をクロスさせ、頭を下げた。

    皆が息を詰めて見守る中、彼女の頭上に王冠が載せられ、王錫を授けられる。

    教皇が彼女に手を差し出し、立たせると、新王の誕生を声高に宣言する。

「新王誕生万歳!」「新王万歳!」等、立ち会った貴族達が口々に叫ぶ。

    そして、新王ユークリッドが国王として宣誓する。

    ここに、エメリッヒ王国の女王が誕生したのだった。

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